学校へ行こう①
その後、ルークの出所手続きは迅速に行われた。ボロボロの囚人服を簡易な麻の服に着替え、少ない手荷物を受け取った後、リリアと一緒に馬車に揺られていた。
少し前までいがみ合っていた二人の間に会話はほとんどなく、数時間ほど経った頃に巨大な建物が二人の視線に入ってきた。
「あれがお前の学校?」
居眠りをしていたかと思えば、ルークはリリアの顔のすぐ近くでぼんやりと外を眺めていた。
少し驚きつつもリリアは小さく咳払いをして答える。
「そうよ、あれが魔法騎士育成学校のヘクセリット魔法学院」
「俺もお前と一緒にあそこで勉強するんだよな? 俺、頭すっげー悪いけど大丈夫か?」
「大丈夫かなんて知らないわよ。それにあんたがあそこであたしらと一緒に学ぶなんてまだわからないし」
ツン、とした顔でリリアはぶっきらぼうに言った。
それはそうだ。あんな騒動を起こしたんだからエルシュタット城で働けることはない。就職先を一つ潰されたようなものだ。
まぁ、挑発に乗ったあたしも悪いんだけど…。
「なんだよ、次は学校で牢屋に入れられるなんてのは勘弁だぜ?!」
そんな態度も気にする様子もなく、ルークは苦々しく顔を歪めた。
目視できるようになってからさらにそこへ近づくとその巨大な建物の全貌が明らかになってきた。
海岸沿いに立ったヘクセリット魔法学院はちょとした城のようで城下町のようなものも広がっている。魔法技術を存分に生かしたのであろうか、所謂、城といった造りではなく、どこか近未来的な建物のようにも見える。
「戻ったわ」
「ご苦労様です!」
巨大な門の前に着くと、リリアは窓から顔を出して門番にそう一言だけ言うと大きな門がギギギッと重々しい音を立てて開かれた。
街の中を馬車が通ると人々はリリアが乗っていることに気づき、深々と頭を下げていく。
「なぁ、さっきの門番といいお前って偉いのか?」
そんな人々を見ながらルークは怪訝な顔で言い、リリアはうーん、と少し考えた。
「偉いっていうかなんていうか特別な学生とでもいうのかしら」
「はぁ〜ん…この街の人も学生なわけ? おっさんおばさんもいるけど」
「ううん、この街に住むのはみんな一般人よ。学生は学院の中に寮があるから。でも今は一番人が多いかも。もうすぐ転入の試験があるから」
街を抜け、さらに門をくぐり、遠くから見た巨大な建物の前に着くとリリアはルークに馬車を降りるように促す。
目の前に立つと学校の巨大さがさらに実感できた。
風魔法を使った吹き抜けのエレベーターがあり、横には球体状の膜に囲まれた施設のようなものもある。
「なんか別の国に来たみたいだな」
誰に話しかけるわけでもなく、ルークは呟くように言った。
先を歩くリリアの後に続き、外から見えた高くまで伸びるエレベーターに乗ると数秒で最上階まで辿り着く。
風魔法を使ったエレベーター自体、エルシュタットでは珍しいものではないが、ここまで高くまで伸びたものはそうないものだった。
エレベーターを降りて赤い絨毯の敷かれた豪華な廊下を歩きながら、ルークはキョロキョロと周りを眺めているとリリアが一つの扉の前で足を止める。
「リリア・ポップルウェルです。只今、戻りました」
コンコン、と控えめに扉を叩き、立派な扉を開けるとその奥に老人と若い男が立っているのが見えた。
「おぉ、リリアくん。彼が例の人物かい?」
若い男の方がにこやかにリリアに話しかける。
「はい、少々手荒いことになってしまいましたが、無事に悪魔と呼ばれている人物を連れて戻りました」
よくやったと言わんばかりに若い男はリリアの肩を叩いた。
「ほっほっ、そうか。それではワシから謝罪しておくかの」
長い髪を後ろで束ねた老人は立派に伸びた長く白い髭を撫でて笑う。
「悪魔くん。君の名前はなんというのかね?」
「悪魔くんって…。ルーク。ルーク・キスリング」
少し機嫌の悪そうにルークが答えると優しそうに老人は笑った。
「すまんの。名がわからん故に少々失礼な呼び方をしてしまったようじゃな」
老人は立派な椅子から腰を上げ、立ち上がる。かなり高齢に見えるが、腰はピンと伸び、なによりでかい。決して背の低いわけでもないルークよりも頭一つ半ぐらい大きかった。
「ワシはここの学院長をしておるゼピアというものじゃ。そして横におる若者が学院の第一席、キール・グラッジ君」
よろしくと言った感じにキールはにこやかに微笑む。
「第一席?」
「うむ、この学院では成績や能力に応じてトップクラスに秀でた者のみに一から十二までの特別な称号が与えられる。その証が胸についた白竜のピンじゃ。お主の横におるポップルウェルくんも第七席に座しておる」
ちらりと横目で見るとリリアは少し誇らしそうに胸を張っていた。
「それでのルークくん。君には殉職してしまった学生の穴埋めのため第六席についてもらいたい」
それを聞いてリリアが目を見開く。
「待ってください。いくらなんでもすぐに席を与えるのは!」
声を上げるリリアをゼピアは優しく制止した。
一体どういうことなのか、とキールの方を見るとまぁまぁ、と手のひらを向けて落ち着くように促してくる。
きっとキールさんは最初から知っていたんだわとリリアはその様子を見て確信した。
「あぁ、いいよ」
事の重大さがわかっていないのだろうルークは呑気に答える。
それがリリアはさらに苛立たせた。
自分がどれほどの努力をしてこの地位についたかを、他の生徒がこの地位を目指してどれほど努力しているかをルークは知らない。
なにせ、席をもらうことは王に仕えることが確約されたことと同義なのだから。
そう思うと腹が立って仕方がなかった。
「で、今日からか明日からか?」
どうでも良さそうにあくびをしながら問うルークにゼピアはにんまりと笑った。
「誰が今すぐって言ったかの? ねぇ、グラッジくん。ワシ言ったっけ?」
「いいえ、すぐにとは一言も」
首を振るキール。
「はぁ? どういうことだよ、じいさん」
学院長は悪戯好きで学院内では有名だった。小馬鹿にするような顔でルークをじっと見遣ったあとに
「明日の編入試験に合格してからね」
ペロリと舌を出してそう言った。