今日はいい日だ
「おい、ラウ!」
知っている声に呼ばれて振り返ると〈情報屋〉が立っていた。
顔についた返り血を袖で拭いながら近く。
踏みつけると足の下で転がっていたゴロツキが呻き声をあげた。
「どうしたのこんなところまで。なんか用?」
「ああちょっと頼みごとが…お前、顔がますます汚れてるぞ」
言われて袖を見たら拭ったにしては汚れすぎている。
袖がもともと汚れていたらしい。
呆れた様子の〈情報屋〉がハンカチをくれた。
「時間あるか?ここではなんだから場所を移したいんだが」
「いいよ。今日は何も予定ないから」
そう言うと〈情報屋〉は背を向けて歩き出した。
緊張もないリラックスした足取りで歩いていく。
こいつとは長い付き合いだけど、こういう態度を見てると信用されているなあと思う。
倒れた十数人のゴロツキを放置してあたし達は路地裏を後にした。
〈情報屋〉の家は相変わらず散らかっている。
というより物が多すぎてこれが整理された状態なのか散らかっているのか分からない。
パソコンの前に座った〈情報屋〉と向かい合うようにして床に座ると話が始まった。
「今夜〈天秤〉がオークションを開く話は知っているか?それに気になる品が出るんだが問題があってな」
「お金ないの?」
「金はある。問題はサルガッチェが同じもんを狙ってるってことだ」
「ああ、あいつしつこいもんね」
サルガッチェは〈獅子〉の中でも格別にタチが悪い。
〈天秤〉が仕切っているオークションなら〈情報屋〉もサルガッチェも裏から手を回すことは難しいけど、競り落とした後は〈天秤〉も関与しないから殺されて奪われる可能性は高い。
それくらいは余裕でしてくる相手だ。
「もともと代役は立てるつもりだったが、あいつが相手だと潰されかねないからな。お前には役不足かもしれんが行って貰えるか?もちろん報酬は弾む」
「いいよ。〈情報屋〉にはお世話になってるし」
助かる、と〈情報屋〉は少し笑った。
でかいゴーグルで顔の中では口ぐらいしか見えないけど。
前にどうしてゴーグルを着けているのかと聞いたら、これは俺の生命線だからと言われた。
よく分からないけど大事なんだろうな。
「お前に競り落として貰いたいのは星の欠片と呼ばれる希少金属だ。1億も用意しておけば落とせるだろう。余ったら何か好きなものでも落としてきていいぞ」
「それが報酬?」
おつりが報酬って子どものおつかいみたいだ。
「まさか。それはオマケだ。お前が前から欲しがってた例のブツ、手に入りそうだぞ」
「ほんと!?」
その言葉に思わず立ち上がってしまった。
体温が急上昇して、身体中に力が満ちる。
今ならなんでもできそうなくらいだ。
サルガッチェだって〈獅子〉ごと潰せそう。
「ああ。届くまでもうちっとかかりそうだけどな。報酬はそれでいいか?」
「うん!絶対に持ってくるからまかせといて!」
「それは頼もしいな。金はお前の口座に振り込んでおく。星の欠片は明日にでも持ってきてくれればいい。」
「分かった!じゃあまた明日ね!」
溢れるエネルギーのまま駆け出した。
飛び上がって屋根に上がり自分の家を目指して駆ける。
にやにやが顔から消えない。
ふわふわして雲の上を走ってるみたいだ。
しかし、折角いい気分に浸っていたのに水を差す奴が現れた。
「姐さん」
「あたしはお前の姉じゃない」
「分かってますよ。ずいぶんと楽しそうですけど何かあったんですか?」
「お前には関係ない」
「そうですか」
キースはあたしのことを姐さんと呼ぶ。
キースに限らず〈黒犬〉の連中はそう呼んでくるがこの呼び方が好きではないし、群れるのが好きじゃないからそもそもこいつらを配下とも認めてないのにあたしをボスだと言い張る。
面倒な奴らだ。
でもそれなりに便利で潰すのも勿体無い。
「今日の予定は?」
「今夜は〈天秤〉のオークションに行く。ついてこなくていいから」
「行かせていただきます。邪魔はしませんので」
「邪魔。ついてくるなら荷物持ち」
「やります」
荷物持ちなんて面倒なのによくやる。
面倒なやつは面倒なことが好きだな。
上機嫌な気分がすっかり萎えてしまったがそれでも心の奥底にはワクワクが残っていた。
ああ、今日はいい日だ。
きっと今夜もいい夜になる。
笑顔というには醜く口を歪めて〈黒狼〉は風のように屋根の上を駆け抜けた。
その姿はまるで獲物を定めた獣のようだった。