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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第七章 悪魔が向かう地
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幕間  従者の親睦会

「アンリ王子ぃ、嫉妬ですか?」


 そう言うと、アンリ王子がむっとしたような表情でおれを見下ろした。

 それが凄く気になって、わざとらしくヨハン王子とシャルムの仲の良さを語ってみる。すると、王子は無言でおれの頭を真下に押した。


「痛いですよ!」


 慌てて距離を取り自分の頭をがむしゃらに撫でる。しばらくは近づかない方が身の為かもしれない。


「いえいえ。背が伸びるようにあえて押してあげただけですよ」


「めちゃくちゃ余計なお世話ですよ!」


 棒読みで解説するアンリ王子に牙を剥くと、王子が不意に目を逸らした。


「……何か?」


「……ロイクはシャルムと本当に仲が良いんですね」


 ぽつりと呟いた王子はどこか寂しそうで。おれは王子を揶揄う絶好の機会を逃さないように食らいついた。


「それはもちろん! ヨハン王子に仕える従者同士ですから!」


「…………」


 納得したような、できないような。そんな表情で王子は眉間にしわを寄せた。


「あっ、従者がいない王子にはわかりませんか!」


 うるさいと腕を伸ばす王子を避けて、おれは笑う。


「そんなの二度と食らいませんよ!」


 そう叫べば、王子は不満そうに顔を歪めた。


『ロイク、さんですか?』


 大きな目でおれを捉え、首を傾げたおれよりもちょっと年上の女の人。シャルムと初めて出逢ったのは最近のことだった。


『はい、そうですよ! きみは?』


『私もヨハン王子の従者、です』


 確かに、言われてみれば。まず最初にそう思った。だってヨハン王子と表情がどことなく似ていたから。


「変わったオネーサンですよね!」


 声をかけるけれど、アンリ王子は訓練を再開させていた。おれは黙って邪魔にならないようその場を立ち去り、シャルムの後を追いかけた。





 ヨハン王子と話した後、私はしばらく付近の廊下を歩き回った。


『ねぇ、オネーサン。あまり俺の目の届かないところに行かないでくれる?』


 その理由に反論はもうしなかったけれど、そんなことを言われてしまったら私はまた不自由になったような気がしてならない。どうしようかと迷っていると、リシャール王子がこっちに向かって歩いてくるのが視界に入った。

 リシャール王子とアンリに血の繋がりなんてないのに、リシャール王子とアンリは目元が似ている。リシャール王子の目元がクイーンドラゴンそのものなのか、アンリの目元がリシャール王子に似せられているのか――。


「久しいな、シャルロット」


 いつの間にか目の前に来て、声をかけられた。


「アンリと仲良くしているようだが、シャルロットは本当にアンリに心を開いているのか?」


「そ、そりゃもちろん……そうですけど……それが何か?」


「……いや。周りからの風当たりが強い二人が本当に仲良くしているのなら良かったと、そう思っただけだ」


「…………」


 安堵したような表情で、リシャール王子は私に微笑む。フランク王子のような人だったらと警戒していたが、悪い人ではなさそうで私の方も安堵した。


「私、仲良い人があまりいなくて……アンリにはよくしてもらってます」


 理由は言わずもがなだろうと思って、リシャール王子に苦笑いをみせる。すると、リシャール王子はきょとんとした表情で「そうなのか?」と首を傾げた。


「え?」


「ヨハンや……ロイクとも仲良さそうに話していた気がしたのだが……違ったのか?」


「いっ、いえ! そうですけど、その二人は友達じゃないので……」


 私は、他人との距離感がよくわからなくてどうしても積極的になれない。だから、私から仲良しだとは言い切れなかった。


「リシャール王子ー!」


「ん、ロイクか」


 リシャール王子の後ろから駆け寄ってきたのは、ロイクだった。ロイクは私を見上げて、嬉しそうに声を上げる。


「シャルムもいたのですね!」


 返事をしようと口を開いた。けれど、言葉を発する前に誰かに肩を掴まれた。


「ッ?!」


 振り返ると、不満そうな表情のジュストと彼の従者のミレーヌがいた。


「……ねぇ」


 少し――いや、かなり機嫌が悪そうだ。私はこれ以上彼の機嫌を損ねないように、慎重に言葉を選ぶ。


「ど、どうしたの?」


「さっきの……『仲良い人があまりいない』ってどういう意味?!」


「えぇ?! ちょっ、うわっ!」


 そのまま両肩を掴まれて、前後左右に振り回される。すると、見かねたミレーヌが説明してくれた。


「要するに旦那は、『僕と友達なのに仲が良くないってどういうこと?!』と仰っているんです」


 今のはジュストのまねだろうか。迫真の演技だったけれど、できればもう二度と聞きたくない。けれどこれでジュストが何を言いたいのかが理解できた。


「ごめん、ジュスト」


「謝らないで!」


「ジュストは……大事な友達だから」


「……ッ!」


 そう言うと、私よりも頭一個分大きいジュストが思いっ切り私の体を抱き締めた。


「この二人も仲が良いんだな」


「ですねぇ〜。……あ、そうだ。この後一緒に食事でもしませんか?」


 日は既に傾いている。少し早いかもしれないけれど、悪くない。


「いいの?」


 意外にも、ジュストが瞳を輝かせて相槌を打った。


「はい! 親睦会も兼ねて!」


 ロイクは、片手を上げながら私を見る。


「ヨハン王子が行くなら……」


 だって、そういう言いつけだし。そう心の中でつけ足した。すると、ジュストがやけにはりきって「ヨハンとフランク兄さんを呼んでくるね!」とミレーヌを連れて駆けていく。

 食事会にはたくさんの人が集まった。けれど、アンリだけが当たり前のようにいなかった。

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