頑張って戦線を維持してみよう
ニコライたち、魔獣の狩人たちの一斉射撃が始まる。
「すげぇぞ!魔法の効果でどんどん倒せるぞ!」
付与魔術の効果に驚く声が聞こえる。
ただ、矢の数自体は数百しかないうえ、一矢で倒せるとは限らない。
矢が切れれば、あとは白兵戦だ。
「誘導路の準備は!?」
「出来てるぞ!」
「まだ城門は?!」
「まだ保ってる!」
既に壊れていた城門は外れて転がっていた片側を嵌めなおして固定し、もう片側は粗末な廃材を打ち付けているだけで出入りができるようには修理していない。
襲撃されてから配備と魔獣の狩人たちがその矢を使い尽くすまでの時間を稼ぐには十分だろう。
槍を持つ男たちはボクを左右の手に触れ、強化の付与を受けて配置場所に向かってゆく。
だんだん、魔獣たちの断末魔の間隔が開いてきた。
それに、ゴブリンやトロールの叫び声が近付いてきた。
「ニコライさん!そろそろ準備を!」
「ああ!分かった!」
「陽菜さん。絶対に無理はしないで。」
「うん。」
「約束だから。」
陽菜に小指を差し出す。
今回は、陽菜さんにどうしても無理をさせてしまう。
しかも、ボクは他の人の強化付与をするから離れられない。
心配でも見にもいけないし、助けにもいけない。
「ちゃんと、危なくなったら逃げるから。」
「絶対だよ。」
小指を絡ませたまま陽菜に付与魔術をかけてゆく。
陽菜は剣を抜き、戦場へ向かう。
この集団の中での最高戦力である陽菜は当然、最も厳しい場所に送り込まれる。
「城門が壊されたぞ!」
なんとか陽菜の配備まで持ちこたえてくれたか。
開けるのも危険だったから、壊れてくれるのを待ってたんだけど、思ったより早かったな。
魔物たちは城門を抜けて砦に雪崩込んでくる。
導かれるように群れは奥に進んでゆくと、拓けた場所に辿り着く。
拓けているとはいっても、城壁と建物の残った壁に挟まれた、細長い場所である。
その細長い広場のような場所に、人影が一つだけあった。
その背後には急拵えで石積みと丸太で作られた防壁がある。
陽菜は剣を抜いて魔物の群れを迎え討つ。
これは士気を上げるために陽菜の実力を砦の人たちに見せつけるためでもあった。
また、この場所は建物の2階が残っていて、交代の際に隙きを作るため、上から石を落とすようになっている。
既に数えきれない魔物が入り込んでいるが、陽菜を避けるように魔物の反応が無い。
陽菜が恐ろしい速度で敵を倒していってるからだと思う。
陽菜は強い。
このレベルに上がるまで、戦闘はほとんど陽菜が一人で担っていた。
前衛のみで魔物の集団を相手にしてきた。
この2年間、何百という魔物を一人で屠り続けてきたのだ。
対魔物の戦闘経験は、ステータス的な意味以外のものも多く積み上がっていると思う。
次から次へと経験値がボクに流れ込んでくるのがその証拠だ。
陽菜が魔物を倒した経験値がリアルタイムで陽菜の無事を知らせてくれるので、少しだけ安心できるのが救いだ。
そんなことを考えながら、途切れず来る人に付与魔術をかけてゆく。
一人あたり武器強化、筋力強化と回復力強化の3つをかけているため、さすがに残る魔力が心許なくなってくる。
懐から魔石を取り出して口に含む。
手で持っていても魔石から魔力を取り出すことが出来るのだが、両手で付与魔術を使っているからだ。
陽菜からの経験値が止まる。
付与魔術の継続時間はレベルアップに伴い、10分間に延びている。
長い10分間だった。
しかし、この時間を何度繰り返せば終わりがくるのか分からない。
ここで人々に付与魔術をかけ続けないといけないため、もどかしい。
陽菜の気配を感じて声を掛ける。
「陽菜さん!怪我は!?」
「大丈夫。無傷のままだよ。」
「怪我だけはしないように気を付けて。」
「うん。」
そうしてボクは再び陽菜を死地へ送り出す。
人員の退却、交代のためのに落とす石も心許なくなっている頃だろう。
もう何度、陽菜に付与魔術をかけただろうか。
息を切らして戻ってくることが多くなってきたし、返り血の匂いもキツくなってきている。
魔石はそんなに大きなものではないこともあり、40個以上は消費していて、最後まで保つのか少し心配になってきた。
戦闘まだ終わる様子はなく、砦の迎撃スペースには倒した魔物たちの死体が積み上がり、交戦場所はどんどん前に進んでいるらしい。
武器強化で保護されているとはいえ、ショートソードはその切れ味を失い、今はスキルを入手したので念の為買っておいた細剣で戦っている。
予備の細剣はレイピアより刃の幅はあって斬ることもできる物だけど、ショートソードより明らかに薄くて細い。
いつまで戦えるのか?
また、正面以外の場所での戦闘も増え、徐々に怪我人も増えてきていて、回復力強化だけをかける人数も増えてきた。
ふと、獣脂の匂いがしているのに気が付く。
確か、獣脂を使って簡易な松明を作っていた筈で、それが燃える匂いだと思う。
「もしかして、日が暮れた?」
近くにいる人に聞いてみる。
「あ、ああ。日が沈んでからもう随分と経つぜ。」
そんな答えが何処からか聞こえてくる。
もうそんなに経つか。
魔石を使うといっても、使って魔力が回復する訳ではなく、魔石に含まれる魔力を体を通して操作してして付与魔術を行使する必要があるのだ。
かなりの集中力が必要なので、時間の経過が分からなくなっていた。