Man that was taken away
1500字で書こうと思って書いた作品の為、短いです。
読んでいる本から目を上げた時、向こうの方で辺りを見渡しながら歩く男が見えた。いや、男というよりも少年と形容するのが相応しいだろう。まるで何かを探すのかのように目を配りながらだんだんとこちらへ近づいてくる。
「おい、そこの君」
そう声を掛けるとびくっと驚いたような反応をされた。どうやら気付いていなかったようだ。なるべく警戒させないように優しく言葉を続けた。
「何か探し物かい?」
「お願いです! 助けてください!」
少年はずいっと近づいてきて言った。正直面食らったが、必死な形相で力強く、しかし周りに聞かれないように抑えた声で訴えかけられては、彼の置かれている状況が気になるというものである。
「落ち着いて。とりあえず隣までおいで」
少年は一つ頷くと、意外と落ち着いた様子で隣に来た。
「で、どうしたんだい?」
「今ある人に追いかけられていて、一時的に隠れられる場所を探していたんです」
ふむ、家出か。このぐらいの年齢の子供にはよくありがちな行動だ。……もう昔の事だが、私もよく家を抜け出していた。
「どうか僕を探している人が通り過ぎるまで隠してもらえませんか?」
私はこの少年を手伝いたくなり、いいよと返事をした。
「ありがとうございます!」
星が輝くような笑顔で少年は礼を言った。
「隠れるならそこの、トイレの陰がいいだろう」
少年が他から見えない位置に移動したことを確認した後、私は再び本に目を落とした。
しばらくすると大柄な男が一人やってきた。なにやら喚いているようだった。騒ぎを聞きつけて、その男の下へと毛深い男が飛んできた。あちらこちら周りながら、こちらへだんだん近づいて来る。もしかすると少年が言っていた人物かもしれない。そう考えを巡らせているうちに大柄な男が目の前にやって来た。
「おい、お前。男が一人この辺りに来なかったか」
後からついて来た毛深い男が、ふんぞり返りながら言った。なんだ、大柄な男が話すんじゃないのか。
「はい。通り過ぎていきました」
「それで、何処に向かって走って行ったんだ?」
「左です。駐車場の方かと」
大柄な男と毛深い男が何やら話し合った後、大柄な男はまた喚き散らしながら左の方へ走って行った。毛深い男はじっと私の方を見つめてきた。
「どうかしましたか?」
「お前、まさか奴を匿っていたりしないだろうな」
「まさか。していませんよ」
軽く私の周辺を見渡した後、毛深い男は大柄な男の後を追って行った。
「もういいはずだよ」
と、トイレの陰に声をかけた。すると、おそるおそるといった様子で彼が陰から出てきた。辺りを見渡して、ほっと安堵した表情で近づいてきた。
「ありがとうございます。本当になんとお礼を言ったらいいか……」
「いいんだよ。礼なんて」
と笑って返した。
「それよりこの後なんだがね」
「はい」
「右にずっと行くといい。そうすると太陽系行き貨物倉庫が見えてくる。そこの青い船の荷物に紛れて、こっそり乗って行くといい」
少年は目を見開いた。なぜ自分の目的を知っているのかといった感じだった。
「運が良ければ着けるさ。さぁ、早く行きな」
そう言って、私は顔の前で手を振った。少年は一礼をした後走り出そうとして、不意にこちらを振り返った。
「あの……」
「一緒には行かないよ」
「……なんでですか」
その少年の顔には不満がありありと浮かんでいた。もっともな反応だ。
「この場所も存外悪くないものだよ」
そう言った私の顔はちゃんと笑えていただろうか。
少年は走り出した。目的へ向かって真っ直ぐに。この鉄の家に背を向けて。見えなくなってから私は一つため息をついた。本に目を戻す。私はとうの昔に諦めた。
少年、君は辿り着いてくれよ。我等の故郷、地球へ……。
何処かの銀河、何処かの惑星、何処かの場所から。