魔鉄について勉強しましょう
「それで、具体的に何をすれば良いんですか?」
「美羽のレベルアップに協力してほしい。」
「それは何故?」
「アレが何だか分かるよな?」
そう言って工場の奥を指差す。
「蒸気機関ですよね。」
「ああ。その蒸気機関を作るためには、高い精度で金属を加工する必要がある。」
「はあ。」
「その際に【切削工具】、金属を削って加工するための工具が必要なんだ。」
「【切削工具】ですか?」
そういえば、国営放送で回転する機械に金属を固定して削る職人を取材していた番組を見たことがあるのを思い出しだ。
それが誰の記憶かは分からないけど。
「ああ。それを作るには鉄より硬い金属が必要なんだ。」
この世界でミスリルやオリハルコンみたいなファンタジー金属の存在を聞いたことがない。
後で陽菜に確認しておこう。
「鉄より硬いっていうと、何かの合金とかですか?」
「向こうじゃ様々な合金が開発されてたんだけど、こっちじゃ希少金属とか、存在すら認識されていない。まぁ、基礎的な知識が足りてないだけかも知れないけどな。」
「鋼じゃ、駄目なんですか?」
「ああ。難しい。一般的に使われていたのはハイス鋼だったかな、モリブデンとかを含んだ合金だな。自分はただの事務員だったから、詳しくは知らないけどな。」
「なら、今ある蒸気機関はどうやって作ったんですか?」
「それは【魔鉄】を使ったんだ。」
「そう言えば、魔力を含んだ【魔鉄】で強い剣が作れるとは聞いたことはありますけど、あまり見かけませんね。まぁ、ボクは付与魔法師なので武器は使わないんで興味がなかったのもありますけど。」
「【魔鉄】というのは、鉄に比べて強度が非常に高くなるのだが、その分欠点が多い。長期間または大量の魔力を浴びることにより普通の鉄が魔鉄に変化するんだが、天然物はそもそも産出量が少ないうえ、時間が経てば蓄えた魔力が放出されてただの鉄に戻る。鉄鉱石から加工する時点でかなりの魔力が失われるうえに、叩けば叩くほど魔力が抜けていく。」
「それじゃ、使い物にならないじゃないですか?」
「『鍛冶師』の覚えるスキルで魔鉄の加工を行うことで加工時に魔力含有量を減らさないようにしたり、出来上がった後の魔力の揮発を抑えたりできる。」
「ああ、それで美羽さんに魔鉄を加工するスキルを覚えさせたいっていうことなんですね。」
「ああ。本来なら、君らを見捨てた美羽と再び行動してくれと頼むのは心苦しい。それにこの足じゃ、俺は美羽の力になれん。恥を承知で頼んでいる。」
「あれ?崎田さんのジョブは『鍛冶師』じゃないんですか?」
「ああ、『重戦士』だ。」
戦闘職じゃないか。
まぁ、止まって戦闘するだけなら何とかなるかも知れないけど、魔物を探すのに駆けずり回らないといけないからな。
「それじゃ、元々、違う国にいてたんですか?」
「ああ、パンティアだ。あそこは目新しい技術とかは歓迎されてなくてな。魔王を倒して目的が無くなってからは暮らしづらくて、すぐにこっちに渡ってきた。」
「話を戻しますけど、他に魔鉄に代わるものを作る方法は無いんですか?」
「鉱石から鉄を取り出す際に魔石を混ぜ込むことで人工的に魔鉄を創り出すこともできるが、かなりの量の魔石が必要になるし、やはり寿命の問題も解決できない。」
「魔石はボクらがパンティアから輸入できるよう交渉するところなんで、恐らく値は下がると思うんです。」
ここで、陽菜が入ってくる。
「魔鉱石だけで金と同額ぐらいと聞いていますが、魔鉱石からの生成でどのぐらいの魔石が必要になりますか。」
「鉄の含有率50%の魔鉱石だと同量の魔石が必要になるから、魔鉄1パウンドあたり小型の魔石なら25個は必要になる。」
元の世界のポンドだと500gに足らないぐらいだったけど、こっちのポンドは少し重くて500gぐらいだったと思う。
パンティアは更に少し重かった気がする。
「製錬済みの魔鉄だと1パウンドあたり80から100枚ぐらいですから、加工できればおおよそ半額、かなりの節約になりますね。」
「ただ、魔鉱石や魔鉄自体がなかなか手に入らないってのもあるから、通常の鉄鉱石と魔石から作る方法もあるんだが、大量の魔石が必要になるうえに『錬成』というスキルが必要になる。『錬成』スキルはレベルが取得できるレベルが高すぎて実際は出来ないのと同じだ。」
戦闘職でない『鍛冶師』がそんなにレベルアップするというのは、稀なのは間違いない。
「それで、無理をしてここまで設備を揃えたものの、資金が尽きたという訳ですね?」
少し冷たい声で陽菜が突っ込む。
「ああ、君の言うとおりだ。」
「陽菜、今頃気になったんだけど、蓮さんから貰った剣ってもしかして魔鉄でできてたりする?」
「うん。スキルを持った鍛冶師が作ったものだから、あと数年は保つと思う。」
魔鉄は意外と身近な所にあった。
「もしかして、その剣の材料費だけで…」
「最低金貨50枚かな。金貨300枚は下らないと思う。」
そこそこの家が建つんじゃないか。
返せって言いにくかっただけなんだろうけど、そんなものよくポンとくれたな。
「そう言えば、遙人さんは代々王家に伝わる剣を使ってるって聞いたことがあるんだけど、魔鉄でも無いのかな?」
「ああ、アレは神代から伝わるもんで、装備者から魔力補給し続けるんだ。しかも、自動修復の機能まで付いてやがる。」
神代というとこの世界では、陽菜が来る前を指してるから、500年以上前から使われ続けてるのか。
「だから、代々使われてる訳か。」
「アレは内部に何らかの術式が組まれているようなんだが、貴重過ぎるうえに、現役で使われてるのもあって、誰もそれを解明できてない。」
「再現不可能なロストテクノロジーってやつですか。」
「そうだな。」
「武器に魔法を付与できるようなスキルは無いんですか?」
「永続的というなら、今のところ確認されてない。」
陽菜が『スケールアップ』のスキルを欲しがったのは、他の神に対抗するために下手な武器や魔法ではなく、同じ神格を持つ肉体が確実だからだと言っていたけど、強力な武器を必要としなかったのはその影響なのか、それともこの世界で強力な武器が存在しないから肉体に頼ろうと思ったのか、どちらかは分からないけど。
蓮さんから貰った剣で数年保つのなら、消耗品である切削工具の刃ならスキルで充分だな。
「結局、残された方法は、美羽さんが魔鉄を扱うスキルを得ることだけ、ということなんですね。」
「でも、私たちのレベルアップはもう目的を達してる。スキルを覚えるまで、私たちを付き合わせる積もりなの?」
そこは確かに気になるな。
「今のレベルは18。20で魔鉄を加工するスキルを覚えられる。欲を言うならレベル25の『製錬』が欲しいとこだけど。」
別れたときはちょうどみんながレベル10に上がったところだった。
たった一人でここまで頑張っていたのはなかなかだと思う。
特にレベル15を超えたあたりから急にレベルが上がりづらくなる。
崎田さんが手伝っていたのもあるだろうけど。
「その情報、誰かから聞いたの?」
「冒険者ギルドに記録があったわ。カレンにはそんなにレベルの高い鍛冶師はいないのも。だから、優たちにお願いしたいの。」
まぁ、冒険者ギルドって基本的に人材派遣会社だから、その辺の情報は確かそうだな。
「それで、私たちへの報酬は?」
「ええっと…」
美羽が返答に困り始める。
「何も考えてなかったの?」
陽菜の声が冷たい。
「レベルアップするために、あちこち回ってるってきいてたから。冒険者ギルドから出る依頼の依頼料や魔物の素材は全部渡そうと思ってた。」
自信なさげに言う。
「私たちはもうレベル上げに勤しむ必要はないの。」
「そう聞いてる。」
そう言って美羽はボクの方を見る。
会話が途切れているのに気は付いていたが、そのまま思考を巡らせる。
「ちょっと崎田さんと話をしたいんだけど、良いかな?」
「えっ?」
女性陣が声を上げる。