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6, 嘘と現実

 ロサに滞在している間、カレンはディーンのクルーザーに何度も乗った。ほとんど毎日の様に買い物を楽しんだり、公園に出掛けたり。

普通の恋人たちがするような事を


バカンスの期間は終わりを迎えて、夢のような時は終わる。約束の時間(とき)の三分の一は過ぎた事になる。

カレンは大学へ通い、ディーンは仕事を始める。これまでの様には過ごせないということ。


 ロサを旅立つホワイトリー家は、今まさに飛び立とうとするプライベートジェットのシートに座っていた。

「カレンは帰ってから、ディーンと約束してるの?」

ケイトがそう聞いてきた。

「何も」

これまでは約束するまでもなく、ディーンが誘いに来てくれたからそんな事をする必要がなかった。そして、連絡先すら交換していない。


「がっかりすることなんて無いわ。ディーンはあなたに夢中よ。ね、アレックスもそう思うでしょ?」

「そうだな。一流のプレイヤーであるディーンにとっても、カレンは遊びで付き合える相手じゃない。親たちへの義理があったって、その気の無い相手をほとんど毎日誘える訳がない」

アレックスもそう言った。


でもそれは違うのだと言いそうになるのを堪える。やっぱりふりなんてろくな事にならない。

三ヶ月、その期限があるからこそカレンとディーンは一緒にいるのだから。


ジェットは離陸して、窓からは彼と出会った青い海が見えて、建物は小さくなっていくけれどそれだけはずっと、見えていた。


別れが来るなら、このまま……。いい思い出だけ、抱かせていて欲しい。


もう別々の時を過ごすべきだと、そうするのがベストだと理性はいうのに、それでもきっと、目の前にディーンが現れたなら、今日一日、と思って喜んでしまうだろう。


ディーンの恋人のふりは、完璧過ぎて誰もイミテーションだと気づいていない。

カレンですら、忘れさせてしまいそうなのだから。長くいればいるほど、勘違いが本気になってしまいそうで……。



 ホテル住まいは終わり、ホワイトリー家はようやくタウンハウスへと居を移した。

カレンは首都 リンディンにある、有名大学ロイヤルカレッジに通っている。


通学は父の方針で運転手つきの車でと決められていた。新学期が始まりたくさんの車と学生たちで大学はとても賑わっていた。


「カレン!」

車から降りたカレンを見つけて走ってきたのは友人のサラだ。

「どういう事か、きっちり聞かせてくれる?」


「なんのこと?」

「とぼけないの。みんなが興味深々よ、彼との事」

「サラ、その話はここではしないわ」

サラだけじゃない。

ガラスドールをみんながチラチラと見ている。


いや、もうガラスは呼ばれなくなるかも知れなかった。


「だって!ディーン・ジェラードよ」

彼の名前をおかしな響きをつけてサラは言う。

「確かにカレンと彼はお互いに、称号をもつ家柄で釣り合いがとれてるけど……プレボーイとガラスドールなんて………」


「正反対よね。大丈夫よ、きっと。私との事もこれまでと同じくあの一度の記事でおしまいよ」

「でも……ネット見てないの?」


「なに?」

「カレンたちの隠し撮り出てくるわよ」


ディーンはあの記事以降は、人目を避けていたし、それほど写真を撮られたとも思えなかった。


「もしもあったとしても、もう並んで写る事は無いわ。だって、お互いに連絡先すら知らないの。向こうは有名人だし……こっちはただの大学生よ」

「ただの、じゃないわ。とっても裕福で立派な家の令嬢よ」

「確かにね……。でもサラの言うように正反対なの。バカンスは終わったし……、それっきり話した事もないわ」


サラに言ったことは事実だった。

リンディンに帰ってきてから家屋敷にも何の連絡も無い。その気になれば母たちを通して、連絡先くらいは簡単に分かる。


「ねぇ、でも。キスはしたでしょ?もしかしたらもっと?」


「サーラ!」

大きくなりがちなサラの声を止めたくてそう呼んだ。

「写真とどっちが素敵?」

「もう、サラ。止めて欲しいの」


むぅっと唇を尖らせると、サラは携帯を取り出してメッセージを送ってきた。


『ね、どうなの?』

どうあってもサラは引き下がるつもりは無いらしい。

『想像の通りよ。彼はとても素敵、ひと夏の思い出よ』

よく知らない誰かに聞かれるよりは

『それでもいい!彼とキスしたなんてサイコー』

『サイコーかも知れないけど、とびきりのプレイボーイよ』

『でもお似合いだと思ったよ!』


サラはそう打つと、隠し撮りの写真を送ってきた。そこには公園で寛いでるディーンとカレンがいた。


そんな所で………。

カレンはため息をついた。その内きっとこの騒ぎも落ち着くだろう。ディーンがまた新しいガールフレンドと紙面を賑わせたら。


その日は、やたらと声を掛けられる。その意図はよく分かる気がした。分かったのはみんながゴシップに興味津々だということ。


やっぱり、ディーンと噂になんてなるものじゃない。カレンはそうため息をついた。


その日は落ち着かず、いつも車を待たせている場所に行くと、恐ろしく目立つ男を見つけた……。モノトーンコーデで、季節を先取りして、バッチリ決めたファッションといい、その頭身バランスといい……。


「キャー」


隣にいたサラが悲鳴をあげる。


「カレン」


黒のスポーツカーに寄りかかっていた体を起こして、カレンの方に歩きながらサングラスを外すと、髪の色は黒に変わっていたけれど、それは紛れもなくディーンだった。


(ここはステージじゃないわよ!)


「ディーン、ここで何をしてるの?」

「何ってカレンと出掛けるから待ってた」

「こんな所で待たないで。目立ってるわ、とても」


「目立つのが嫌なら、誘いに乗ってさっさと車に乗った方がいいよ」

カレンはため息をついて

「サラ、また明日」

と、行く事を承諾した。


「カレン!絶対に明日ね!」

サラは頬を紅潮させてそう声を上擦らせた。

明日のサラの質問攻撃は最早決まってしまった。


カレンが助手席に乗ると、多分彼のオリジナルモデルらしいその恐ろしく高級そうなスポーツカーは、唸るようなエンジン音を響かせて走り出した。


「しばらく会えなくて淋しかったよ」

まるで挨拶みたいにそんな言葉がすらりと出てきた。

「ええ、そうね。静かだったわとても。……今日まで」


「仕事だったんだ。週末にパーティーがあるんだ、だからカレンのドレスを買いに行こうと思って」

「ドレスならあるわ。何枚も」


「それはどこかで着たことのあるものだろ?俺と出掛ける時には、俺が選んで買った物を着て欲しい」


確かに三ヶ月はパーティーの同伴をするみたいな約束をしたな、と思い出す。

それに、こう言い出したらディーンは必ずそうしてしまうだろう。


「髪の毛、黒くしたのね」

ディーンの言葉にはもはや反論する術をもたず、カレンは話題を変えることにした。


「もうじき貼り出されるスチールが黒髪なんだ」

「そうなの」

一体彼の元の色はどんな色なんだろう。


「銀色も似合ってたけど……黒も似合ってる」

黒も、とても似合っている。


「ああ、そうだ。カレンにこれを」

紙袋を手渡された。


その中には、携帯が入っていた。

「わたし持ってるわよ」

「分かってるよ。それは俺との専用、番号は登録してある」


車に続き、このパールホワイトにキラッとダイヤの光る携帯はオリジナルモデルのようだ。

「どうしてここまでするの?」

電話番号を交換するのじゃなくて、彼しかかけてこない電話を渡してくる。何もかもが普通じゃない。


「カレンが今は俺の恋人だから」


「本物じゃないのに」

「……そうであっても、俺の恋人として扱うならきちんと何もかもするべきだ。だからカレンも、あと二ヶ月は俺を恋人として扱って欲しい」

「わかってる、あと……二ヶ月ね」

あと二ヶ月。

この携帯をカレンはきっと、ずっと手放す事が出来ない。



 ドレスショップは、たくさんあるけれどディーンが連れて入ったそこはオートクチュールのお店だ。

「ディーン、こんなの贅沢過ぎる」

「俺とここのドレスを着て行けば、このお店はいい宣伝になるし、俺は機嫌が良くなる。そして何よりカレンを美しく飾れる。贅沢にはならないよ、むしろ世の中の為だね」


「週末まで数日しかないわ」

「平気だ。デザインはほとんど出来ていてあとは最終の調整だけだから」


絶対似合う、と言われたのは深紅のドレス。

ほんのりセクシーさがあり、大人っぽさと、可憐な絶妙なバランスだった。


「すごく良く似合ってる」

クールな顔立ちなのに、すごく嬉しそうに、無邪気とも言える笑顔を見るとカレンはありがとうと言うしかなかった。


店を出て車に乗る前に、往来でスマート過ぎるキスをされたけれどカレンはそれは、無意識に受け入れてしまっていた。 

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