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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第三章 セルニアの王子
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幕間  悪魔の被害者

 不意に思い出したことがある。十年前、何も知らされずに連れていかれたアルゼオナで見かけた裁判中の幼い子供を。

 アンリと同い年くらいで、俺よりも少し年下そうに見えるあの子供は、鎖で繋がれたまま怯えたように周囲を見ていた。


『あいつ誰。何したんだよ』


『〝悪魔の娘〟だ。フランク、よく見ておけよ』


『わかった』


『あっ、貴方様はセルニアの……?!』


 親父が群衆を掻き分けて、〝悪魔の娘〟の元へと歩く。

 〝悪魔の娘〟と言われても、当時は悪魔の力なんてわからなかった。だからあまり興味はなく、ただただ裁判の行方を見つめる。


 瞬間娘と目が合った。光のない空色の瞳は、焦点が合っているのかもわからなくて不愉快になる。


『……見てんじゃねぇよ』


 呟いた。


『ビギナの聖なる泉で殺せ!』


 瞬間にその場にいた宣教師がそう言った。

 群衆もその罰を肯定し、親父は何も言わないまま子供が連れ去られるのを眺めていた。


『セルニアの王よ、あの悪魔に害はございますか?』


『ある。例え子供だろうと悪魔の力を身に宿していることに変わりはない』


 子供は反抗する様子もなく、諦めたように目を閉じた。





 アリシアで再会した〝悪魔の娘〟は、空中で意識を手放した。

 間近で見ると、やっぱり当時の面影がある。……ただ、今はアリシアの匂いがした。


「……これが悪魔の力、か」


 当時はわからなかったが今ならわかる。教えられなくても、これが悪魔の力だと〝血〟が覚えている。

 セルニアの牢屋に娘を寝かせた。名前も知らない〝悪魔の娘〟は、幸せそうに眠っていた。


「……これからどうすっかな」


 あのアトラスが欲して手元に置いていたのだから、俺たちのところに置いておきたい。アリシアが悪魔との戦争で唯一有利になるのだけは我慢ならない。


「悪魔の力があんのはわかっけど、アトラスはこれを手に入れて一体何がしたかったんだ……?」


 色々と考えるが答えが出なくて頭を無理矢理掻き毟る。


「あぁクソッ! やめたやめた!」


 そしてその手で娘の頬を抓った。お前のせいだからな、という意味を込めて。





 謁見の間に娘が遅れてやって来た。何故かヨハンが一緒にいる。その後ろにいるのはいつものヨハンの親衛隊だ。


「…………。おっせぇよ。いつまで待たせる気だ」


 一瞬不快になったのは、多分気のせいだろう。そう納得して間を詰めた。


「え、あの……よく覚えてないんだけど、私は悪魔の味方じゃない。人の味方、だから」


 娘が言ったその言葉に光を見出す。


「だったら俺たちにも協力しろよ」


 あのアトラスに協力していたように、そう思った。


「きょ、協力……?」


 だが、娘は戸惑った。なんなんだと苛立たしくなる。お前はあの国で一体何をされて一体何をしていたんだと。

 親父とリシャール兄さんが立ち去るのを見て俺も飛び去る。あのまま謁見の間にいたら、頭がおかしくなりそうだった。


「チッ、なんなんだよ!」


 胸の辺りを掻き毟って、遠くまで飛んだ。……今日は掻き毟ってばかりだった。





 娘がヨハンの従者になったと知らされたのは、その日の翌日だった。


「……は?」


「だから、ヨハン王子と一緒にベルニアに行くんです」


 俺がよく知る絶望の瞳はそこにはなく、輝きに満ち溢れている。

 俺がわざわざ連れてきた牢屋に帰ることはなく、従者専用の部屋で寝泊まりしているのは何故かと聞いた結果がこの様だった。


「…………」


「フランク王子?」


「俺たちに協力するんじゃなかったのか?」


「あ……」


 揺れた瞳を、俺は冷めた目で眺める。


「……ううん、協力はします。けど、何をするのか具体的に言ってくれないと……困ります」


「うるせぇな。ていうかなんでヨハンについてってベルニアに行くんだよ」


「…………世界」


「はぁ?」


「世界を、見たかったので」


「世界?」


 偽りのない真っ直ぐな瞳は、俺のことを見つめていた。


「私は、アリシア以外の国を知らないので。だから、みんなみたいに……色んなとこ、行きたかったんです。そうしたら、ヨハン王子が連れて行ってくれるって言ったので。私、すごく嬉しかったので」


 気づけば奥歯を噛み締めていた。

 娘が――シャルロットが〝悪魔の娘〟ならば、俺たちは〝悪魔の敵〟なのに。俺たちは悪魔に縛られている者同士なのに。悪魔に運命を狂わされて、世界に利用される存在なのに。同じ被害者なのに――考えていることは違うのか?


「世界に行ったっていいことなんかねぇぞ」


「それは私が決めることです」


「やめとけよ。お前は〝悪魔の娘〟なんだぞ」


「そうだけど……でも、知りたい。私自身が世界からどういう風に見られているのかも、知りたいです」


「はぁ?」


「私、この目でたくさんの国を見て、強くなって……そして、いつかアトラスに会いに行きます」


 ぐっと、シャルロットが両手を握り締めた。


「今すぐ会いたいけれど、戻ったら一生何もわからないと思う。だから、知ってからいつか彼に会いたい」


「あっそ。なら、行けばいーだろ」


 シャルロットを追い払うように手を動かし、俺は去る。


 俺には俺の運命が。

 シャルロットにはシャルロットの運命がある。


 けど、根本は同じだ。そう遠くない未来できっとそれがわかるだろう。

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