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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第六章 荒れるセルニア
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第一話 塔の上の少女

 漆黒の闇が広がる空の下、私とヨハン王子――そしてフランク王子と魔法騎士団のみんながセルニアの城へと帰還した。


「お疲れ様、オネーサン! みんなもさっさと休んでね!」


 ひらひらと手を振るヨハン王子に会釈で応える。約一ヶ月ぶりに見る城内は、夜とあってか不気味だった。

 早く、あの部屋へと戻ろう。辺りは暗闇だけれど目はなんとなく見えている。早足で廊下を進んでいくと、目の前に人の気配がして足を止めた。


「うわっ!?」


 優しそうな男性の声がする。聞き覚えのない声だ。


「……ご、ごめんなさい?」


 なんと言っていいかわからずに、とりあえず謝る。


「だ、誰なんだ? 騎士? それとも使用人?」


 怯えたように後退する彼は、私が誰だかわからないようだった。けれど、その言い方は王族っぽくって私は素早く道を開けた。


「申し訳ございません」


 そう言って頭を下げている私は、すっかりセルニアの人間だった。


「本当だよ! 気をつけてね!」


 暗闇で臆病になっているのか、彼の声は震えている。大丈夫かと思った刹那、雲間から月が顔を出した。


「ッ!」


 きらきらと輝く銀色の髪は、間違いなくセルニアの王族のものだ。私は慌てて頭を下げ直し、「あ、やっと明るく……」と空を見上げた声を聞く。

 けれど、何故かその後の台詞が聞こえなかった。嫌な予感がして、私は顔を上げられなかった。


「……君」


「はい」


「顔を上げてくれないか?」


「…………」


 彼の声は、さっきとは別の意味で震えている。


「はい」


 ヨハン王子の従者として、王族に逆らえるわけもなく――私はゆっくりと顔を上げた。


「君やっぱり、アトラス王の……」


「ちちちちち、そうですけどお静かに!」


「むぐっ?!」


「…………」


 慌てて彼の口を塞ぐ。


「今は夜です! 言いたいことはわかりますが、抑えてください!」


 囁くように、それでも必死に伝えると彼が頷いた。私はそれを確認して、そっと彼から手を離した。


「ぷは……!」


 息を吸う彼を見て、やり過ぎたかと少し反省する。けれどそれは、いきなり肩を掴まれた時に崩壊した。


「君、早くアリシアに帰るんだ!」


「えっ?」


「これは命令だよ! さぁ早く!」


 囁き声とはいえ、酷く私の心を掴んだ台詞。


「……何故ですか」


 嫌ですと言う前に、本心からそれを聞きたかった。彼は、俯いている私を説得しようと顔を近づけた。


「それはアトラス王が……」


「アトラス、が?」


 黙った理由を知りたくて顔を上げると、困ったような表情を浮かべる彼が視界に入る。


「命令、なんですね」


「違う! ……その、可哀想だと思ったから」


 私の瞳に映ったのは、切なそうな表情をする王子様だった。彼は今にも泣き出しそうで、私よりも年上に見えるのに狼狽えてしまう。


「アポロだって……」


「……アポロ?」


「僕のお友達だよ。シャルムだってそうだったんだろ?」


「ッ!」


 それは、半年ほど前の話だった。魔法学校に行った彼とアイオンはなかなか帰って来なくって、帰ってくる前にこんなことになってしまった。


「……はい」


 再会を約束して、私はその約束を守れなかった。急に悔しさが込み上がってきて、涙がぼろぼろと溢れてくる。


「アンリを迎えに行くついでに会ったんだ。アポロは『大事な友達を守れなかった』って、泣いていたんだよ」


 アイオンからある程度話を聞いていたけれど、そんなことは一言も言っていなかった。けれど、アポロのことだからか鮮明に思い浮かべることができる。


「もうアポロはアリシアにはいないけれど、アトラス王の為にも……」


「王子、ごめんなさい!」


 彼を突き飛ばし、私は逃げた。


「うわっ!? ちょっと、待って!」


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


「まだ、帰れないんです……!」


 本当に、ごめんなさい。




「オネーサンさぁ、昨日ちゃんと寝れたの?」


 翌朝になってヨハン王子に挨拶に行くと、会って早々そんなことを言われた。


「……はい」


 それは嘘だった。「アポロのことを考えていたら一睡もできなかった」なんて、ヨハン王子に言えるわけない。


「嘘ついちゃダメだよ? オネーサン。俺そういうのわかるもん」


 そう言って、ヨハン王子は私の目元――ううん、クマを指でなぞった。


「ひゃっ?!」


「まだ謁見まで時間があるから、ココで寝とけば?」


「えっ?!」


 ヨハン王子は私の手首を軽く掴み、自室の方へと引き入れる。そして自身のベッドに私のこと放り投げた。


「ッ!」


「ほ〜ら、起きたらダメだってば!」


「ですが……!」


「う〜る〜さ〜い! オネーサンは僕の従者なの! 健康的じゃないとダメなの!」


 起き上がったヨハン王子は、私の両肩を押して自分の椅子に腰かける。


「わかったらさっさと寝る! いい?! わかった?!」


「は、はいっ!」


 ヨハン王子の剣幕に負けた私は、仕方なく目を閉じた。





「……オネーサン、本当に寝てなかったんだ」


 びっくりするくらいすぐに寝てしまったオネーサンを見て、俺はゆっくりと背もたれに自分の背中を預ける。


「なんでかなぁ〜……」


 俺は頭を掻いてため息をついた。どうしてオネーサンは眠れなかったんだろう、それだけが俺の脳内を占める。

 誰かが俺の部屋を訪ねてきたのか、ノック音が聞こえてきた。


「何〜?」


『あ、ヨハン? 僕だけど』


 すると、ジュスト兄さんのおずおずとした声も聞こえてきた。


「ジュスト兄さん? どうしたの?」


 扉を開けると、緊張した面持ちのジュスト兄さんが俯く。


「急にごめんね。シャルムって子どこにいるかわかるかな?」


 なんだと思ったらそんなことだった。


「オネーサンならここで寝てるよ〜。用があるなら謁見の後にしてくれる?」


「そうなの? うん、わかった。じゃあ後で来るね」


「……って、ちょっと待って! なんでジュスト兄さんオネーサンのこと気にかけてるの? なんか接点あったっけ?」


「えぇっと……」


 ジュスト兄さんはいっつも引っ込み思案で自分の意見を滅多に言わない。案の定ジュスト兄さんは一瞬迷ったような表情をした。


「話してよ」


 ジュスト兄さんは、素直に昨日あった出来事を話した。

 夜中にオネーサンに会って話をしたこと。オネーサンの去り際、月明かりで一瞬見えた瞳が曇っていたこと。


「……そうなんだ」


 なら、故郷のことでも思い出して眠れなかったのだろうか。

 俺はオネーサンの気持ちなんてわからない。だから何も言えないけど


「オネーサンの話を聞いてくれてありがと、ジュスト兄さん! まったね〜!」


 傍にいてあげることはできるんじゃない?


 俺は手を振って扉を閉めた。オネーサンの小さな寝息だけが聞こえる部屋に戻ると、窓の奥にいる黒い影が視界に入った。


「うわっ?!」


 勝手に窓を開けてくる影は、堂々と部屋に入ってくる。


「ヨハン、邪魔するぜ」


 影――ううん、フランク兄さんは、宙に浮いたまま笑顔を浮かべた。


「兄さん!」


 フランク兄さんは楽しそうに、キョロキョロと辺りを見回していく。


「シャルロットは……あ、そこか」


 体を掻いて俺のベッドの上に乗った兄さんは、そのままオネーサンを抱き上げた。


「ちょっ、何してんの?!」


 慌ててフランク兄さんを引きずり下ろそうとするけれど、俺の身長では届かない。


「ヨハン、ちょっとこいつ借りるぜ」


「はぁっ?!」


「謁見には出れねぇけど、別にいいよな?」


「よっ、よくない! 何言ってんの兄さん?! どこに行くの?! オネーサンをどうするの?!」


 けれど、フランク兄さんは俺の話を一切聞こうともせずに、さっさと窓から出ていってしまった。


「あーっ!」


「じゃ、またな」


 オネーサンと一緒に飛び降りてしまった。





「……ん?」


 やがてシャルロットが目を覚ます。


「お。起きたか」


「……え?」


 俺はシャルロットの顔を覗き込み、「フランク王子?!」と言って起き上がるシャルロットを黙って見ていた。


「な、なんでここにいるんですか……?! 私、ヨハン王子の部屋で……あれっ?!」


「随分と喋るようになったんだな、お前」


 十年前も、一ヶ月前も、そんなに喋らなかったのに。シャルロットは何を思ったのか視線を逸らし、セルニアの城を見渡せるほどに高い塔の上にいることを認識した。


「……やっぱ、今のお前つまんねぇな」


「え?」


「〝悪魔の娘〟として覚醒したことは聞いている。けど、覚醒前よりも丸くなってるだろ」


「ッ!」


 シャルロットが傷ついたような表情をする。なんだ、そんな顔もするのかと思ったが言葉には出さなかった。


「なんでお前がそんな顔すんだよ。大事に大事にお前のことを守ってたあいつらが知ったらどんな顔すんだろうな」


 多分、傷ついたという表現では済まないだろう。

 あのアトラスがもし〝悪魔の娘〟に情を沸かせたのなら、怒り狂ってもおかしくはない。


「ハハッ」


 思い浮かべてみるとあまりにも滑稽で、俺は笑った。シャルロットは苦しそうに唇を噛み締めていた。


「……それでも、私は帰りません」


「別に帰ってほしいとは思ってねぇよ。まだ協力してもらってねぇし、お前の帰るべき場所はここだろ?」


 俺はとんとんと真下を指差す。ここはセルニアの領地で、クイーンドラゴンの子孫がいる場所だ。


「……そうですね」


 消えそうな声で、シャルロットが言葉を絞り出した。


「受け入れているんだな。自分の運命を」


 空を雲が覆っていく。一雨降りそうだと思い、俺はシャルロットを抱えて飛び降りた。シャルロットは、不気味なくらい大人しかった。

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