さあ、目を開けてみましょう
「優くん?」
目が覚めたら見覚えの無い女の子がボクを覗き込んでいた。
「誰?」
「優、気が付いたか?」
蓮さんがボクの方に近づいてくるのが見える。
女の子が顔を覗き込んでるということは…
ボクの頭はその女の子の太腿に載っているのだ。
整った顔をしているが、見たことのない顔だった。
「誰?」
「優くん?」
その女の子と目が合った。
「見えてるの?」
パニック寸前だと思ったボクは目を閉じてみた。
陽菜の匂いと息遣いがする。
改めて目を開くと、再び目が合う。
戦闘での傷と返り血で汚れてはいるけど、かなりの美人になっていた。
痩せて顔のライン全体がシャープになっていて、今までの丸っこくて可愛いというイメージから、日本人の特徴ははっきりとあるものの、今は誰が見ても美人という感じだ。
目の大きさとか変わってない?
マジマジと見たくなってしまうけど、気恥ずかしいのと眩しいのとで、再び目を閉じてから、ボクは立ち上がった。
ゆっくりと目を開くと、既に夜は明けきり、赤みを失って白くなった陽光が差している。
崩れていない壁が一部だけ残った廃墟が目に入る。
視線を移すと草原に盛り上がった丘があり、中腹に高い壁で囲まれ、尖塔のみが覗いている教会と、頂上付近に砦か屋敷か判別しにくい建物が見えた。
「見えてる。目が見えてる。」
「本当か!?」
すぐ側まできていた蓮さんがボクの目を見る。
蓮さんの横に切り刻まれた『蛙の女王』が倒れているのが見える。
蛙の頭に女性の身体をした彼女は虚ろな目を空に向けていた。
陽菜が倒したんだな。
話せば分かる相手だったと思ったのに。
「身体は?大丈夫なのか?」
蓮さんが心配そうに聞いてくる。
「ボクの方はただの魔力枯渇だから、大丈夫です。それより陽菜さんの方が心配です。」
「ああ!陽菜ちゃんは町田が手当したから、安心しろ。」
この世界では、傷が瞬時に治るような回復魔法みたいなものは存在しないものの、止血や縫合のような魔法は存在する。
これらの魔法を手当魔法と呼ぶ場合もある。
「陽菜さん。とうとう、目が見えるようになったよ。多分、新しいスキルを覚えたからだと思う。」
ステータスを確認すると、レベルは32まで上がっていて、スキル欄に『鷹の目』と『千里眼』が加わっていた。
「優くん。おめでとう。」
「ありがとう、陽菜さん。今まで、本当に。」
「とりあえず、終わったな。」
「はい。」
遠くに見えていた街は『エルダーゴブリン』と『貪るモノ』との戦いのため、跡形も無くなっている。
「街、どうなるのかな?」
「復興の手伝い…、支援とか必要だよね?」
陽菜の質問にとりあえず答えてはみたが、文字通りの焼け野原を見て途方に暮れる。
そもそも、ボクら役に立てることが思い当たらない。
気が付くとニコライ以外の砦にいた人たちも集まってきていた。
「坊主らはカレンの使徒だし、こっちの兄さんらは帝国の使徒なんだろ?それに目的があって旅をしてる途中なんだろ」
「ええ、そうなんですが、今はその目的を達成したところなんです。これからどうすれば良いか分からなくなってたところなんです。とりあえず、次にどうするか決まるまでこの街の復興のお手伝いでもさせてもらおうかと思ってるんですけど。」
「ただ、ここの領主はビビリのクセにプライドだけは人一倍高い。今回は兵を出すこともしなかったから、手柄の横取りだけならまだしも、どんな難癖を付けてくるか分かったもんじゃない。」
「本当ですか?」
「まぁ、領主が出撃しなかったのは街の人間はみんなが知ってる事だからな。兵を出さなかった事を優の責任にしたりすることは考えられるな。逆に優を取り込むってことも考えられるが、どっちに転ぶか分からん。下手をすれば責任を押し付けられて処刑されるとかもあり得るか?」
「なんでそんなことに…」
「もうすぐ如月が来るだろう。」
背後から蓮さんの声が聞こえる。
「えっ?如月さんが?」
「当然だろ。魔物の大発生なんて領主だけの戦力だけでは難しいからな。だから、領主たちは援軍が来るまで籠城するんだよ。」
「身軽で強力な戦力である使徒が真っ先に来るってことですか。」
「そのとおりだ。」
「じゃぁ、領主が兵を出さなかったのは、間違った対応じゃなかったんですか。」
「ああ。」
「そうだったのかよ。だが、見捨てられた俺たちにとっちゃ、正解には思えんがな。ところでお前さんらはどうするんだ?」
「俺らは領主たちが来る前に魔道具で帰るから気にしなくて良い。」
「転移ですか?!」
サラッと蓮さんは言ってるけど、それってすごくないか?
「いや、転移とか空間系の魔法の存在は確認できてない。飛んで行く魔法で、そうだ『ルーラ』みたいなのだな。事前に設置した魔法陣の場所に飛んで帰る魔道具だ。とんでもない量の魔石が必要だが、今日は取り放題だからな。」
木村が説明してくれる。
周囲に転がる魔物を解体した結果、魔核が体内で魔石になっているものが1割から2割はあった。
割合としては多くはないものの、母数が大きいのでそれなりの数にはなるだろう。
「便利な魔法があるんですね。」
「魔法としても覚えられるらしいんだが、とんでもない魔力を消費するらしくて、レベル50近くにならんと覚えんらしい。まだまだ先だな。」
「俺らは帝国に面倒かける訳にはいかないからな。俺らは魔石を集めてくる。」
「あと、アンタらの事は通りすがりの旅人ってことにでもしといた方がいいか?」
「ああ、ありがたい。」
蓮さんはニコライにそれだけ言うと、他のメンバーとともに魔石集めをし始めた。
ニコライたちは集まっていた人たちに魔石の回収を手伝うように指示してくれる。
「坊やも魔石が要るだろ?」
「あ、そう言えば…」
ボクは王都の商人ジャンを思い出す。
「魔石を買いたがってる商人が王都にいたよ。それもまとまった数を欲しがってた。」
「本当か!?」
「カレンの方が魔石は高く売れる。そっちに売りに行きたいって言ってたから多ければ多いほど良いかも。」
「値崩れのリスクもあるけど、その人ならちゃんと調整するでしょうし、うまく交渉できれば、今後も継続して買い取りしてくれるかも知れませんね。」
陽菜は補足を続ける。
「それに食料品から日用品の取り扱いも少なくないので、どちらにもメリットのある取引ができそうね。」
「まぁ、細かいことは如月さんが来てから詰めてきますか。」