少しだけカッコをつけてみよう
夜中に物音で目が覚めた。
2階に部屋があるので、廊下を歩く音が意外に響く。
その足音は3人分ぐらいだろうか?
誰かがボクらの部屋のドアを開ける音がした。
この宿の部屋のドアには鍵が無い。
相部屋が多いうえドアに鍵があるような宿は非常に少ない。
王都で泊まったところぐらいか。
鑑定で確かめると、『イリアン』、『ゲオルギ』、『ジルマ』という男が3人。
昼に話をした男たちで、魔獣狩りのためこの街に来たと言っていた筈だ。
随分と横柄で学のない話し方をしていた連中だ。
深夜で辺りは静まり返っている時間帯だ。
何をしに来たのかは聞かなくても分かる。
この中のゲオルギという男だけがジョブを習得しており、「狩人」というジョブを習得している。
ステータスは全体的に高くないので、なんとかなるか。
『魔力反響感知』で様子を伺うと、表の見張りにジルマが立ち、イリアンとゲオルギはナイフを抜いて部屋に侵入したところだ。
ゲオルギは小さな獣脂のランプを持っている。
ベッドの足元にゲオルギが立ってベッドを照らし、イリアンがボクの横に立っている。
陽菜は壁側で寝ているので、ボクが邪魔になる。
タイミングを見計らい、毛布を右手で巻き上げてイリアンに被せるようにして跳ね起きる。
陽菜に被せてあった毛布を左手で掴んでゲオルギに投げつける。
ゲオルギがランプを落としてくれればそれで良い。
獣脂のランプは宿の備品だろうから、落とせばすぐに消える。
部屋は灯りを消し鎧戸を閉めている。
消えれば、ボクが有利だ。
明かりがあっても、なくても変わらないから。
「何をしやがる!この野郎!」
それはボクの台詞だ。
多分、真っ暗になった中でイリアンがナイフをめちゃくちゃに振り回している。
それを避けながらベッド脇にあった仕込み杖を掴むとともに抜き、左の太ももめがけて突き立てる。
「ぎぃやぁ!」
そのまま仕込み杖を振って、まだナイフを離さない手を叩き、落ちたナイフを仕込み杖で遠くに飛ばす。
「何?優くん!?」
ゲオルギもこちらに向かってナイフを振り回しながら近付いてきているので、肩のあたりを突き刺した。
リーチが違うのでこちらは危なげなく処理できた。
「あぁあ!」
慌てて部屋に入ってくるジルマは、ナイフを探っている間に太ももに仕込み杖を突き立てた。
部屋は痛みに呻く声で溢れていた。
「優くん!何があったの?大丈夫なの?!」
男たちの悲鳴に混じって陽菜の声がするけど、今は答えない。
ベッドを掴んで立とうとしていたイリアンの無事な方の足を2度ほど突き刺し、更に右の腕も刺しておいた。
普段からゴブリン程度でも自分で倒すようにしていたのもあるからか、思ったより動けてたのに自分でも驚いた。
3人分の男たちの悲鳴はかなりの音量で、部屋の前に人が集まってきている。
床に転がるイリアンは邪魔なので、黙らせようと近付いて顔をサッカーボールのように蹴る。
3発目でやっと静かになった。
陽菜は「優くん!優くん!」と俺の名を連呼しながら、ベッドの脇に置いてあった魔石ランプを掴んで灯りを灯したようだ。
「陽菜さん。ボクは大丈夫。」
「優くん!良かったぁ。」
ボクの姿を確認して、やっと陽菜が落ち着き始める。
「コレは一体どういう事ですか?」
宿の主人が野次馬の中から出てきながら言う。
「見たままです。不届き者が勝手に部屋に入ってきたので、懲らしめました。」
「いや、あの…」
何があったかは理解しているんだろうけど、どうしたら良いのか迷っているようだ。
「この宿の宿泊客ですよね?」
「ああ。」
イリアンの襟を掴んで引きずって、主人の前に付き出す。
「ゲオルギさん、ジルマさん、イリアンさんをお願いしますね。まだ暗い今はすぐ出ていけとは言いませんけど、分かってますよね?それに剣を持ったこの子はボクより強いですよ。」
「っ!」
何か言いたそうな彼らだったけど、大人しく転がっているイリアンを2人で担いで部屋を出ていく。
「逆恨みでまた来られても面倒なんで、お金を出すから、部屋に鍵を付けてもらえませんか?」
「あ、ああ。」
「それと、部屋の掃除をお願いしたいんですけど。」
「分かった。」
宿の人が部屋の飛び散った血を掃除している間、食堂で2人で待っていた。
まだ夜が明けるには少し早い時間のようで、この宿以外からは物音はしていない。
「ごめんね、優くん。」
「別に謝ることなんて何も無いでしょ。」
「ありがとう。」
まぁ、今回は陽菜を守れて良かったと思う。
よく考えれば、盲目の男に若い女という社会的弱者の組み合わせだもんな。
そりゃ、良くないことを考える奴も出てくるよな。
「まぁ、二人とも無事で良かったよ。怖くなかった?」
陽菜も目が覚めたら暴漢が倒れてるって状況だったから、そこまで怖くなかったかな?
「怖くないわけないよ。」
「そうだよね。でも、ボクがいるから。ボクが陽菜さんを守るから。安心して。」
「うん。」