女の子を見る目には気をつけよう
ライオンのドアノッカーを鳴らして待っていると、60ぐらいのお婆さんが顔を出す。
「アンタら何の用だい。」
肝っ玉母さんって言葉がぴったりくるような感じの人だ。
「ケアールドから冒険者ギルドの依頼で参りました。冒険者ギルドから紹介状もいただきましたので、レッドウィッチ女男爵様にお取り次ぎをいただいたいと思いまして。」
陽菜が答える。
貴族相手の礼儀にはなりきっていないような気もするが、陽菜よりましなのはいない。
「ウォーターリーパーの退治に来たの。」
美羽が口を挟む。
「それで、紹介状ってのは?」
陽菜が封筒を婆さんに渡す。
「ああ、ベンのガキからかい。ちっとはしっかりしよったかいの?」
「いつも助けられてばっかりです。」
あれ?
女男爵宛の封筒を勝手に開けていいのか?
他のみんなは何とも思ってもいないみたいだけど。
奥からメイドっぽい格好、とは言っても、ワンピースにエプロンを着けただけだが、40歳前後の女性が慌てた様子で向かってくる。
「ちょっと、アンジェラ様!取り次ぐまで勝手に出ないで下さい!」
美羽と陽菜がその様子を見て、少し顔を青くする。
「あの、もしかして、レッドウィッチ女男爵様は…」
「ああ。私がレッドウィッチ女男爵、アンジェラ・オブライエンだよ。ちょっと中で話を聞いてやるよ。入りな。」
あれ?
貴族ってこんな感じなのか?
いや、ベンが言ってたみたいに、この婆さんが変わり者なだけだろうと思う。
みんながアンジェラ婆さんみたいなら気を使わないで楽なのにな。
まぁ、貴族との接点も無いから、どうでもいいか。
「エリー、お茶ぐらい出してやって。」
「はい。」
応接間に通されると、派手さはないものの、質の良さが伝わってくる調度品に囲まれている。
「使徒ってのははだいたい、礼儀を知らないからねぇ。まぁ、座りな。」
「ええっと。レディ・アンジェラ・オブライエン。改めて自己紹介をさせていただけますでしょうか?」
目の前の婆さんが女男爵だと分かってから、陽菜がこの上なく緊張している。
美羽は軽口を叩いた手前、すまなさそうな表情で俯いている。
こころは相変わらず、人と視線を合わせない。
そんなボクも緊張してるから、話すと声が震えそうなんだけど。
「使徒の事をご存知なんですか?」
「ああ。私の婿が使徒だったからね。」
「お婿さんですか。ではこの家はレディ・アンジェラの生家だったわけなんですね。」
「レディなんて回りくどいのはいいよ。みんなみたいにアンジェラ婆さんとでも呼んでおくれ。」
いや、初対面の貴族相手に『婆さん』呼ばわりなんで普通はできないだろ。
表情を見てると、『アンジェラ婆さん』と呼ばないと怒り出しそう?
どうすればいいんだ?
「では、オブライエン様と呼ばせていただいてよろしいですか?」
さすが陽菜。ナイスフォロー。
「まぁ、今はそれでも良いよ。宿の話だけど、どうせ部屋も余ってるから、勝手に使いな。女の子だけのパーティーを荒っぽい連中ばかりの中に放り込んで無駄な騒ぎを起こされてもこっちが困るしね。」
「優、男の子。」
なんで、こころが反論するんだ?
「あらまぁ。その容姿じゃ、どっちみち騒ぎが起こりそうだから、ウチで良いよ。」
「あの、依頼の方なんですが、私たちはどのように動けばいいんでしょうか?」
陽菜が気を使ってさっさと話題を変えてくれる。
ありがたい。
「ああ。私が指揮するよ。依頼を受けた者全員が一旦ここに集合して、追い詰めて一網打尽にするのさ。」
何で、この婆さんが陣頭指揮をとるんだ?
「アタシの『陣頭指揮』スキルがあるからね。アンタらにゃ、怪我もさせないよ。」
お茶をしながら、アンジェラ婆さんから色々と話を聞いた。
アンジェラ婆さんは前々回の転移者の孫にあたり、『陣頭指揮』なるスキルを持って生まれたらしい。
命令伝達とともに、指揮下のメンバーの能力を強化する効果を持つという。
食事だけは、町の宿で済ませるが、ありがたく部屋は使わせてもらうことにした。
夕食をとるために、町の宿に向かう。
どうみても、無頼漢にしか見えない輩で賑わっている。
しかも、酒と体臭の入り混じった臭いに辟易しながら、テーブルを探す。
視線がボクらに集まるのがよく分かる。
いま、胸元をチラ見された。
チラ見でも気になるもんだな。
はっ!もしかして、こころと陽菜の胸にについ視線が行くときも、同じように思われてるのか?
って言うか、ボクは男だ!
なんて力強い言葉は出ず、思わず震えながら自分の体を抱いてしまう。
「優も私の気持ち分かった?」
誰にも聞こえないようにこころが耳元で囁く。
振り返るとこころがニヤリとしながら追い打ちをかけてくる。
「ごめん。」
「こころと陽菜。いつも見てるでしょ。」
「ごめんなさい。」
普段なら女の子に間違えられるとカッとしてしまうのだが、凹んだ。
そりゃ盛大に。
頼んだ食事ものどを通らなかったし、パーティーのみんなと目を合わせられなかった。
アンジェラ婆さんの屋敷への帰り道、凹んだまま3人の後をついていっている。
「なんなのよ!さっきから!もうイライラする!」
「ごめんなさい。」
「ごめん、優。からかい過ぎた。」
「こころ、何したのよ?」
「何でもないよ。」
こころに説明なんてされると、更に凹みそうなので、必死に止めるが無駄だった。
「男たちの視線感じるの、優もおんなじようにこころと陽菜の胸見てるって。」
「もう、下らないことで凹まないでよ。」
「いつも、わざとじゃないんだけど。ごめんなさい。」
男だから仕方ないのだ。
見たらいけないと思っていても、ついつい目が行ってしまうのだ。
だから許してほしい。
なんて、言えればいいんだけど。
「男の子なんだから、仕方ないでしょ。さっさと帰るわよ。」
陽菜は少し恥ずかしそうにしていた。