カレンに戻ってみましょう
巨大な舳先を思わせる切り立った断崖の上にある艦橋を思わせる白い城壁が青空に映えている。
以前に『不沈艦』と評したその威容は壮観で美しい。
ただ、中に入れば意外と古くて入り組んでて、小汚いから、遠くから見てるだけで良いんだけどね。
対比して小舟のように見えてしまっている不沈艦の舳先にある船の数は以前に見たときより増えている気がする。
「何だか船の数が増えている気がするね。」
「パンティアとの交易も以前よりは増えているんだけど、それよりも南方との交易が増えてるみたいだし。」
「南方?」
「うん。砂糖や香辛料はそっちじゃないと手に入らないから。」
「そう言えば、こっちに来てから甘い物って口にしてない。」
「高いだけなら良いけど、なかなか手に入らないからね。」
一応、護衛の役割もあったんだけど、船が大きくて魔物が乗り込めなかったうえ、海賊にも遭遇しなかったので、何もすることは無かった。
まぁ、護衛なんて何も無いのが当たり前だけど。
ハルグラドの街には、10か月程留まり、大方の形ができてきたところで、ボクらはカレンに来ることになった。
スタンピードで得た魔石は大型のものは王家が買い取り、その他も全て売り尽くされたものの、パンティア国内での需要はまだそこまで多くなかった。
廃砦の人たちと組織した魔物狩りと王都周辺から人を集めて組織した魔核製造工房が思ったより上手く稼働したこともあって、魔石がダブり気味になってきていた。
そもそもパンティア国内で魔石を使う道具の供給が少ないのが原因だった。
そこで、カレンへの輸出とともに魔導ランプを始めとした魔道具を買い付けるためにカレンに来ることにしたのだ。
カレンで魔石は相当の需要があるものの、元々の流通量はパンティアよりかなり多い。
当初はカレンからパンティアへの輸入も考えていたのだけど、ハルグラドで安定的に供給できるようになったため、逆にカレンヘ輸出もできると考えたのだ。
また、需要の底上げがパンティアには必要なのだ。
「丁度、1年だね。」
「うん。」
このカレンの首都ケアールドを発ってパンティアに向かったのが昨年の5月だから、一年ぶりに戻ってきたことになる。
この喧騒と雑多な雰囲気、そして悪臭は一年前と何も変わってはいない。
「まずは、住む所を探さないとね。」
「冒険者ギルドを頼ってみる?不動産屋でも紹介してくれるかもしれないし。」
「じゃ、本部から顔を出しに行ってみようか?」
「その前に今日の宿からね。それに今日はもう中途半端な時間だから明日からにしない?」
今は中天を少し過ぎたぐらいの時間で、春になったところなのでまだしばらくは明るいものの、そこまで余裕があるわけでもない。
「うん。そうだね。」
以前に使ったことのある宿に向かう。
一番安い宿をで蚤に困らされた後に使うようになったところだ。
思えば、あの頃は蚤とダニの区別もついてなくて、痒いのはダニに咬まれたからだと思っていたな。
宿のおかみさんはボクらの事を覚えていてくれた。
3日分を先払いする。
「今日の夕食はどうするんだい?」
「間に合うようならいただくよ。」
「大丈夫だよ。」
この宿の食事は、パンこそ不味いけど、他の料理はそれなりに美味しい。
「お願いします。」
その日は宿でゆっくり過ごし、翌朝から冒険者ギルドに向かうことにした。
冒険者ギルド本部に向かい、扉をくぐると、並んだデスクから一人の女性が立ち上がりこちらに向かってくる。
「アンさん。お久しぶりです。」
「アンタ、もしかして、ユウ!?」
「え、ええ。」
「なんだよ、ずいぶんと久しぶりだねぇ。背もずいぶん伸びて男らしくなったわね。」
何か前とは反応が違う気がするけど、気にしないでおこう。
「ご無沙汰してたから、木田さんに挨拶しようと思って。ついでに話したいこともあるんで、時間を取れる時にアポイントメントをとってもらいたいんです。」
「テツオはだいたい暇してるから。まぁ、念の為聞いてきてあげるよ。」
アンについて階段を登る。
「この後、暇なら…」
陽菜の視線を見なくても感じる。
「そうかい。人のモンまで手は出さないよ。身なりも良くなったし、男前も上がったしねぇ。」
応接室で木田が迎えに立っていた。
「えっ?優くんかい?」
「はい。」
「あっという間に抜かれちゃったな。」
木田は175cmぐらいで、ボクはもう少しある。
「もう子どもじゃないか。さ、座って。」
「ありがとうございます。」
「久しぶりだねぇ。2年ぶりぐらいかな?」
「あまりこっちに顔を出すこともなかったんで、もうそのぐらいになりますね。」
「そう言えば、美羽ちゃんが戻ったら会い、いや、何か頼みがあるようだったよ。」
「そうですか。」
喧嘩別れみたいになってしまってたんで、気まずい。
「何があったかは聞いてるから、気まずいのは分かるけど、美羽ちゃんの力になって欲しいな。」
つい、どうしようか考え込んでしまった。
「先に僕の用件を済ませてごめんね。それで、ここに来た目的は?」
「パンティアから魔石を輸出したいと思ってまして。」
「魔石を扱うのは、他のギルドと摩擦が起きるのは理解してるよね?」
「はい。パンティアで安定的に供給できるようになったので、絶対的に供給が少ないことを考えると魔術師ギルドに卸せばどちらにも利はあるかと思いまして。」
「どうして魔石を売るのに需要の多い錬金術師ギルドじゃなくて、魔術師ギルドなんだい?」
「販路の問題ですね。それに魔術師ギルドから魔道具の買い付けもしたいと思ってまして。」
輸入品であれば、他の者も輸入元と直接交渉できる可能性がある。
最初に独占権を与えたとしても、供給量が増えるうえに明らかになるので、そこまで阿漕なことはできないんじゃないかと思っている。
それに魔石を消費する魔道具も取り扱っており、一番の消費者である王侯貴族に販路を持つ魔術師ギルドが適任だと思うのだ。
「ふーん。そこへの顔つなぎ、か。」
「まぁ、名前か顔つなぎできそうな人物への紹介でも良いんですが。」
「うん、ちょっと考えてみるけど、こっちに話を持ってきたってことは、ウチの利になるようなことはあるのかい?」
「はい、それは…」