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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第四章 悪魔の娘の再会
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幕間  王子の使い魔

 悪魔から距離を取り、オネーサンの方へと叩き落とす。片腕を伸ばしたオネーサンは、禍々しい力で悪魔の体に風穴を開けて悪魔を屠った。

 返り血を浴びたオネーサンは楽しそうに笑みを零し、俺はオネーサンの傍へと飛んでいく。オネーサンが楽しいなら俺も楽しい。オネーサンもそうだと思いたい。


 ハイタッチをしたくて片腕を伸ばすと、オネーサンは「あ」と口を開けて俺の爪に軽く触れる。俺は牙を見せて精一杯の笑みを浮かべた。

 体中は、歓喜に震えていた。





「着いたぁ〜! 疲れたぁ〜!」


 アイオンに案内されたベルニアの城は、長期間放置されていたとは思えないくらい綺麗だった。壊れてもいない。滅んだという事実は嘘だったんじゃないかとさえ思う。


「ひ、広い! です!」


 隣にいたオネーサンは、相変わらず下手な敬語で城内を観察した。俺にとってはそうでもなかったけれど、オネーサンは何が楽しいのか何故かずっと笑っていた。


「オネーサンはいつも楽しそうだねぇ」


「えっ?! そ、そう……ですか?」


「うん。生まれたての赤ちゃんみたい」


「そんなことは……ない、です」


「あるあるあるある! ねぇ〜、オネーサン!」


「わかるわぁ〜。シャルロットは赤ちゃんそのものって感じ」


「確かに無邪気だよねぇ」


「そういうとこ普通に可愛い〜」


 四人でオネーサンのことを弄る。すると、オネーサンは不機嫌そうにそっぽを向く。


「ヨハン、シャルロット」


 先を歩いていたアイオンが足を止めてそう言った。ベルニア王家専属魔女だか最古の魔女だか知らないけれど、俺を呼び捨てにするなんて腹が立つ。オネーサンの下手くそな敬語は愛せるのに。


「長旅で疲れたと思います。今夜は城に泊まってください。悪魔は出ないので安心して眠れるでしょう」


「はいはい、わかったよ。オネーサン、早く先行こ? 聞いた通りこんなの後でたくさん見れるしさぁ」


「はい、ヨハン王子!」


 適当に言っただけのに、オネーサンは案内された部屋まで何にも興味を示さずについてきた。

 使い魔みたいだなぁ。俺に使い魔はいないけれど、兄さんたちの使い魔と比べてみたらそう思う。まぁ、暗器や悪魔の力を持っている使い魔なんてこの世に絶対存在しないけれど。


「ヨハン様、荷物は私たちが整理してあげるわね〜?」


「えぇ〜、いいの?! オネーサンたち!」


「もちろん! 私たちはヨハン様のメイドでもあるんだし!」


「騎士兼メイドってこと……? じゃ、じゃあ、私もやる!」


「ん? オネーサンは別にやんなくていいんだよ?」


「えっ」


「だってオネーサンはメイドじゃなくて従者だもん」


「えっ、メイドと従者は違う……んですか?」


 オネーサンは従者として来ていた自覚がなかったのか、きょとんとした表情を浮かべてちょっと戸惑った。


「全然違うよぉ〜。オネーサンの何もわかってないとこ俺は好きだけどね〜」


 騎士兼メイドのオネーサンたちは、俺たちの荷物を魔法ですぐに片づけてしまう。これで本当にオネーサンの出番はなくなった。

 オネーサンが残念そうに眉を下げたのが少しだけ意外だったけれど、俺はそんなオネーサンを呼んだ。


「じゃあこっちに来てよ。オネーサンは俺の相手をして?」


「えっ? は、はい……」


 俺はオネーサンを連れてバルコニーに出る。すると、ベルニアの首都であるカッツァの町が一望できた。


「……ここ、本当に一度滅んだんですかね」


「滅んだけど、なんとかここまで戻したのかもね」


「戻した? そんな、いくら魔法が使えてもそれは……」


「できるんじゃない? アイオンなら」


 セルニアの魔法騎士団員が戦くような魔女なのだ。別にそれくらいのことをしても不思議ではない。そんな奴がこの世界にいるなんてにわかには信じられなかった。


「あのさぁ、オネーサン」


「はい?」


 背後からきょとんとした声が返って来る。


「オネーサンは、本当に俺でいいの?」


 振り返ることが少し怖くて、俺はただ前を向いた。


「俺でいい、とは……どういう意味ですか?」


 掠れた声が聞こえて、俺はゆっくりと空を仰ぐ。ここから遠い場所に位置する、俺たちの永遠の敵国アリシアでも――同じ空が見えているのだろうか。


「だってドラゴンの血を引く人間なんてこの世界にたくさん存在するじゃん? や、たくさんじゃないけど一人しかいないオネーサンと比べたらたくさんじゃん? ……それで、オネーサンみたいにすごい人が最年少の俺なんかの傍にいていいのかな〜ってちょちっと思っちゃったんだよねぇ」


 なんで俺だったんだろう。いや、俺から声をかけたんだけどオネーサンが俺の傍に居続ける義理はないんじゃないかなって悪魔を倒した後になって思ってしまう。

 傍にいてくれるのは嬉しいのに、オネーサンを自分の仲間として傍に置いておく自信がなかった。


「……私、ヨハン王子のこと、すごいと思いますけど」


 一瞬、耳を疑った。


「すごい……?」


 思わず振り返ってしまう。


「だって、ヨハン王子は私が戦えるようになる前から良くしてくれました……し。ヨハン王子がいたから、強くなろうと思えましたし。私、ヨハン王子に褒めてほしくて……」


 自分よりも年上のオネーサンは、今にも泣きそうになりながらそう言った。オネーサンはぎゅっと服の裾を握り締め、俺を見つめた。


「アトラスは私を助けてくれた光そのものです。フランク王子も、私を求めてくれた人です。……ですが、アトラスもフランク王子も私を避けてました」


「避けた?」


 脳裏に、四歳年上のポンコツを嘲笑ったすべての人々の姿が浮かぶ。それとオネーサンが不意に重なった。


「……はい」


 けれど悲しくはありませんでした、そうオネーサンは続けた。


「だから、俺だったの?」


 オネーサンは頷いた。すると、思い出したように目を見開かれた。


「な、何?」


「一人だけ、アリシアにいた時に……ドラゴンの末裔じゃない王子に会ったんです。その人は、私に勇気をくれました」


「へ、へぇ」


 アリシアとセルニア以外の王の存在が出てきて驚く。ほんの少し、見ず知らずの王子に嫉妬した。


「その人は……私に、道も教えてくれました」


 懐かしむようにオネーサンが目を細める。頬が少し赤くなっているのを見て、それ以上は聞きたくないなと不意に思った。


「けど、彼の傍に私はいるべきじゃありません」


 一瞬にして、オネーサンは懐かしんだ瞳を止める。そして真っ直ぐに前を向いた。その目には俺が映っていた。


「ヨハン王子はさっき、『俺でいいの?』って聞きましたけど……」


「えっ? あ、うん。聞いた聞いた!」


「……私は、ヨハン王子じゃなきゃ……すっごく、嫌です」


「…………オネーサン」


 オネーサンは、「ですから」と言って一度深呼吸をした。裾を握っていた小さな手は、胸の前で組まれていた。


「これからも、お傍に……」


「ヨハン様ぁ〜!」


「ひゃっ?!」


「うわっ!?」


 物凄い速さでオネーサンが飛び退いた。見ると、部屋の中からオネーサンたちがこっちに向かって顔を出している。


「ちょっ、ちょっと何?! せっかく今……」


 せっかく? 今?


「……ッ?!」


「よっ、ヨハン様?! 顔が赤いわよ?! 大丈夫?!」


「だ、大丈夫に決まってるでしょ! ねぇオネーサン?!」


 オネーサンの意見を求めようと彼女を見ると、オネーサンは何故か跪いて震えていた。心なしか耳が赤いような気がする。


「何してるの?! オネーサン、しっかり立って! オネーサン!」


 それを見たら、余計に顔が熱くなった。だから俺は、慌ててベランダから立ち去って全力で走る。顔に張りつく風は、何故かとても心地が良かった。


「本当に、何してるの俺……!」


 近くにあった柱にもたれ掛かり、俺は腕で顔を覆った。自分の手は、何故か汗ばんでいた。何故かわからないことだらけだった。

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