魔物の大発生を乗り切るために扇動してみよう
鍛冶屋で整備を済ませた剣と防具を受け取って、旅立つ準備ができたのは、着いてから3日目だった。
荷物の整理を終え、最後の夕食を摂っていると、一人の男が飛び込んできた。
「イヴァン!来た!魔物が!」
宿の主人が奥から出てくる。
「どうした?」
「魔物が!来たんだ!」
「落ち着け。ちょっと奥で話を聞こう。」
そう言って調理場の方に宿に飛び込んできた男を連れていく。
その様子を見た客席の男たちがざわつき始める。
こりゃ、大発生ですかね?
そういや、そろそろそういう時期か。
対策はまだ考えてなかったな。
街の人は教会でやり過ごすんだったっけ?
よく考えれば、全員が収容できるような広さがあるのか怪しいよな。
「陽菜さん。街の人口はどのくらい?」
「地方都市とはいっても、結構な規模だよ。」
陽菜が黙り込んでいるが、レベルアップした商人のスキル『相場』でその都市の情報を得ることもできるようになっている。
「だいたい5,000人ぐらい。」
「教会の大きさは小学校ぐらいはある?」
「もう少し大きいかも?」
多分、街の人口だけでも全員収容するのは難しい?
短期間なら大丈夫ってところかな?
とりあえず、ボクらのような外の人間は入れてくれないだろうな。
あんまり、この事態を想定してなかったな。
出発準備が出来ているのがせめてもの救いかな。
生き残るための手段を考えないと。
考えている間に20人ほどの街の男たちが集まってくる。
ここに来て、主人がやっと客に声を掛ける。
「魔物の大発生が起こった。教会には街の人間しか入れん。お代はもう良いから、早くこの街から逃げた方がいい。あと、教会の前に小さな砦がある。そこを使っても良い。」
なるほど。
教会の前に小さな砦か。
教会に来る魔物の当て馬にってことか。
考えた奴はなかなか狡いな。
魔物狩りに来た奴らだし、戦力にならなくても、囮には充分と言う訳だ。
しかし、この街中で魔物に囲まれるよりはマシか。
街の男たちは協力して、宿から食べ物を持ち出している。
それぞれ、かごや背負子に入れて、次々と外に出ていく。
「俺も運ぶの手伝うよ!だから!」
店の客の何人かが街の男たちに近付くと、武器を持った男に制される。
「街の人間以外は近付くな!」
「金なら出す!俺だけでも入れてくれ!」
店の外で揉み合いが起こり始めたが、更に人数を増やした街の男たちに叩き伏せられる。
既に流血沙汰だが、もう少しすれば、殺し合いが起こるような事態になってもおかしくないと思う。
カレン王都の図書館で陽菜は魔物の大発生について、読んでいた。
ボクは向き直って聞く。
「前の時はどれくらい魔物がいたって話だったの?」
「数千としか書かれてなかったよ。」
「種類とかは?」
「ゴブリン、オーガ、それに魔獣。」
随分と混じってるんだな。
「魔獣は種類は分からない?」
「うん。」
ボクと陽菜さん2人なら、強化と回復をしながらなんとか逃げ切れる?
魔獣たちがどんな奴らでどんな動きをするのか分からないところが怖い。
見殺しにされるのは、街の外から来た人間だけか?
いや、貧しい人たちもだろうな。
「陽菜さん。多分、残された人も多いと思う。」
「うん。」
「戦おう。」
陽菜は無言だった。
どうするか迷っているんだろう。
「魔獣が混じっているんなら、下手に逃げるのも危ないと思う。戦って、生き残ろう。ボクがちゃんと守るから。」
「うん。」
砦ってどんな物があるのか分からないけど、やれる事は全てやっていくか。
ボクは立ち上がって、宿で取り残されようとしていた男たちに向かって声を上げた。
「みんな、聞いたよね。逃げるか、戦うか。」
客は全員で30人程度。
その中で魔獣狩りのためこの街に来たと思われるのは、20人ぐらいか。
「何だよ!テメェ!」
そこで叫んでも何にもならないだろ。
怒鳴る男を無視して話を続けようとすると掴みかかってきた。
躱しざまに足を掛けて転がすと、すぐに黙ってくれた。
「ゴブリンとオーガだけなら、逃げれば良い。でも、ここは魔獣の多い場所だ。魔獣から逃げ切れるか?」
「そんなわけねぇだろ!ただの獣より早いんだぞ!」
「あれだけの人数を揃えて食料を確保しに来たのは、ボクらを意地でも教会に入れないためだよね。ここで争って教会に押し入っても、お互いに消耗するだけで、お互いに生き残る確率を下げるだけ。なら、残された者たちで協力して、準備を整えて生き残ろうじゃないか。」
「どうしようってんだ!」
「ボクは付与魔術師だ。全員の力を上げられる。戦える人間が多ければ多いほど生き残る確率が高くなる。」
「付与魔術って、何が出来るんだよ?」
「武器、筋力、防御力そして回復力の上昇だ。ボクを中心に陣を組めば強化魔法を付与し続けられる。」
「全員つったって、どんだけの数がいけるんだよ!役に立つのか?」
「320だ。320回分の強化魔法を掛けられる。それだけじゃない。ここに魔石が102個ある。」
「魔石が102個だと?ひと財産じゃねぇか!」
「変な気を起こさないでよ。これが生命線だから。どうする!助かるか分からないけど、ここから逃げるか?それとも戦うか!?」
一瞬静まり返ったあと、一番年配の男が声を上げる。
「ガキに言われんでもやってやるよ!」
「誰がこんな所で無駄死にしてやるか!」
「お前ら!魔獣も殺し放題なら、魔獣の皮も取り放題だぜ!」
「よっしゃ!倒しまくった魔獣の革で一旗上げてやるよ!」
いい具合に場が盛り上がってきた。
「それじゃぁ!行くぞぉ!」