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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第九章 最愛を誓う人と
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第一話 アリシアの風

「――ッ!」


 アリシアに吹いた風を全身で受け止め、私は懐かしくて目を細める。そんな私を、隣のアポロが微笑んで見ていた。


「……いいよな、アリシアの風は」


 目を細めて、アポロがゆっくりと息を吸う。私も彼に倣って息を吸った。

 約一年ぶりのアリシアの空気は、私の涙腺を緩ませていた。


「シャルム!」


 振り返ると、私たちのいる港へと駆け寄ってきたレベッカが私の名前を呼んでいた。


「レベッカ!」


 彼女は私を抱き締めようとして、止める。その代わりに、優しく――今にも壊れそうなものを触るかのように、私の頭を撫でてきた。


「……アトラス王から、話は聞いてる」


 言いたいことがたくさんある。それをぐっと我慢して、レベッカは城への道を開けた。


「おかえり、シャルム」


 随分と久しぶりに見た気がするアリシアの城は、私のことを待っていた。


「ただいま、レベッカ」


 ぼろぼろと溢れた涙を拭う。レベッカはふっと息を漏らし、快活そうに笑った。


「あー! いたー!」


 ぱたぱたと駆け寄って来たのはメイドの仲間たちで、その後ろを魔法騎士団のみんなが歩いてくる。

 けれど、誰も私に触れなかった。私はまだ、〝悪魔の娘〟だから。


「ッ!」


 そういえば、アポロは私が〝悪魔の娘〟だということを知っている。アイオンの力でベルニアが復活したとはいえ、アポロは今も、きっと、悪魔のことを恨んでいる――。

 なのにどうして、私の隣にいるんだろう。


「ほら、何ぼさっとしてんの? 早く城へ行くわよ、帰ったらすぐに始めるからね」


 真剣な表情をするレベッカに、周囲も表情を引き締めた。さっきから黙っていたアポロは、何故か私に寄り添った。


「…………」


 アポロを見上げていた視線を戻し、私はレベッカについていく。少し昔に戻った気がして、私は思わず笑みを零した。


 アリシアの城へ着くと、遅れて戻ってきた魔法騎士団の幹部たちとアトラス、そしてアイオンがすぐさま私を取り囲む。そして彼らは私をとある広間へと誘導した。


「準備はいいですか? シャルロット」


 何度か深呼吸をして、私は前を向いた。ずっと隣にいたアポロは、広間の外へと追い出されてしまった。


「……いつでも」


 みんなは頷き、何やら呪文を唱え始める。刹那、私は眠気を感じてその場に倒れた。





『本当にもう大丈夫なんですか?』


『あぁ。全員の力を合わせたことにより、きちんと悪魔の力を取り除くことができたんだ。これでもうシャルムが悪魔になることはないだろう』


『そうですか……。良かった』


『本当にな。もっと早くにこうしてあげられたら良かったんだが』


『えっと、急にこんなこと聞いてごめんなさい。……できなかった理由とかって、あるんですか?』


『ある。悪魔について何もわからなかった上に、シャルムはまだ幼かったんだ。下手に手を出して死なせるのではなく、そのまま大人になるまで待っていたんだが……苦しみを長引かせただけだったのかもしれないな』


『そんなことはないと思いますよ』


『どうしてそう言い切れる? アポロ王子』


 あまりにも重い瞼を開けると、美しい赤毛が視界に入った。アポロは私を見て驚いて、そしてほっと息を吐く。


「……ア、ポロ……」


 そしてすぐに金髪のアトラスを視認した。


「……私」


「成功したぜ!」


 にかっと笑って、アポロは遠慮なくベッドに横たわる私を抱き締める。温かい水が私の髪を撫でて、耳元から彼の声が聞こえてくる。


「本当に良かったな、シャルム!」


 アポロはただ、ひたすらにそう言ってくれた。


「……うん、ありがとう、アポロ」


 瞳を閉じると、アポロの体温がもっともっと温かく感じる。心臓の音は少し早く、何よりも心地良かった。


「うちの子になぁ〜にしてるのぉ? アポロオウジ」


「っ、うわっ?!」


 私から離れていったアポロの襟首を掴んでいたのは、イザベラだった。


「イザベラ!」


「久しぶりねぇ、シャルム。すっかりセルニアのオンナって感じになってさぁ」


 ニヤニヤと横たわる私を見下ろすイザベラは、以前と何も変わっていない。イザベラはずっと不変のままだ。


「い、イザベラ?!」


 アポロはなんとかイザベラから離れようとして、その場でじたばたと動き出す。けれど、次第に諦め始めた。


「イザベラ、アポロを離して」


「はいは〜い」


 勢いよくイザベラから離れたアポロは、少しバランスを崩してアトラスに支えられる。


「シャルロット」


 次に姿を現したのは、水晶玉を持ったアイオンだった。いつもは無表情なのに時々見せる優しげな笑みは、私を元気にさせてくれる。


「どうしたの?」


「ヨハンから連絡が来ました」


「よ、ヨハン王子から?」


「はい。ヨハン・セルニアからです」


 水晶玉を私に差し出したアイオンは、ベッドにちょこんと顎を乗せて水晶玉を覗き込んだ。


『……あ、やっと通じた〜!』


 その声は確かに、懐かしの我が主――ヨハン王子だった。水晶に映るヨハン王子は、相も変わらず綺麗な銀髪を弄りながら私の顔をじっと見つめる。


『オネーサン良かったね! 元気そうじゃん!』


 満足そうに、ヨハン王子は私に向かって笑いかけた。


「はい、みんなのおかげです!」


『そうかもだけどさぁ、きっとオネーサンも頑張ったんでしょ〜?』


「いえ、私はただ寝ていただけですから……」


 その事実を告げると、ヨハン王子は少しだけ目を見開かせて驚いた。キラキラと輝くヨハン王子の紫色の瞳は、一瞬だけ瞼に隠れる。


『へぇ〜……。アリシアも結構魔法が使えるんだね』


 ぼそりと、聞こえるか聞こえないかくらいの微妙な音量でヨハン王子が呟いた。


「え?」


 聞き返すと、ヨハン王子は笑ったまま首を振った。


『あ、ううん! 別に気にしないでね、オネーサン!』


「は、はい……」


 ひらひらと手を振るヨハン王子に向かって頷くと、向こう側からロイクの声が小さく聞こえる。


『じゃ、そろそろみんながうるさいから切るよ〜?』


「あ、はい」


 慌てて短く返事をすると、ヨハン王子が『あ、最後に一つだけ!』と人差し指を立てる。


『そっちにプレゼント送っといたから、ちゃんと身につけておくこと! わかった?!』


「えっ?! あ、ありがとうございます!」


 思わず頭を下げると、ヨハン王子が『ちょっ?! どこにいるのオネーサン!』と抗議の声を上げてきた。

 しまったと思い顔を上げると、既に通信が途切れていた。アイオンは「ヨハンも元気そうですね」と感想を漏らし、さっさと水晶玉を小さくしてポケットにしまった。


「うん、そうだね」


 見回すと、私がヨハン王子と話している間にアトラスとイザベラが部屋から消えていた。セルニアとこれから上手くやっていかなきゃいけないという時でもこういう態度は消えないのだろうか。


「……ん? アポロ、どうしたの?」


 不意に、水晶玉があった場所を眺めていたアポロが視界に入った。彼だけはまだここにいて、私は思わず首を傾げた。


「えっ? あ、いや、別に……」


 そう言葉を濁して、アポロはヘラヘラと笑った。





 ベッドから起き上がって両肩を回す。あの後、アポロやアイオンから寝るように言われて少しの間だけアイオンが看病をしてくれた。

 別にもうどこも悪いわけじゃないのに、そう思いながらも私は彼らの好意に少しだけ甘える。友達という存在に甘えるのは初めてで、どうしても緊張が拭えなかった。


(……そういえば、アンリはどうなったんだろう)


 悪魔に体を奪われた時にいた気がするけれど、よく覚えていない。またヨハン王子から連絡が入ったら聞いてみよう。今はそう思って立ち上がった。


「あ」


 少しだけ目眩がする。部屋にある大きな窓から夕日を確認した私は、長い間寝ていたことを理解した。

 そうすればすぐにお腹が減る。空腹を誤魔化すことなんてできない。ゆっくりと一人で歩き出すと、部屋にノック音が響いた。


「……はい?」


 扉を開けると、マルガリータと目が合った。


「……え、ま、マルガリータ?」


 思わぬ来客を前にして声が上ずる。私よりも高い身長を持つマルガリータは、心なしか少しだけ驚いたように私のことを見下ろしていた。


「シャルム! もう動いて平気なんだ?」


「うん、平気。大丈夫」


 マルガリータは「そっかそっか」と言って黙る。一瞬何か不味いことでも言ったのかと思ったけれど、マルガリータはあまり口数が多い方じゃない。それは私も同じだった。


「どうしたの?」


 自分から無理矢理話を振ると、マルガリータは思い出したように持っていた箱を差し出した。


「王さまがこれをシャルムに持っていけって。届け物みたいだよ」


 どう見てもセルニアのナショナルカラーでラッピングされている。送り主はヨハン王子だろう。


「ありがとう、マルガリータ」


「ううん。早く元気になってね、シャルム」


 彼女は小さく片手を上げ、すぐに部屋から去っていった。

 私はベッドへと腰を下ろし、ヨハン王子からの贈り物である箱を掲げる。そんなに重くない。中身は何が入っているんだろう。


 期待に胸を膨らませながら、思い切って蓋を開けた。そこに眠っていたのは、銀色に輝くネックレスだった。

 細かい装飾が施されたそれは、私には勿体ないくらいの光を放っている。要所要所が紫色の宝石で彩られており、クイーンドラゴンを初めて見た時のような衝撃がこのネックレスには秘められていた。


『セルニアの王族は、みんな銀と紫の装飾品をつけないといけないんだよ』


 前にジュストがそう言っていたのを覚えている。王族だと自分で言ったのに、ジュストは私に装飾品をプレゼントしようとしていたから私は全力でそれを拒んだ。


(……私、王族じゃないんだけどな)


 その時もそう思っていたことを思い出して苦笑する。馴れた手つきとは言えないけれど、なんとかネックレスをつけることに成功した。

 集中力が途切れたせいか、盛大にお腹を鳴らした私はお腹を押さえる。人がいなかったことに安堵して、今度こそ本当に食堂へ向かった。

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