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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第三章 セルニアの王子
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第三話 ヨハン

 今まで見てきた四人の王子の誰よりも威厳があって、存在感もあって、視線を逸らすことが何故かできない。


「フランク、お前はアリシアに喧嘩を売ったのか」


 可笑しそうに口角を上げるセルニアの王は、アトラスとは全然違うタイプの王様だった。


「お父様! これは喧嘩を売ったでは済みません! 先ほどアリシアから抗議文が送られてきたんですよ?! 下手したらまた戦争です!」


「ッ!?」


「ウソッ、戦争?! ていうか待って待って待って! じゃあ今アリシアにいるポンコツと国民はどうなんの?! 今度こそ本当に死んじゃうかんじ?!」


 ポンコツ――それがアンリのことなのかはわからないけれど、確かに今のアリシアにはセルニアの国の人たちがいる。

 フランク王子がアリシアを襲撃したのは、その人たちが敵国にいたから? でも、アンリには見向きもしなかったし……。


 思えば、遭難者たちは誰も魔法使いではなかった。クイーンドラゴンと魔女の子孫であるアンリでさえ、魔法使いではなかった。


「…………」


「別に問題ねぇだろ、あいつらが死んだところで痛くも痒くもねぇんだし。つーかマジで生きてやがったからな……生命力どんだけあんだよあの恥晒しは」


 殺す気で彼らを海に送ったのだろうか。アリシアは島国で、一番広い国土を誇るセルニアとそんなに離れているわけではない。

 だからたまたま保護することができたけれど、彼らにとって保護という結末は歓迎できないものだったのだろうか。


「もぉー! フランク兄さん、アンリ兄さんを殺すのはもう諦めなよ。何度失敗したらやめるの? 逆に役に立ちそうなんだから連れ戻せば良かったじゃ〜ん」


「要らねぇだろあんな生命力オバケ。つーかうるせぇよ黙れよチビ」


「酷い! チビじゃないってば!」


「二人とも黙れ! 本題はそこではない!」


 アンリはマイペースな感じだったのに、この三人は怒涛の勢いで会話を続ける。

 セルニアの王は我が子の会話を愉快そうに眺め、私に視線を移した。


「フランクがわざわざ持ってきたのだ。さぞかし強い力を持つ者なのだろうな」


「持ってるだけでたいしたことはできねぇっぽいけどな」


「ただの〝悪魔の娘〟ということか」


「そうそう。やっぱ父さんにはわかんだな」


 フランク王子は瞳を輝かせ、自ら父の方へと駆け寄る。

 リシャール王子は驚愕の瞳で私を見下ろし、肩にかかった長髪を苛立たしそうに後ろに払った。


「見ての通り、人間でもなければ魔女でもねぇ。こいつは〝悪魔の娘〟だ」


「強いて言うなら悪魔だろうな。魔法は悪魔からの贈り物だ」


 どうしても私を悪魔にしたい二人の意見が合致した。リシャール王子とヨハン王子は不可解そうな表情で家族を見ていた。


「アリシアはこちらで黙らせよう。同盟国であるベルニアの仇を取る為に、悪魔について調査する必要があるからな。その代わり、三人には別のことを頼みたい」


 一瞬にして纏う空気を変えた国王は、謁見の間を見回した。

 部外者の私は場違いだけれど、魔法騎士団の人たちが国民を帰らせていたところを見ると完全にそうというわけではないことを理解する。


 私はどうすればいいのだろう。帰してくれる雰囲気ではないし、ここでセルニアという国を探るのも悪くはない。そう思って抵抗することを辞めた。諦めたわけではなかった。


「セルニアは、近いうちにベルニアへと向かう」


「――?!」


 アポロとアイオンの故郷、ベルニア。悪魔に滅ぼされた誰もいない地に何故向かうのだろう。


「それは何故ですか、お父様」


「悪魔が残っている可能性がある。一応調査しておこうと思ってな」


「確かに拠点にされたら困るよね〜。はいはい! 俺が行きたい!」


「許可しよう。頼むぞ、ヨハン」


 ヨハン王子は許可されると思っていなかったのか、驚いたように父を見上げた。そしてすぐに笑顔を咲かせ、跳ねるように周囲を飛んだ。


「ヨハン……。お父様、本当にヨハンで良いのですか?」


「当然だ。俺が今のヨハンの頃は普通に戦場に出ていたからな」


「ふぅん。じゃあヨハン、俺も行くけど先陣はお前に任せたぞ」


 不安そうなリシャール王子と、不満そうなフランク王子。国王はそんな二人を両側に置き、改めてヨハン王子に向き合った。


「ヨハン、改めて告げる。ベルニアに行くのはお前だ」


「はい、お父さん!」


 背を向けて去っていく国王に、私は何も言えなかった。リシャール王子は国王の後を追いかけるように立ち去って、フランク王子は私を一瞥しただけで飛んで行った。

 残されたのは、私とヨハン王子。そして彼を慕う魔法騎士団の人たちのみだった。どこへ行っていいかもわからず、十年前には感じもしなかった孤独感に苛まれる。


「オネーサンさぁ」


「え……?」


「人間でも魔女でもないって、ホント?」


 その年なのに軽薄そうな性格をしているヨハン王子は、真顔でそう問うた。私は俯き、まだ未熟なヨハン王子に対して顎を引く。


「本当」


「帰る場所はあるの?」


「アリシアに……。と言いたいところですけど、無謀ですか?」


「だと思うよ。残念だけど、オネーサンを帰す方が後々面倒そうだしねぇ」


 やっぱり無理だった。ヨハン王子ならわかってくれるかもと期待したけれど、結局彼もセルニアの王子だった。


「だからさぁ、俺と一緒に来ない?」


「え……?」


「だってオネーサン、このままだと可哀想だしさ」


 ヨハン王子の紫色の瞳が伏せられた。私は彼にそんな顔をしてほしくなくて、けれど彼は右手を私の方へと伸ばす。瞬間、その手が脳内で骨ばったあの人の手と重なった。


「ッ!」


 けれど、すぐに細くて綺麗な子供の手に戻った。


「……私は、アリシアから来ました。それをわかって言っているんですか?」


「もちだよ! だって、それとオネーサン自身はなんもカンケーないじゃん!」


「ヨハン王子……」


「ね? どうせ調査とかすぐに終わるだろうし、一緒に行こうよ!」


 十年前とは違って、私は自分の意志でヨハン王子の手を握った。

 アトラスを裏切る行為ではあったけれど、そんなことは微塵も考えなかった。ただ単に、自分自身の冒険心とヨハン王子の広い心に負けたのだった。

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