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5, 戸惑い

 ディーンは、自分でも混乱していた。


カレンといると、調子が狂う。大抵の女性は、ディーンと一緒にいると、甘えてきたりあれこれとねだったり、考えている事が分かりやすい。


ディーンが知る、女性が喜ぶであろう事をしても、カレンは至って普通だ。このクルーザーだって、ここでパーティーをしたときにはみんな喜んだ。

それから、三ヶ月ディーンと過ごす事を後悔しているようにも思える。


最初に一年間を提案した時、ディーンは三ヶ月から半年位が妥当かと考えてそう言った。カレンは期間を短くしようとすると思ったからだ。


それでいて、ディーンに好意を持っているようでもある。それは単なる自意識過剰でもなく、本気の拒絶なら分かるからだ。カレンはそっけなくしたり、……それは駆け引きじゃない……いやと言っていても、心底からディーンを嫌っていない。

駆け引きをするほど遊び慣れていないはずで、だからこそ母の眼鏡にかなった。


なのに、カレンは心を少し許したかと感じれば次の瞬間には閉ざして冷ややかなほどで、理解出来そうにない。


(どうやったら、喜んでくれるんだ)


一緒にいるなら、ディーンとしては精一杯彼女を楽しませて、笑顔にしたい。

それがディーンの男としてのプライドだ。


――「きっとそのうち、違う話題になるわ」


カレンはさっき、そう言った。

それは三ヶ月の期間の終わりが早く来ることを望んでいるように聞こえて、柄にもなく落ち込んだ。それはディーンはカレンと過ごす時間が楽しいからだ。


カレンはディーンに何も望んでいない。ならばいっそ離れればいい。

なのに、プールで泳ぎながらも、カレンがどこにいるか、何をしているのか気になって仕方がない。


プールで立ち止まると、吹き抜けになった上の階から、こちらを見ているカレンに気がついた。目が合うと慌てて姿を隠した。


それを見てディーンは思わず笑った。

表面はどうであれ、カレンはディーンを気にしてると、そう感じたからだ。


「カレン!」


呼びかけに応じて、カレンは姿を見せた。

「降りてこいよ」


カレンは階段を降りて、サンダルを脱いで裸足になるとプールサイドまで歩み寄ってきた。

「一緒に泳ごう」


「水着を持ってきてない」

「何も着なくていいよ。二人だけなんだし、さすがに海の上まで、パパラッチも追いかけては来ないよ」


「そんなの……」

「服のまま、入る?」

ぐいっと腕を引くと、カレンは慌てて


「わかったわ。でも……目は閉じてて」


今さら、恥ずかしがらなくても、と思うが背を向けて目を閉じる。

軽いものが音を立てて落ちる音がして、今ワンピースが床に落ちたと分かる。パシャン、と水の音がして、それはゆっくりと近づいてくる。


ディーンは目を開けたいのを必死に堪えていると、背中にカレンがいるとわかった。


「目は開けていいけど、後ろは振り向かないで」


大半のモデルは、自分に自信があるからかどこでも素っ裸になって着替えたりする。

「無理だな」

くるりと振り向くと、水の中にいるのに体をピンク色に染めたカレンがいた。

「見ちゃダメなの」


「泳いでしまえば気にならない」


ディーンが泳ぎ出した後を、ついてくるように泳ぐカレンはまるで人魚みたいにしなやかで綺麗だった。

泳ぎ終わったあとに、ふざけて水をかけるととカレンもやり返して、子供みたいに遊んだ。


先に上がり、恥ずかしがる彼女の為のバスローブを片手にカレンが上がるに手を貸した。


はしゃぎ疲れたのか、髪を拭きながらカウチに寝そべる。


ディーンもバスローブを羽織って冷蔵庫からフルーツを取り出した。

同じカウチに寝そべり、ベリーをつまんではカレンの唇に運び、可愛い舌がそれを味わうのを見ていた。


こんな真似をしたのははじめてで、なぜこんなに世話を焼きたくなるのか不思議だった。

するとカレンもお返し、とブドウをつまんでディーンの唇へと運んできた。

指先までペロッと舐めると、カレンはピクッとしてクスクスと軽やかに笑った。


「甘いな」

「ほんとに……こんなに甘いの、はじめて」


カレンの瞳はグレーがかった紫で、間近で見れば見るほど引き込まれる。

艶のある唇は、今は赤く色づいて綻んで優しく微笑んでいる。手入れの行き届いた肌は滑らかで輝くように白い。


カレンは美しい。


すべすべとした頬に触れると陶器みたいなのに温かくて柔らかい。今は射してきた日差しが金の産毛を輝かせていつまでもその光のダンスを見ていたくなるほどだ。


「恋人たちは……いつもこんな事をしてるの?」

「さぁ………でも、今カレンの隣にいるのは俺だ」


他の誰とも、比べる必要なんてない。

こうしている時間を共にしているのはカレンで、それ以外の誰でもなく、誰にも代わる事など出来ない。


先に待ち受ける約束の期限の事など、知ったことか。今が無くして、どうして未来がある。


バカンスはまだ残っている。そして、今日という日も。



****



 どうして機嫌が悪くなったの?


カレンは泳ぎに行くと、側を離れたディーンを見送った。去っていく後ろ姿が、胸の中をざわざわさせてしまう。

いつも柔らかな態度で………いっそ過ぎるほどでカレンに接していたのに。


ふり、なんだから……本気の付き合いじゃないんだから、彼の機嫌を気にする事なんてない。

そう思いながらも、落ち着かない。


好きに過ごせばいいと、舳先へと立てばクルーザーは、すでに速度を落としてゆっくりと走らせてあり、辺りに他の船は見えず水面に時折魚がパシャリと音を立てている。


これまで一人での過ごし方を戸惑った事はなかった。なのに景色を眺めて楽しむ事も、船内のソファに座って寛ぐことも、本を読んで楽しむ事も、食べ物を味わう事もすべてに意欲が湧かずにいる。


静かな時を穏やかに過ごしたい。


それはカレンの望みだったはず。人目のない所で、恋人みたいな真似をする必要は無くて今二人はその通りになっていて、ディーンは一人で泳いでる。


(淋しい訳じゃない……、どうしてるのか見に行くだけ)


カレンは軽くふぅ、と息を吐いてプールの方を目指して歩いた。吹き抜けになった手すりから泳いでるディーンが見えた。

体が資本だけあり水を掻く度に形を変える筋肉が美しい。


そんな風に見ていると、ディーンはカレンを見上げた。見ていた事を気づかれたく無くて、とっさにしゃがんで身を隠した。


「カレン!」

やはり見つかってしまっていた。


何て思われるのか、どうしよう。でも、隠れていても仕方ない。どんな顔をしているのか……見るだけ。

カレンはおずおずと、手すりに寄って下を見た。


「降りてこいよ」

ディーンは………微笑んでいる。


(良かった、怒ってない)


怒ってない?どうしてそれが気になるの。ずっと彼の勝手な降るまいに腹を立てていたのはカレンじゃないの?


カレンは階段を降りて、サンダルを脱いで裸足でプールサイドに膝をついた。

「一緒に泳ごう」

ディーンは事も無げにそう言った。


「水着を持ってきてない」


「何も着なくていいよ。二人だけなんだし、さすがに海の上まで、パパラッチも追いかけては来ないよ」

そうやって、強引な事を言うディーンはこれまで通りの彼で、少しホッとさせられたのは本音だった。


「服のまま、入る?」

躊躇うカレンに、ディーンは面白がってそんなことを言いながら、軽く腕を引く。

この腕がカレンを意のままにしてしまえる事はすでに昨日で学んでいる。

服がびしょ濡れになればどちみち脱いで着替えて……着替えが無いから裸になってしまう。


それなら、人目が……ディーンしかいないここで、脱ぐのが最善だと言い聞かせた。


「わかったわ。でも……目は閉じてて」

ディーンは……カレンのすべてを知っている。といっても過言じゃない。


昨日彼はカレン以上にあちこちを目にしたはずだから。素直に背を向けてじっと立っている。


カレンは自然とその背中の後ろにぴったりとくっついた。


「目は開けていいけど、後ろは振り向かないで」

「無理だな」


「見ちゃダメなの」

ディーンはやはり、少し意地悪だ。分かっては居たけれど振り向いてしまう。


「泳いでしまえば気にならない」


泳ごうと誘うディーンに続いてカレンも泳ぎ出した。無防備な姿は、もちろん恥ずかしいけれど楽しそうに構ってくるディーンが可愛くもあった。

子供みたいに、同じようにはしゃいでしまって、今日もまた彼のペースだ。


少し遊び疲れたと感じると、ディーンは先に上がって、バスローブを手にカレンが上がるに手を貸してくれた。


カレンは水から上がると途端に体が重く感じて、バスローブをきっちりと着るとプールサイドのカウチに横たわった。


ディーンもバスローブを羽織ってカレンの横に寝そべり、ベリーをつまんではカレンに食べさせ始めた。いくつかされるがままに食べる。

ほどよく冷えていて甘いフルーツは、カレンの食欲を刺激した。カレンは思い付きで、ディーンの口にもブドウを運んだ。するとカレンの指先まで味わうみたいに舌が触れて、カレンは笑ってしまった。


寛いだ、自然な表情に思えたらものすごくディーンが可愛いくてそして、愛しく感じてしまった。


「甘いな」

「ほんとに……こんなに甘いの、はじめて」


ディーンの目が真っ直ぐにカレンを見つめている。心の中までまるで覗こうとしているかのように。


カレンは以前からディーンを知っていた。それは彼が有名人だから。こうして会ったのはまだ数日の事。


昨日の触合いよりももっとずっと、今日の方が親密になった気がする。


「恋人たちは……いつもこんな事をしてるの?」

お互いに、本気で誰ともこんな風になることは望んではいない。

カレンもディーンもまだ、若くて……。

現実的に、未来がありそうな相手に心を許したくない。


「さぁ………でも、今カレンの隣にいるのは俺だ」


カレンも恋人たちのすることなんて知らない。


だけど今は、嘘でも何でも、ただ二人きり寄り添うように寝そべるだけ。



――――――――。



 軽く昼寝をして、夕暮れそして星が出る頃、デッキのテーブルにはディナーが並んでいた。


「魔法使いでも雇ってるの」

「ニンジャかも知れない」

クスクスとディーンは笑った。


満天の星、というのはまさしくこうあるべきという、輝く宝石みたいな空の下で海上で二人だけのディナーなんてとても贅沢だ。


さすがプレイボーイのディーン・ジェラード。


一体何人の女性をこうやって喜ばせたの?

そのリストに、新たに加わったのがカレン・ホワイトリー、ただそれだけ。

それでもカレンからすれば、本当に特別な夜だ。


ディーンはふりでもこれだけの事をするのだと、そう分かってしまうと、彼の本命の女性……知らないけれど、きっとこれまで噂になったモデルとか女優だ、彼女たちにどれだけ心を配るのかと、そう思うと羨ましくなる。


船上にも関わらず、とても美味しいディナーを食べると、食後のワインを楽しんだ。


ディーンのキスは、本当に自然でカレンは何も考える事もなく受け入れてしまっていた。


「ここは……ダメ」

「ベッドならいい?」


ディーンの言葉にカレンはうなずいていた。


(どうかしてる……)


抱き上げて歩く彼に、腕を回して抱きつきながら、カレンはディーンが悪いのだと必死に言い訳をしていた。


広々とした寝室は、カレンの宿泊してる主寝室くらいで大きなベッドが中央にあった。

言葉には、何もする事も出来ず、カレンはただ目を閉じて五つの感覚の内から視覚を閉ざした。

けれどそれは逆効果だったのかも知れない。


薄く目を開けると、青い眼差しがカレンを見つめていてそれだけで彼に支配される。


きっと気に入る。


彼はそう言ったけれど、そんな言葉では表せない。


節度を持って付き合いなさい。

父はそう言ったけれど、そんな事が守れるはずがない。


一体どの女が、ディーン・ジェラードにNOを言えるというの?それも……こんな、ロマンティックな演出という舞台で……。


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