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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第九章 最愛を誓う人と
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第三話 終わらない旅へ

 慌てて港の方へ行くと、それは既に始まっていた。


「……ッ!」


「アポロ……」


 先に来ていた二人のアイオンは、ただ一点――ただ一人の少女を見上げていた。自分よりもはるかに大きなバケモノに一切怖れることはなく、シャルムが暗器で戦っている。

 ただ、それは空しかった。〝魔力〟を宿さないそれは、ほとんど無力に近かった。アトラス王や魔法騎士団の人たちは、不安そうな表情でシャルムの姿を追っている。


「何か、打開策があれば……!」


 そして、何度目かわからない攻撃がバケモノの体を抉った時――それが起きた。


「あっ……?!」


「ま、まさか……!」


 シャルムの暗器が光り輝いている。遠くてあまり見えないが、それは明らかに〝魔力〟だった。


「……悪魔の魔力、か?」


 アトラス王が、そう呟いた。





 持っていた暗器が光り輝いて、腰の辺りが疼き出す。


「これは……」


 あぁ、そういうことか。私はすべてのことを悟った。ゆっくりと口角を上げ、腰から悪魔の羽を生やす。


「……私は、人でも、魔女でも、悪魔でもない。でも、人にも、魔女にも、悪魔にもなれる」


 一度なってしまった悪魔の力は取り除かれた。けれど、取り除けないほどに根深く染み込んだ悪魔の力は未だに体に残っている。それは、私を危険に晒さない程度に。

 魔力で一気に巨大化した暗器は、既に小刀ではなかった。刃先がどこまでも高く伸び、バケモノの肉体を捉える。


「ッ!」


 体を真っ二つに切断した。聞こえてきた断末魔は、港だけでなく城の方まで響き渡っていた。


 驚いたまま表情が固まっている騎士団のみんなに向かってニカッと笑う。

 ディーノは嬉しそうに私の活躍を誉めてくれた。誉められたことが嬉しくて、つい表情が緩んでいく。


「シャルム、貴方……大丈夫なんですね」


「うん、大丈夫。全然辛くないよ、メーリャ」


「ホントに? ホントにホント? ……って、ホントに大丈夫なのはわかるけどさぁ」


「もー! 心配したじゃん! シャルムのバカ!」


「その力は、もう無理矢理与えられたものじゃない。無理矢理引き剥がすものでもない。それはもう、アンタの力ってことか」


「まったく、そんなのあり得ないですわ。めちゃくちゃですわ」


「でも、そのめちゃくちゃさがシャルムって感じだ」


「そうだな。……本当に、お前らしい」


 小さい頃からずっと一緒にいたみんなに囲まれていた。ようやくみんなの輪の中に入れたんだと思って、それがちょっと遅すぎたことが悲しくて、泣き笑って、甘やかされる。


「シャルム」


「あ、アトラス」


「お前はもう、何者にもなれる。自分が思うように生きていけるんだ。そのことを心から祝福するよ」


「……ありがとう。本当に、ありがとアトラス」


 アトラスに飛びついた。アトラスは笑って私のことを受け止めてくれた。


「シャルム!」


「シャルロット」


「無事で何よりです」


「アポロ、アイオン!」


 駆けつけてくれたアポロとアイオンも笑っている。それがすごく、眩しかった。


「よし、今夜はシャルムの為に社交界を開こう!」


「は?! アトラス王、急に何を言い出すんですか!」


「祝いだよ祝い! そろそろシャルムも旅立つし、そういう会があってもいいだろ?」


「さんせぇ〜! そうと決まったら早く準備しましょ? シャルム、貴方はゆっくりと帰ってきてねぇ?」


「うんうん、主役は遅れて来ないとね。アポロ王子、シャルムの監視よろしく!」


「しばらくその辺を回っているといい」


 言葉を挟む余地もないまま、みんなが次々と城に戻っていく。


「えっ、ちょ、ちょっと!」


「シャルム、いいからここにいようぜ?」


「でも……」


「それとも、俺と二人きりが嫌とか? な〜んてな」


 振り返ると、アポロが笑っていた。アポロの言い方が少し気になって、私は彼に背中を向ける。


「あれ……」


 もう一度辺りを見回した。


「どうした?」


 アポロが問うた。


「……もしかして、アイオンも行っちゃった?」


 えっとアポロも辺りを見回す。けれど、どこにもアイオンたちの姿が見えなかった。


「まぁ、あいつの片割れはもう魔法騎士団だしな」


「……そうだね。一緒に行動するのは当たり前か」


 いつの間にか二人になっていた。なんとなく港を歩いて、互いに無言になって、何を話していいのかもわからなくなって、気まずくなって。


「俺さ、ベルニアに帰るんだ」


「え?」


「お前がセルニアに戻ったら、俺も帰る。兄さんたちも国民たちも少しずつ戻っていってるしな」


「そうなんだ……。てことはアイオンも?」


「片方はアリシアに残って、片方は旅に出るって。だから、一緒にベルニアに行くことはないんだ」


「そうなの? それは……寂しくなるね」


 上手い言葉が見つからなくて、変なことを言ってしまったような気がする。少し前を歩いていたアポロは、そんな私に怒ってしまったのか振り返って――真っ直ぐに私を見つめた。


「寂しくねぇよ。お前がいてくれたら」


「え、でも私はセルニアに……」


「ベルニアに来いって意味じゃねぇからそんな慌てんなって」


「……じゃあどういう意味?」


 本気でわからなかった。



「お前が好きって意味」



 でも、この気持ちは知っていた。


『……〝彼〟が、シャルロットの光だったのですね』


『私の……好きな人?』


 知らないわけがなかった。


「……アポロ……」


 頬を生暖かい涙が伝った。慌てて拭っても、胸の鼓動は抑えられない。


「ッ?! なっ、なぁ! なんで泣いて……?!」


 おろおろと戸惑うアポロは、布を探そうとして服を探る。それがおかしくて思わず吹き出してしまった。


「ありがと、アポロ」


 瞬間にアポロの動きが止まる。


「好きって言ってくれたのも……守るって言ってくれたのも……今、私がこうして笑えているのも…………全部全部、アポロのおかげ」


「……シャルム」


「……私も、アポロが大好き」


 そんなアポロに私はずっと惹かれていた。





「シャルロット」


 社交界が城内で始まろうとしている中、二人のアイオンが声をかけてくる。


「あ、アイオン」


「お前ら今までどこに行ってたんだよ」


「みなさんのお手伝いをしていました」


「まぁ、仲良くやれてるならいいけどさ……なんだその格好」


「社交界ではこれを着るのだとイザベラが言っていたので」


「二人とも、すっごく似合ってる」


「ありがとうございます、シャルロット」


「ありがとうございます、シャルロット」


 二人が揃って笑みを零した。二人とも同一人物だからか動作がまったく一緒で驚く。少しくらい違っていてもおかしくないのに。


「ところでシャルロット、幸せそうですね」


「何かいいことでもあったのですか?」


 また、同じように不思議そうに首を傾げてきた。


「アイオンには秘密」


 人差し指を唇に当て、私はアポロに視線を向ける。アポロは照れながらもニヤニヤと笑っていた。


「何故ですか」


「私たちは友達ではないのですか」


「友達に隠しごとですか」


「何故ですか」


 抗議を続けるアイオンの声は止みそうになかったけれど、何故かすぐに終わりを見せて彼女は軽く手を振るう。すると、水晶玉が出現した。


「ヨハンからです、シャルロット」


「ヨハン王子!?」


 どうやらヨハン王子から通信が入ったらしく、アイオンはそれをじっと覗く。すると、徐々にヨハン王子の顔が水晶玉に浮かび上がった。


『アイオ〜ン。そこにオネーサンいる〜?』


「います、ヨハン」


 そのままアイオンは私に水晶玉を手渡す。アポロと一緒にそれを覗けば、ヨハン王子が嫌そうに『げっ』と声を上げて顔を顰めた。


「ヨハン王子、あの、報告があるのですが……」


 向こうから来たのに私から先に言うのは失礼な気がして控えめに尋ねると、ヨハン王子はひらひらと手を振って私の堅苦しさを消そうとする。


『別に言っていいよ〜? 俺はオネーサンとお話したかっただけだから』


「ありがとうございます。実は……」


 彼に感謝し、私はまず悪魔の力について話した。ヨハン王子は少し意外そうな表情を見せ、『なるほどね〜、フランク兄さんがやりたかったことってそういうことだったんだぁ』と納得する。


「それと……」


『それと?』


「……アンリは元気ですか?」


『ポンコツぅ〜? あんなヤツのことなんか知らないけど、なんか最近フランク兄さんと仲良いんだよねぇ。元気っちゃあ元気なんじゃない?』


「そうですか……。なら、良かったです」


『オネーサンはホントにポンコツのことが好きだね〜。ちょっと趣味悪いんじゃない?』


「悪くねぇよ。こいつの彼氏俺だし」


『…………。ん、えっ?!』


 何を言われたのかわからない。当たり前だけれどヨハン王子は戸惑って、私と一緒に水晶玉に映るアポロのことをまじまじと見つめた。


『はっ、えっ……ちょ、』


「わっ、照れんなってシャルム! 俺まで恥ずかしくなるだろ!」


「でも……」


『はぁぁあぁぁぁああ?! ちょっ、何それ何それ! 聞いてないんだけど!』


 慌てふためくヨハン王子は、髪を掻き毟ってこう続ける。


『じゃあ何!? オネーサンセルニアに帰ってこないの?!』


「いえ、明後日には帰ります」


「どういうことですか、アポロ」


「つまり、遠距離恋愛ってヤツだ」


『ていうかていうか! オネーサンは俺のことどう思ってたの?!』


「私の大切な主だと……それがどうかしたんですか?」


 間髪を入れずに答えると、『うっ!?』とヨハン王子が顔を歪めた。


『じゃあアポロは?!』


「……私の好きな人、です」


 言葉にするのが恥ずかしくて、口を小さく開けながら答える。


『じゃあポンコツは?!』


「私の大切なお友達です」


 瞬間王子が視界から消えた。その代わりにセルニアのお姉さんたちの祝福の声が聞こえてきて、通信はそこで途絶えてしまった。


「切れちまったな」


「うん、そうだね」


「アポロ、シャルロット」


 今度はアイオンたちが私たちの視界に無理矢理入ってくる。


「いつからですか」


「さっきだよ」


「何故黙っていたのですか」


「みんなの前で言うつもりだったんだよ。な?」


 頷いて返事をしたけれど、アイオンはそれで納得できなかったらしくさらにアポロを追い込んでいく。二人は――いや、三人はずっと一緒だったのだ。そういう反応でも仕方ないだろう。

 そんな三人を目で追っていると、急に辺りが暗くなった。見ると、日が沈みかけていた。


「あっ……!」


 刹那に大輪の花が咲く。花火は何発も打ち上がり、それは社交界の始まりを告げていた。


「行こうぜ、シャルム」


「ごめん、ちょっと待って」


「え? なんでだよ」


「私は……」


 色とりどりの花火の色が、私たちの顔を照らす。私はアイオン二人の手首を握り、アポロに背中を向けて走り出した。


「……後で行くから! 待ってて!」


 アポロはそれだけで納得してくれる優しい人だった。





 白いドレスを翻す。今いる場所から走って、走って、走って。そして――


「――アポロ!」


 社交界専用のドレスを着た私は、思い切ってアポロに抱き着いた。当然のようにアポロの匂いがして、私は笑う。


「お前……っ!」


「着てみたんだけど、どうかな」


「似合ってる! すっげー似合ってるよ!」


 瞳をキラキラと輝かせて、アポロは夢中になって告げてくれた。


「ありがとう」


 勇気を出して着て良かったと思う。アポロが喜んでくれることなら、私はなんでもやろうと思えるから。


「わ……っ?!」


 アポロが私を軽々しく持ち上げる。太陽のように素敵なアポロの笑顔を見て、私はやっぱり彼のことが好きだと思う。


「また、会おうな」


「……うん。……会える、よね?」


 また約束を破ってしまうかもしれないと恐れた。けれどアポロはこう言った。


「会えるって! だって俺たち、今回もまた会えただろ?!」


「――!」


 それが正しい答えだと私も思った。


「うん、ありがと……アポロ」


 どちらかともなく笑い出す。そんな私たちを祝福するかのように、大量の花火が打ち上がった。

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