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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第四章 悪魔の娘の再会
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第一話 従者と王子

「す、すごい……! すごいです、ヨハン王子! ペガサスです!」


 目の前のペガサスに触れる前にその子を見上げる。初めて見たペガサスと馬車は、アトラスとディーノの話によく出てきていたものだった。


「なになに〜? 別にそんな珍しいモノじゃなくな〜い? オネーサンもしかして初めて見たの?」


「はい! 初めてです! まさか、こんなに大きいなんて……!」


「へぇ〜、じゃあ良かったじゃん! ……ん? てことは乗り方わかんない? 教えてあげるよ〜!」


「えっ、いいんですか?! ……って、ちょっと待って! ヨハン王子が先、です!」


 馬車までの道を開けると、何故かヨハン王子が声に出して笑う。どうして笑っているのだろう。首を傾げるとヨハン王子は目元を拭った。


「お、オネーサン敬語下手くそだね〜! あははははっ!」


「ッ!?」


 ひぃひぃと腹を抱えて笑うヨハン王子に悪気はないのだろうけれど、私の心はズキズキと痛む。それでも、敬語も使えない役立たずでも、ヨハン王子は傍に置いてくれていた。

 アリシアの外に出てはいけなかったあの頃とは違った。


「ま、いーよ。オネーサンがそう言うなら先に乗ってあげるね」


 手を振って、ヨハン王子は先に馬車に乗り込んだ。


「ほら、オネーサンも早く来なよ」


「ッ、は、はいっ!」


 恐る恐る中に乗り込むと、意外と高い天井に驚く。

 護衛として共に乗り込んだ魔法騎士団の女性たちは慣れているのか、特に変わった反応は見せなかった。それが余計に私に恥を覚えさせ、思わず顔を伏せてしまった。


「別に恥ずかしがることないじゃ〜ん。むしろ見ていて飽きないよ、オネーサンのそういうとこ」


「ヨハン王子……」


 じぃんと胸が温かくなる。私、多分嬉しいんだ。そんな感情を最近はよく感じてしまう。目元を拭うと、ヨハン王子は既に出発した馬車の外を眺めていた。

 ペガサスは空を飛ぶ。海の向こう側にあるベルニアを目指して飛んでいく。ヨハン王子が見ていたのは空ではなく海だった。


 私に自由をくれたヨハン王子は、末っ子の王子様だけれど一番すごい。私をセルニアに連れてきて、悪魔と戦う為に協力しろとせがむフランク王子も世界中の人たちからしたらすごいんだろうけれど――私にとってはヨハン王子が一番すごい。

 こんなに良くしてくれても、今の私は彼に何も返せないのに。何かを返す為には、多分もっと強くならないといけない。だから、早く強くならないと。強くなったら、ヨハン王子だけじゃなくて――アトラスやディーノ、アポロやアンリだって褒めてくれるだろうか。


 じっと自分の両手を見つめる。体中から悪魔の力が溢れてくる。

 元々の私はただの人間だった。だから、魔法使いである彼らと肩を並べて戦う為にはこの力をコントロールしないといけないんだと思う。


 強くなりたいけれど、アリシアでは誰もそれを良しとはしなかった。けれど、セルニアだったら――フランク王子に相談したら許可してくれるだろうか。


「……ん? ねぇねぇ、これ何?」


「えっ?」


 視線を上げると、ヨハン王子が馬車の端に置いていた暗器に気がついた。


「あ」


「えぇっ?! 何それ! ヨハン様、離れて離れて! 危ないわよ!」


 同乗していた三人の女性がヨハン王子を取り囲む。明らかに警戒心を顕にしていて、私は口を噤んでしまった。


「なんでこんなものが馬車の中に?!」


「誰かがヨハン様の命を狙っているの?! こんなにわっかい命を?!」


 険しい表情をする三人は本気でヨハン王子の身を案じている。当たり前だ。だって自国の王子様だから。

 みんながみんな魔法使いだったアリシアとは違う。魔法使いが住み、人が住み、亜人も住んでいるのがセルニアだ。魔法使いとして魔法騎士団に――王族に貢献できる唯一の種族として誇りも持っている。そんな彼女たちの目は本気だった。


「ねぇ、オネーサン」


「は、はいっ!」


 ヨハン王子は暗器を指し、「これ、オネーサンの?」と尋ねる。


「はぁっ?!」


「貴方まさか裏切ったの?!」


「やっぱり悪魔の手下……?!」


「ちっ、違います!」


 私は精一杯に両手を振り、ヨハン王子が手に取った暗器を見て「私のですが、違います!」と叫んだ。


「それってどういう意味? オネーサン」


「あの、それは……」


 たくさんの人に注目されると、言いづらくてまた顔を伏せる。


「……セルニアに来た時、私が身につけていた武器、なんです。私の……〝師匠〟は昔、魔女が頭領をしている暗殺集団に所属していて……私も、それを教えてもらっていて……」


 ほんの一時だったけれど、確かにあったディーノとの特訓の日々。騎士とメイドとしてではなく、師匠と弟子として過ごした日々。


「今回、一緒に行くということで、ヨハン王子を守る為に持ってきたの……です。隠し持つと……今みたいに怪しまれるので、そこに置いてました」


 そこで言葉を切った。同行を拒否されても仕方がないかもと覚悟した。


「へぇ〜、そうだったんだ。じゃあちゃんと持っときなよ! じゃないと意味ないしね〜!」


「え……?」


「ヨハン様、いいの?!」


「いいに決まってるじゃん。だってオネーサンは俺を守りたいって言ってるんだもん」


「ヨハン様ぁ、寛容すぎでしょ〜……」


「そういうとこも普通に好きぃ〜!」


 私だけではなく、みんな信じられないといった表情を浮かべていた。けれど、三人だけは一瞬にしてヨハン王子に尊敬の眼差しを向ける。呆けていたのは私だけだった。


「……ありがとう、ございます」


 消えそうに呟いて、袖口に隠した。窓の外を眺めると、真っ赤に燃える夕焼けが光り輝き海の水面を照らしている。……まるで、ヨハン王子と私みたいだった。

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