魔物の群れを迎え撃つ準備を進めていこう
宿にいた抗戦の意志のある11人の男たちが人気の無くなった街を駆けずり回る。
あれだけ盛り上がった割には付いてきた人数は多くない。
作戦を説明している間に圧倒的な物量不足を感じて逃げ始めたのだ。
そもそも武器が無い
魔獣狩りに来た男たちは弓を持ってはいるものの、番える矢は全て合わせても2〜300本といったところだろうか。
矢はすぐに尽きる。
魔獣も含めた魔物に対して近接戦闘の場合の武器が圧倒的に足りない。
その時点で半数ぐらいの男たちが話を途中で遮って悲観的に反論し始め、話し合いにならなくなった。
箒やモップに包丁などの刃物を括り付け、武器強化をすると言ったのだけど、もうそこから騒ぎ始めた男たちは話を聞かなくなり、出ていってしまった。
残った人たちの前で実演して、充分に使えることを証明した後、男たちは材料を漁るために、出ていった。
ボクと陽菜は戦力を集めるために、貧民街に向かった。
貧民街の規模はさほど大きくない。
おそらく、魔物の大発生が起こるたびに殺し尽くされ、そこから新たに増えた人間しかいないからだと思う。
その証拠になるか分からないけど、大半が10代の子どもたちだった。
貧民街の中でも少しだけ小高い場所を探して陽菜と2人で立つ。
「みんな聞いてくれ!魔物の大発生が起こった!」
ボクは貧民街全体に呼びかける。
何度か声を上げていると、人が集まってきた。
当然のごとく好意的な声は聞こえてこない。
「そんなの分かってる!」
「何しに来やがったんだ!」
「馬鹿にしに来たのか!殺すぞ!」
人がある程度集まったのを見て、ボクは話し始める。
「生き残る方法がある!その為には人手が要る!一緒に来る気はないか!」
たまに飛んでくる石を避けながら話を続ける。
「ボクはカレンの使徒の付与魔術師だ。ボクの付与魔法はこんな急拵えの物でも充分に使えるようにできる。」
「使徒だって?」
「魔境に行ってるって聞いたぞ?」
「そりゃ、パンティア(うち)のだろ。」
使徒と名乗るだけで、皆の視線が変わる。
この国じゃ、王室と使徒は人気があるとは聞いていたから、名前を出してみたけど正解だったな。
小高くなっていた場所から少し飛び降りて宿で作った箒の柄に包丁を括り付けた物を粗末なあばら家に叩きつける。
何度叩きつけても、武器強化した箒は壊れることはない。
「立ち上がれば、戦えば生き残れる!そのためにはみんなで協力が必要になる。金が無いからって、家がないからって逃げた街の奴らの良いように魔物の囮にされる必要はないんだ!こんな所で無駄死にしても良いのか!?」
集まってきた群衆に熱が入り始める。
「こんな所で死にたくない!」
「絶対、生き残ってやる!」
「ああ!ついて来てくれ!ボクが死なせない!」
群衆には武器になりそうな物を探しながら、砦まで集合するように言い、ボクらは一足先に砦に向かう。
砦とは名ばかりで、丘の中腹に少しばかりの城壁と崩れた建物が残されているだけのものだ。
「ああ、坊や来たか!いま、廃墟に仮の拠点を作っているところだ!」
声の方をみると、辛うじて崩れていない2階に宿にいた魔獣狩りの男がいた。
「ありがとうございます!ちょっと降りてきてもらって良いですか?」
男はすぐにこちらに降りてきてくれた。
「俺ぁ、魔獣の狩人。ニコライだ。」
「優です、よろしく。」
魔力反響感知で砦の全貌を把握し、ニコライと作戦を練り始める。
「俺らは今組んでる城壁の裏の足場から射掛けるが、そんでいいな?」
「ええ、付与については…」
ボクは以前にカレンで『灰製造人ギルド』とアンデッド討伐の時と同じ方法を説明する。
「ああ、実績があるんだな。」
「うん。だからそっちは心配ないよ。」
以前より付与の有効時間が延びていたのも救いだ。
「それと、城壁の修理なんですけど…」
言いながら、地面に杖で砦の簡単な平面図を描いてゆく。
「この壁と窓を活かして、罠を作っていきたいんです。」
ニコライに説明していく。
「分かった。何でそんなこと考えつくんだ?」
「何としてでも、生き残りたいからです。」
「ああ。絶対に生き残るぞ。」
次第に人が集まってきており、砦跡には数百人はいるだろうか。
女性が中心になって、即席の槍を作っている。
かなり香水の匂いがきつい。
彼女らはこの街の娼婦たちなんだろう。
小さなこどもたちは、建物の中に集められていた。
「必ず魔物1体に対し手3人以上で向かうの。そして…」
槍を振るえそうな体格のあるこどもたちは、陽菜を中心に戦闘経験のある大人たちから手ほどきを受け始めている。
そして、男たちはボクの指示どおり崩れて城壁の無いところは建物の外壁まで繋ぐように石を積み、防御を整えている。
そして、日が陰り始めた頃、遠くから不気味なざわめきが聞こえ始めてくる。
ざわめきを伴う黒い群れは街の辺りで少しばかり静かに、かつ、ゆっくりとなる。
もし、街に残った人がいたのなら、もう助からないだろう。
ざわめきは近付くにつれ、雑多な叫び声の集まりに変わってゆく。
興奮した魔物や魔獣の声が聞き取れるようになってきた。
「坊や!スキルで数は分かるか!?」
ニコライが城壁に組んだ足場から降りて聞いてくる。
「数が多過ぎて分からないよ。そろそろ射手の準備をしようか?」
「ああ、皆を呼んで来る!」
弓を使える魔獣の狩人、11人が集まる。
数千と言われる魔物と魔獣の群れと相対するには、少な過ぎる数ではある。
彼らに武器強化と命中率上昇を施してゆく「さあ!戦う準備だ!みんな!並んだらボクの手に武器の柄を触らせていって!」
射手には武器強化と命中上昇を、即席の槍を持つ人には武器強化と防具強化、それに新たに覚えた回復力強化をかけることにした。
消耗戦になるから、命を守ることに重点を置いた構成なのだ。
魔力反響感知を切り、手に触れた対象に対して、『手順』スキルを使って付与魔術をかけてゆく。
20人を超えたことろで、魔物たちの足音が地響きのようになっているのに気付く。
「魔獣たちが来るぞ!」
足の速い魔獣たちが魔獣と魔物の群れから飛び抜けて、一足先に襲いかかってきたようだ。
「野郎ども!矢の一本も無駄にすんじゃねぇぞ!」
ニコライの声とともに戦いの火蓋は切って落とされた。