2,初デート
翌日、昨日の約束なんて冗談で一晩寝ればディーンが忘れ去っているに違いないと言い聞かせながら、ホワイトリー家が滞在しているホテルでのんびりと遅めのブランチをとっていた。この有名な高級ホテルのオーナーは父であってこの最上階に宿泊している。
フォークを気だるげに動かしながら、母とケイトの楽しそうな会話を聞いていた。
はっきりと言って、母とケイトはとても気が合う。対してカレンと母は気が合わない。
買い物やパーティーと華やかな事が大好きな二人に、静かに過ごしたいカレン。
今日はどこに買い物に出掛けるか、そんな話題をよくそんな楽しく出来るものだ。
とふぅ、とため息をついた。
おしゃれは嫌いじゃない。けれど過剰な買い物はするべきじゃないと思っている。華奢なカレンと対照的に、グラマラスボディのケイトのセクシーな服は今にも胸がぽろんと見えそうだ。
「カレン、それだけしか食べないのか?」
そう聞いてきたのは兄のアレックスだ。
「アレックスと違って私は太りやすいの」
気にしすぎてる訳じゃないが、今日はどうやって母から逃げるか考えていると食べるのが疎かになるのだ。
きっとそのうち、ベレスフォード公爵家にはいつ行くのかと言い出す気がする。
アレックスは、いくら食べても太らないのか常に細い。鍛えてなんとか体重を増やそうとしているくらいらしい。
「カレンも細すぎるくらいだ」
父がカレンを見て、まるでとがめているような口調だ。もっとも父はなかなかカレンを褒めたりはしない。
グラマラスな母と姉と違うのは仕方ないじゃないかと思うのに。
「あ!ねぇ、カレン!」
ケイトがはしゃいだ声をあげる。
何かと思っていると、フロア内がざわざわしている事に気がついた。
「おはよう、カレン」
ディーンだった。
予想もしていなかったから唖然としてしまった。
さすがモデルだと思わせる、ラフな格好だけれどおしゃれで、オーラが半端なく輝いている。
「朝から会えて嬉しいよ」
頬にキスをして小振りな花束を手渡してきた。
白とグラデーションピンクのラナンキュラスが小さくリボンで束ねられていて、さりげない華やかさが大袈裟過ぎず可愛い。
ケイトが口元に手を当てて今にも叫びそうだ。
「ディーン、突然で驚いたわ」
父か兄が、追い払ってくれないだろうかと思っているけれど、そんなそぶりは無く様子を見守っているだけだった。
「今日は約束をしただろ?それと……カレンは水着を持ってきてないんじゃないかと思って」
「持って来てあるわ」
「せっかくだから俺に選ばせて欲しいな」
「そんなの………」
いや、と言いかけた時に
「それは良いわね!今から一緒に行ってきなさい」
母が言葉の上からかぶせてきた。
「そうよ、カレンったら。やぼったいワンピースしか着ないでしょ」
「やっぱりそうか」
「選んでもらってこいよ、カレン。自分で選ぶよりきっと似合う」
アレックスも言い、父さえどうやら味方になるどころか、防波堤にもならないらしい。
その様子から、この見合いは母だけじゃなくカレン以外の全員がわかっていたらしい。
父の態度を見ると、ベレスフォード公爵家側から、かなり有益な条件でも出されてるのかも知れない。
「おはようございます、お揃いの所お邪魔をしております」
ディーンは父に礼儀正しく顔を向けた。
「おはよう。こうしてきちんと顔を合わすのははじめてかな?ミルウッドだ」
予感はしていたが、友好的な感じである。
「お会いできて光栄です」
丁寧な言葉使いは、彼の持つ気品を引き出していた。
「娘を今から連れて行くのか?」
それはさすがに駄目だと言って!!
そんな念を込めて見ていたのに父は全く平静だった。
「はい、昨日プライベートビーチで過ごそうと約束をしましたので」
「カレンももう20歳だ、頭ごなしに反対するべきではないな。席を立っていいぞ」
(こんな時に理解のある父を演じて!)
カレンの願いは叶わず、こんな危険な男と水着で!!過ごすことになるなんて。
「それでは、行ってきます」
カレンは席を立ち、ディーンに手を握られ視線を集めながらホテルを出たのだ。
ホテルの外には、ディーンが乗って来た赤のスポーツカーが停まっていて、助手席を開けられた。
「どうぞ」
「どうも」
カレンはシート勧められるままに座った。
「ここまでする必要があるの?」
「ここまでって何が?」
「わざわざ迎えに来て、水着を選ぶなんて……。そんなの……」
「ハレンチ?」
「そんな感じ」
「さすが深窓のお嬢様だね、カレンは。母が気に入るだけの事はある。お上品が服を着て歩いてるみたいだ」
ビーチ沿いにあるショップは、普段なら来ないような店だ。
カレンからすると派手な色合い………面積の小さいビキニが並んでいる。
「これにしようか」
それは、ビキニまではいかないけれどワンピースでもない。まるで青いリボンをかけたみたいな、デザインだ。
「サイズは大丈夫そうだし」
にっこりと微笑むと、本当に楽しそうで憎めない。
やっぱりこの人はカレンみたいな、世間知らずのお嬢様には悪い男だ。
ディーンの運転で屋敷に着くと、ビーチハウスで着替える。実際に着てみるともしかすると、着る面積が多いと選んだ水着はビキニよりも恥ずかしいかも知れなかった。
それをわかっていて、試着をさせなかったのかも知れない。
上からなにか羽織りたくて、腕で体を隠そうとしているけれど当たり前だが隠せるわけはない。ディーンはそんなカレンに微笑むと
「セクシーで似合ってる」
満足そうに眺めた。
「水着なんて嫌い」
こんな下着と大差ない格好なんて……。
「俺は好きだな、それにここなら独占出来る訳だし」
ディーンは距離を詰めて近くから見下ろすと、ウエストに手を置いてキスをしてきた。
「誰も、見てないならこんなふりは必要ないでしょ?」
「ん?三ヶ月はふりで付き合おうって事でいいんだろ?」
「付き合うふり、でしょ」
「俺は付き合う女性には、キスをする。そうしたいときに、だからもちろん、カレンにもする」
何だか、カレンの思うふりとディーンのふりは、ずいぶん違うのかも知れないとじわじわと後悔してきた。
きれいな砂浜にサンダルで降り、ディーンがボードに乗せようとする。
「サーフィンなんてとても出来ない」
「体を乗せてればいいんだ」
ボードの上に半身を乗せて、それをディーンが泳いで進ませる。彼が水を蹴る度に進む感覚が確かに心地よい。
「どう?」
「少しは、楽しいかも」
「良かった」
ディーンはまるで無邪気な少年みたいに笑った。
「カレン」
片手でカレンを引き寄せると、ディーンは軽くから深くへと何度もキスをしてきた。
二人きりな訳だから、違うと分かっていてもまるで本当に恋人みたいな気分になりそうだ。
「どうして、したくなったの?」
「カレンが可愛いから」
「好きじゃなくても?」
「ちゃんと好きだよ」
彼の好き、はラブじゃない、ライクで、それでもキスはキスに違いなく、はっきり言えば気持ちいい。
「休憩する?」
これ以上近くにいるのはとても危険。
早く距離を開けなくては………。
「そうする」
ディーンは全てに手慣れていて、カレンは慣れていない。だから彼に、魅せられてうっとりしてしまう。
ビーチチェアに横たわると、ディーンはカレンの体に日焼け止めを塗ろうとしてきた。
「自分でするわ」
「自分じゃきれいに塗れない」
背中から足まで、ディーンは丁寧に塗るので変な気分にならないようにするので必死になった。
朝からずっとドキドキさせられてるカレンをあっさりと置き去りにするみたいに、
「カレンが休んでる間、乗ってくるよ」
そう言いボードを抱えると、ディーンは海に滑るように入っていき、波乗りを始めた。
遠目にも、彼の姿は際立っていて見ているだけで目を楽しませてくれる。
海に二人きり。
見える範囲には誰もいない。
海は嫌いだと避けて来たけれど、こういうのも悪くないかも知れないとそう思った。
「今日はいい波が来ない」
心地良くなって眠くなるほど、寝そべっていると、ディーンがあがってきた。
「もう行く?」
雫の滴る前髪を手でかき上げ、頷く。
ボードを右手に、左手をカレンのウエストに回してビーチから屋敷へと歩き出した。
濡れた体の彼は、すでに乾いていたカレンを濡らし、冷たく感じさせた。
剥き出しの肌は、隣を歩く彼の筋肉の律動を伝えて来て、頬を染めさせた。