学校へ行こう③
夜はあけて、窓からまばゆい光がリリアの顔を照らす。
とりわけ朝に弱いタイプではないため、ぐだぐだすることもなくすっと体を起こす。
ラグマットの上で大の字になって寝息を立てているルークの体を跨いで、日課である朝の紅茶を準備する。
その音で目が覚めてしまったのか、ルークものっそりと起き上がる。
「今日が試験だっていうのにずいぶんと余裕じゃない」
「考えたって仕方ねーだろ。寝たのだって空腹を紛らわす苦肉の策だぜ?」
なんとなくルークの分の紅茶も準備してローテーブルの上にカップを置く。
そういえば、と昨日は色々ありすぎてご飯を食べるのを忘れてしまっていた。
白黒牛のサンドイッチが水魔法を使って作られた食料保管箱にあったの思い出し、皿に並べる。
それを見てルークはサンドイッチを素早く口に運んだ。
「にしても意外だな。お前らみたいのって一人一人に召使いがいるのかと思ってた」
リリアもサンドイッチを上品に小さく一口だけ口に運び、それを紅茶で流し込んだ後に答える。
「そういう人もいなくはないわよ。あたしは出生がそれほどいいわけでもないし」
「飯は自分で作ってるのか?」
「違うわ。学生寮には生徒用の食堂があるの。このサンドイッチもそこで作ってもらったものをもらっただけよ」
リリアはどちらかというとみんなで食事をするよりも一人で食事をすることを好んでいた。もちろん、一度も行ったことがないわけではないが、一人の方が落ち着いて食事をすることができるため基本的には部屋で食べることの方が多い。
雑談を交えつつ、残りのサンドイッチを食べながら、ルークに魔法式の一つでも覚えさそうとするが、その効果はなく、試験開始時間まであと少しのところまで迫ってきた。
部屋を出る準備をしながらリリアは本当に大丈夫なのかと聞くとルークは少しの不安も見せずに言った。
「まぁ、なるようになるだろ」
ヘラヘラと気楽に笑うが、ルークはこの学院にどれだけ入るのが難しいことかを知らない。
今年入学したリリアの受けた入学試験では受験者三千人に対し合格者は百五十人弱であった。
先輩によると編入試験はさらに厳しく、受験者のほとんどが新入生入学試験に落ちた学生がさらに力をつけリベンジとしてくることが多いと聞く。
そして合格者は年度によって変動するが、一人から十人ほど。
魔法式もろくに知らないルークが果たして合格することなんてできるのだろうか、と今になって心配になってくる。
自分が下半身を露出してまで連れてきた相手がそんな簡単にきられてしまうのかと。
そんな確かな不安を抱きつつ、リリアは試験場までルークを連れて行く。
試験には他者との連絡をとるものや自分の力を増幅させるものなどの持ち込みは禁止されているが、基本的には持ち込み自由。
普通の受験者はどんな試験にも対応できるように傷薬や食料、武器など万全に準備をするものだが、ルークは昔狩りに使っていたらしい短剣を腰に差しただけの軽装だった。
「それじゃあ、あたしはここまでだから」
特に頑張れとか絶対受かってこいとかの激励の言葉はなく、リリアは試験会場の大教室まで連れて行くと踵を返して歩き去る。
「あぁ、ありがとうな」
ルークもそれを気にすることもなく教室の扉を開いた。
途端に喧騒が耳に入る。
とびきり広く大きな教室には所狭しと大勢の受験者が集まっていた。
名門学校だけあって毎年受験者は多いが、今年は一段と受験者が多いらしく、椅子に座れず地べたに座るものや壁際に立つものなどもいる。
見るからに身分の低そうなルークが入ってきたのを見て受験者たちのあからさまに見下しているようにクスクスと後ろ指を指されて笑う。
「んにゃろ〜ぶっとばすぞ」
そう呟き、イライラしながら適当に空いているところに腰を下ろす。
横には大人しそうな黒髪の少女が大きな荷物を抱えて座っていた。
「すげー荷物だな」
特に話しかけるつもりもなかったが、見たまま声に出すと、黒髪の少女は自分に話しかけられてるのかわからず挙動不審にキョロキョロと目を泳がせ、ルークと目があうとパクパクと口を動かした。
「あ、あの、あの、す、すすすすみません。じゃ邪魔ですよね!」
なんだかこちらが謝りたくなるぐらいに目に涙を浮かべて大荷物を抱え込む少女。
「いや、邪魔とかじゃなくて何が入ってんのかなぁって純粋に疑問に思っただけだよ」
「あ、いや、あの…その…」
「言いにくいものなら言わなくていいよ」
「いいいいえ、そういうわけじゃないんですが…」
黒髪の少女はしゅんと顔を伏せる。
どうやらあんまり触れていい話題ではなかったらしい、とルークは頭をかく。
「まぁ、いいや。なぁ、話変わるけど試験内容ってわかるか? いや絶対受からないとまずいんだけどよ、学力テストとかきたらやべーんだわ」
「わ、わかりません。試験内容は毎年、その場で発表されるはずですから…。あ、あのあなたも初めてなんですか?」
「あぁ、そうだよ」
「わたしもです!」
初受験の仲間を見つけた喜びからか黒髪の少女はぼそぼそ声から声量をあげる。
ある意味目立っていたルークがさらに教室内の受験者から嫌な注目を浴びた。
「わたしも初受験なんです。ヘクセリットは名門学校なのでわたしみたいな上流階級の出じゃない平民が試験を受けるなんて恐れ多いと思っていたんですが、あの白竜騎士隊のリリア・ポップルウェルさんが平民の出身と知って希望を持てたんですよ。綺麗でつよいなんて本当に素敵ですよね! あ、両親の反対もあったので受験は今回限りなんですが、リリアさんを目指して頑張りたいんです!」
たくさんの視線を浴びているにも関わらず、黒髪の少女は前のめりになって熱弁をふるう。
俯いてばかりだったのでわからなかったが、少女もリリアに負けず劣らず綺麗な顔立ちをしていた。リリアのようなツン、とした生意気猫を思わせるようなものでなく人の良さそうなたれ目にあどけない顔をしていて対照的に人懐っこい子犬を思わせる、そんな印象を受けた。
「あ、申し遅れました。わたしメイナ・ミレーと申します」
我に帰り、照れ臭そうに顔を染め俯きながらメイカはぺこりと頭を下げた。