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あたしのお姫さま  作者: 犬丸
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私がお姫さまになるまで①

お父様が私を商談に連れて行ってくれると聞いた時、やっと私を認めてくれるんだと思った。


お母様が死んだ後、お父様は私を引き取ってくれたけど愛人の子どもは肩身が狭かった。

お父様は忙しくて顔を合わせることもないし、奥様や異母兄弟達は私をいないものとして扱った。

使用人達も腫れ物に触るように接するだけで親しい人なんていなかった。


せめてお父様のお役に立てるようにと勉学に作法にできることは何でも努力した。

だから、貿易船に乗った時も、東大陸へ降り立った時も浮かれきっていた。

お父様の商談が終わり、船に戻る時に街を見て来るといいと仰ったのもただの好意だと思っていた。


船が私を置いて、港を去るまでは。



汽笛の音に慌てて港へ戻ると、そこにはすでにお父様の姿も、船の姿もなかった。

呆然と立ち竦んでいると、いきなり肩を掴まれた。


「いやっ」

「さあ、お嬢さん。行きますよ」

「離して!早く船に戻らないと」

「無理ですよ。それに戻ったところでどこへ行くんです?」

「そんなの」


お父様のところに決まってる、そう言おうとした口が布で塞がれた。

仄かに甘い匂いがしたかと思うと、視界が急に暗くなった。

活きのいい商品だ、という男の声を最後に私は意識を失った。





目が覚めた時、そこは冷たい檻の中だった。

薄暗い部屋には知らない大人と檻や箱であふれていた。

遠くから大人数の声も聞こえる。

気を失う前の記憶が蘇り、慌てて身を起こすと自分が衣服を見についけていないことに気づく。

身につけているのは口枷だけだ。

色んな想像が頭の中を駆け巡りゾッとした。


私はどうなったの。

これからどうなってしまうの。


それだけが頭を占めていた。

必死に自分の身体を抱きしめる。

涙はこぼれても口枷で嗚咽は出てこず、ただふうふうと荒い息だけが溢れる。


助けてお父様…


どれだけ嘆いても、助けを呼んでも求めているものはやってこなかった。

檻に入れられたまま光が漏れる方へ運ばれて、光の中に入ると大勢の視線が突き刺さった。

そこは広いホールの中で、私は舞台袖から舞台上へ連れて来られたのだと分かった。

舞台を中心に扇状に広がった客席いっぱいに人がいた。

ホール中の視線が私に集まっているのが分かる。

遠慮のない視線が、私の全身を舐るように絡みついた。


好奇しかない視線が怖い。

でも目を閉じるのも怖い。

閉じた瞬間に自分がどうなってしまうか分からなくて怖い。

ただただ震えていると、舞台上にいた男性が話し始めた。


「それでは前半最後の出品です。これまた珍しい商品でございます。西大陸 の珍しい色を持つ少女。見目麗しく、処女も確認済みです。父親に売られまして、素早く回収いたしましたので大きな傷もございません。言葉も通じます。愛玩用にするもよし、繁殖させるもよし、調教はしておりませんのでお客様のお好みに合わせて躾けられてください」


流暢な異国語で語られる内容が私の頭の中を通り抜けた。

さっきまで煩かった鼓動の音が聞こえない。

私は売られた、捨てられた、お父様に。


頭の中が真っ白になって会場の音も聞こえなくなった。

信じたくない、でも、だから商談に連れてきてくれたんだと腑に落ちた。

認められてたなんて思って自分を誤魔化していたけれど、おかしいと思う気持ちは心の隅から消えなかった。

だって、直接話したことなんて数ヶ月ぶりだもの。


でも、それならただ捨ててくれればよかったのにこんな異国で売り飛ばすだなんて、私がどういう目にあうか分かっていなかったはずがない。

仮にも実の娘を、碌な目に合わないと分かっていて多少の金銭と引き換えにしてしまうのか。

こんな目にあわなければならないほどのことを私がしたのいうの。


恐怖とは違う涙が頬を伝って行く。

悲しくて悔しくて、心が真っ黒に塗りつぶされるように深い絶望に沈んで行く。


会場のざわめきが耳に戻ってきた。

会場に札を挙げる姿が見える。

それらの欲望を隠さない目が怖くて後ずさったが狭い檻の中では無意味に等しかった。

視線から逃げるように視線を彷徨わせると、観客の1人と目が合った。他の客と違い面白がっているような瞳でこちらを見ている。

その瞳が見開かれ、口が動いたかと思うと、次の瞬間には姿が消えていた。


え、と思う暇もなく、急に会場が見なくなった。

檻の前に誰かが立っている。

服装からして司会の男ではない。

見上げると、そこには目が合ったばかりの客が立っていた。


黒い髪に黒い瞳、浅黒い肌に黒い服を着ている。

遠目には分からなかったが、顔立ちや身体のラインなどからみると女性のようだ。

しかし、いわゆる女性らしさというものはそれ以外に感じない。

顔には額から頬にかけて大きな傷が走り、口の端も左側が少し裂けてしまっている。

短いズボンから伸びる剥き出しの脚は柔らかさからは程遠く筋肉質だ。


その彼女が、まっすぐな瞳で私を見つめいた。

先ほどの面白がる雰囲気はなく、感情を読み取れない。

彼女に反応を返すことも、目をそらすこともできずにただ見つめていた。

いままで出会ったどんな人とも似つかない、静かで力強い存在感が私の中の何かを掴んで離さない。

ほんの数瞬の間だけだったがひどく長い時間のように感じた。

やがて彼女の方から目を離し、会場のざわめきをもろともせず困惑する司会に話しかけた。


「お、お客様、お席に戻っていただいて…」

「この子あたしが買うから」


会場から大きな怒声が聞こえてくる。

競売中なのに急に横入りしたのだから当然かもしれない。

突然現れて、突然買うと言いだしたこの女性は一体何者なのか、どうして私を買うなんて言いだしたのか、何もかも分からない。


「おいこらてめえ!オークションの意味わかってんのか!」

「ひっこんでろ!」

「ああ、そうか。いくらまで上がってたっけ?」

「…20万です」

「じゃあ2000万払う」


怒声が響いても彼女は平然としていたが、金額を口にすると怒声の方が静かになった。

私も口枷がなかったら大口を開けていたかもしれない。

私を買うのに2000万…いきなり100倍も値をあげたのも驚いたけど、そもそもこっちの大陸は物価が安いからかなりの大金のはずだ。

私にそこまでの価値があるとは思えない。


「これ以上だす人いる?いないなら私が落としたことでいいよね。もう連れて帰っていい?」

「は、はい。では、裏でお支払いを…それでは皆さま、これにて前半を終了いたします。休憩の後に後半の競りを始めますのでどうぞお楽しみください。」


出てきたのとは反対側の舞台袖に檻が運ばれて行く。

彼女も運ばれて行く私についてきた。

とうとう買われてしまったのに、思考が固まってまともに何も考えられない。

ぐるぐるとまとまらない頭で呆然としていると、私の買主が檻を覗き込んできた。


「もう大丈夫だから安心してねお姫さま」


何が大丈夫なのか分からなかったが、目の前の無邪気な笑顔を見ると先ほどまでの恐怖も身体の震えも不思議と消えてしまっていた。

色々なことが起こりすぎて、もうどうしようもない状況に頭がおかしくなってしまったのかもしれない。


もうどうにでもなれ。


力の抜けた身体で檻にもたれかかってにこにこと笑う買主を見ていた。




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