学校へ行こう②
「ムカつくな、あのジジイ」
学院長室を出て、リリアと並んで歩くルークはムスッとした顔で呟いた。
試験は明日、なんの準備もしていなかったルークはリリアの部屋に一晩泊まることになった。今はその道中である。
学生寮は教室や学院長室のある本校舎とは別に、渡り廊下で繋がった四つの棟の内の一つにある。部屋数は約千二百室。全校生徒千人弱の学院としては十分すぎるほどの大きな学生寮である。
ルークを自分の部屋に泊めろと学院長に言われた時には部屋はたくさん余ってるはずだ。絶対嫌です、と抗議をしたものの学院長とキールのコンビに君にしか頼めないだとか、彼とは君が一番付き合いが長いからだとか適当に言いくるめられてしまった。
「でも、意外ね。あんたのことだから学院長に殴りかかるんじゃないかと思ったわ」
「あんなぁ、お前勘違いしてるけど俺は別に見境なく人に襲いかかるバカじゃないからな。売られたケンカは買うけどよぉ」
学院長のあれはケンカ売ってるまでとはいかなくともバカにしてるように見えたけど、とリリアは首を傾げる。
「バカか、お前。相手は老人だろうが! ぶん殴って死んじまったら寝覚めが悪いだろうが!」
「あんたこそ勘違いしてるけど学院長は今でもバリバリ現役でかなり強いわよ?」
「……今から殴ってこようかな……」
そうこうしているうちに二人はリリアの部屋についた。
中は八畳ほどのワンルームになっており、年頃の女の子にしては殺風景で全体的に物が少ない。唯一、目立つものといえば大きめの本棚にぎっしりと並べられた蔵書ぐらいだ。それ以外は生活に最低限必要なものが置かれている。そんな印象を受けた。
「それで、あんた明日の試験は受かる自信はあるの?」
トスっとリリアはベッドに腰をおろして尋ねる。
「楽勝と言いたいところだけどな、さっきも言ったように俺は勉強とかそういうのはダメなんだわ。だから、筆記試験とかあるなら確実にアウトだろうよ」
頭をかいて、ルークは苦笑いする。
「あたしは新入生として今年入ったから知らないけど、確か試験内容は全部学院長が決めてるはずよ? わざわざあんたを牢獄から連れ出させておいて苦手分野で落とそうとするかしら…」
「するだろうな、あのジジイなら」
リリアは考え頷く。
確かにあの悪戯好きな学院長のことだ。やりかねない。あの挑発みたいな真似はそれを乗り越えてこいってことなのかもしれない。
「でも筆記って言ったって簡単な『魔法式』さえわかれば大丈夫だと思うわよ」
「魔法式ってなんだよ…」
「はぁ!? あんた魔法式もわからないの?」
ルークは少し機嫌の悪そうにあぁ、と答える。
リリアは頭を抱えた。
まさか魔法式も知らないやつに学院トップクラスの証、白竜のピンが渡されようとしていたとは。
ということは…。
「魔法式っていうのは魔法を使う時に頭で組み上げる計算式のことよ。例えば、あのランプに火を灯そうとするなら火の精霊語を元に火力、着弾点を計算しないといけない。魔法の種類によって精霊語もかわるし、何をどういう風にしたいのか明確に考えて魔法式を組み立てないと失敗もするし、発動もしないわ。でも、ランプに火をつけるなんて簡単な魔法式、エルシュタットの国民なら八割がた知ってるわよ」
「いや、全然わからねー」
真顔で首を横に振るルーク。
答えを聞く前になんとなくわかるが、さらにリリアは聞く。
「あんた、魔法は?」
「まったく使えねーよ」
予想通りである。
だが、少しおかしなところもあった。
牢獄でルークが錠前を砕いた時、兵士を殴り飛ばした時、魔法騎士の戦いでは基本となる潜在魔力での肉体強化をしているように見えた。
無自覚でやっているのか、それともそれが魔法の一つだと気づいていないのか、どちらかはわからないが、まったく魔法が使えない体質というわけではないだろう。
「あんたエルシュタットの王国軍と戦ったのよね?」
「それが?」
「……いや、なんでもないわ。あたし今日は疲れたからお風呂入って寝るから」
学院長やルークと話しているうちに空はすっかり暗くなっていた。
リリアは着替えを持って浴室に入り、服を脱ぎながら思い耽る。
肉体強化の魔法のみで軍隊とやりあうなんてどうかしてる。裏を返せば、それを可能にしてしまうほどルークの戦闘力が高いということが言えるのだろう。
確かに化物じみてる。悪魔と呼ばれてもしょうがないかもしれない。
ルークは学力や素行をなしにして戦闘力だけで考えれば学院側が任務をこなすにあたってかなり有益な人物だ。
一応、応援してやろうかな。あんなに恥ずかしい思いをしてまで連れてきたんだから。
リリアは脱衣所の扉を少しだけ開ける。
「合格しなさいよ。落ちたりなんてしたらあたしの苦労が無駄になっちゃうじゃない! あと絶対覗くな!!」
それだけ言って勢いよく扉を閉める。
床に座っていたルークは嫌われてたかと思っていた相手からの思わぬ激励に意表を突かれ目をパチパチさせた後、そのまま後ろに倒れて床にころがる。
そして、久しぶりの明るい天井を見上げながら、小さく独りごちた。
「今日は飯抜きかぁ? これなら三食出てた檻の中の方がマシじゃねぇーか…」