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ヘクセリットの魔法騎士と紅月の悪魔  作者: 春野まつば
第2話 初任務と下剋上
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暗殺か護衛か⑤


「どうぞ」


 リリアたちの前に料理の乗った皿が置かれる。

 料理といっても蒸した麦虫を丸めて団子状のものが乗っているだけで野菜や果物、肉などの添え物は一切ない。

 皿と同色の形を残した真っ白な麦虫が団子状に固められて盛り付けられただけの料理にリリアは密かに顔をしかめた。


「腹が減っては戦はできぬ、と申しますしこれぐらいしか出せませんが…」


 ランドルフなりの気遣いで戦時中にも関わらず、貴重な食料を振舞ってもらえるのは大変ありがたいことだが、リリアにとってはありがた迷惑でしかなかった。


「なんだこれ?」


 手のひら大の麦虫団子を手にとってルークが眉をひそめると、


「麦虫という栄養価の高い芋虫を蒸して団子にしたものです。つなぎや味付けは一切しておらず、素材本来の味が楽しめるかと」


ランドルフは心なしか胸を張って答えた。


「麦虫か…食べたことねーわな」


 聞いてブラインもルークと同様に手にとってそれを眺める。

 リリアからしてみれば、触るだけでも憚れるものなのにどうして二人は嫌な顔一つせずにまじまじと見つめられるのだろうか。

 気持ち悪い気持ち悪い、虫を食べるなんて絶対イヤ。どんな状況に陥ったって虫だけは食べたくない。

 リリアはげんなりとした顔でそう思うが、ついに先陣を切ってルークが麦虫団子を一口、噛り付いた。


「んぅ…」


 思わずリリアの口からうめき声のような悲鳴が漏れた。

 噛り付いた時のミチミチと耳障りな音をリリアの耳はとらえる。

 より一層、腹が減ってはいたリリアの食欲を失せさせた。

 ルークは気にした様子もなく、口に入ったものをたっぷり咀嚼して飲み込む。


「うまいはうまいんだが…味が薄くねーか?」


「申し訳ございません。砂糖はもちろん、塩や香辛料などは高価で今の我が国では手に入れ難いんです」


 大変申し訳なさそうにランドルフは頭を下げるが、そういうことじゃない。

 リリアが言いたいのは干した芋でもいいから虫はやめてくれということだが、ランドルフの気持ちを汲むと言葉に出せずにいる。


「どれ、俺も」


 ブラインも続いて麦虫団子に口いっぱいかぶりつくと数回咀嚼して飲み込んだ後にニヤリと笑う。


「赤髪、お前はわかってねーなぁ。素材本来に甘みがあるんだから味付けは不要。これだけで十分うまいじゃんか」


「俺はもっと味が濃いのが好みなんだけどなぁ」


 どうしてこうも抵抗なしに口に運ぶことができるのかリリアには不思議でならなかった。


「お前は食わねーの?」


 二口目に行きつつ、皿の上のものをじっと見つめていたリリアにルークが声をかける。

 黙り込むだけで何も答えずにいたが、やがて絞り出すように言葉を出した。


「…………どんな味?」


「ん〜なんつうか魚卵っぽい? 噛んだ時に中から汁が溢れてきて…微かに甘い魚卵かな?」


 ルークがそう答えるとリリアの顔が一瞬にして青ざめていく。


「うんにゃ、魚卵よりは歯ごたえがある。プリッとしていて虫の頭かなんかは少しコリコリしてるだろ」


 訂正するようにブラインも言うが、リリアの耳には届かない。

 美味しいのだろう、美味しいのだろうがこのフォルムと中から体液が溢れ出てくるという言葉がリリアの手を止める。

 胃液がこみ上げてくるのがわかるぐらい、今にも吐き出しそうだ。

 いや、食べたら吐く。

 リリアは一人確信して、ニコニコと三人を見守っていた大臣に振り返り一言。


「申し訳ないのですが、食欲がなくて…」


 そう告げて席を離れた。


「もったいねーな、こんな美味いのに」


 リリアの後ろ姿を見やりながら、ブラインももう一口。


「ダイエットっつーの? してんじゃねーの?」


 ルークは麦虫団子を貪り食いながら、興味のなさそうに漏らした。






 美味なゲテモノ、麦虫団子を振舞われてから数刻。

 腹を満たした二人と食欲を失せさせた一人は手筈通り各自の持ち場についた。

 外はあいにくの雨。

 昼間が快晴だっただけに夜になっての大雨はリリアたちを不安にさせた。

 足音や視界も制限されてしまう雨は暗殺側にとっては好条件すぎる。

 これも読んでのことなら、さすがキールさんと言ったところか。

 緊張の糸を張り詰めさせて玉座の入り口に睨んでいたリリアの後ろから足音が近づいてくるのが聞こえ、慌てて振り返るとそこには国王が立っていた。

 国王は玉座にどかりと腰を下ろすと肩肘をついてリリアを見遣る。


「来るのか、暗殺者たちが…」


 不意に声をかけられた。


「今日とは限りませんが、いずれは」


「そうか」


 一言だけ言って国王は眠そうに目を細めた。


「あの、ここにいては危険です。ここは戦いの場になるでしょうし、兵の控えている部屋にいらした方が」


「…名はなんと言う…」


「あ、あたしですか? リリア・ポップルウェルと申しますが…」


「ではポップルウェルよ。余がどこにいようが勝手ではないか。それにお前がいるここが一番安全ではないのか」


 正直、命を狙われている敵襲地まで出てくるのはあまりに命知らずと言えるが、相手は国王。それもわがままで独裁家だ。リリアが何かを言ってどうにかなるとは思えない。

 そう思っていた矢先に、頭の中、リリアだけに聞こえる鈴の音が一度鳴った。

 あれから話し合って決めた合図。

 自分の前に現れた敵の数を鳴らす回数で決めた合図だ。

 ルークかブラインのどちらかはわからないが、残る数は二人。

 もっとも、鈴の音の主の相手が増援の兵ではなければの話だが…。

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