暗殺か護衛か②
護衛側にまわったブライン、リリア、ルークの三人は早朝から竜車を走らせて昼過ぎぐらいに依頼主のいるモルタ国に到着した。
馬車と比べて飼いならされた小型竜に引かせる竜車は何倍も早い。
少し横になっているうちに窓の外には異国の街が広がっていた。
所々に並んだ露店にはエルシュタインではあまり見ないような食材が数多く並んでいる。
モルタ国はエルシュタインとは文化が異なり、石造りの建物を基本とするエルシュタインとは違ってモルタ国ではほとんどが木造りのものとなっている。
衣服も男性女性共に色鮮やかな着物を着ており、極め付けは食文化の違い。
モルタ国では食虫の文化があるが、その中でも麦虫と呼ばれる虫を好んで食す習慣がある。
麦虫は蒸すことによって味に甘みが出て、栄養価も高い。
ここら近辺では大量に取ることができることと戦争が多く、農業に人手を回せないことからこのような食文化が広まった。
文献でそれを読んだことがあったリリアはあまり長居はしたくない、そう出発前から思っていたが、護衛となればそれなりに時間はかかるだろう、とモルタ国での食事を諦めてここへ来た。
城下町を抜けて、城の門の前までくるとブラインが代表して竜車を降り、依頼書を門番に見せる。
しばらくして城から迎えが現れるとさっそく話がしたいと三人は玉座の間まで通された。
「は? なにこいつら」
玉座にふんぞり返って座っていたモルタ国王は三人を見るなり、しっかり肉のついた指で耳をほじりながら冷めた目でそう漏らした。
世代が変わったとは聞いていたが、王は思ったよりも若かった。
自分たちより少し上ぐらいか、とリリアは推測する。
「王様、彼らが逆賊から王の身を守るためにヘクセリットから派遣された護衛たちでございます」
「へぇ、こんなに弱そうなやつらが」
横に控えていた大臣が告げるとモルタ国王は指についた耳垢をふっと吹いた。
「まぁ、良い。余は昼寝に入る。護衛なりなんなり好きにするがよい」
重そうな身体を揺らしながら、モルタ国王が寝室へ消えると大臣は重いため息をついた。
「王は危機感が足りないのです。自分の命が狙われているというのに…あぁ、頭がいたい」
大臣は相当なストレスがあってか、すっかり禿げ上がってしまった頭を叩いた。
「あんたが依頼主か?」
ブラインが尋ねると大臣は深く頭を下げる。
「申し遅れました。モルタ国の大臣、ランドルフと申します。今回、依頼書を送らせて頂いたのも私めでございます」
「国王にはあたしたちのことは伝えてあったんですよね?」
「もちろんでございます。国の資金を王の許しなしに使うことはできませんので」
ランドルフはきっぱりと言い切ったが、王にはどうも歓迎されていないような気がする。
「まぁ、とりあえずあいつが殺されないように守ればいいってことだろ? あっちが動くまでこっちも昼寝でもするか」
緊張感のない発言をしてルークは空席となった玉座にどかりと腰を下ろした。
「ちょ、ちょっとあんたなにやってんのよ!」
「おっ、赤髪、オレにも座らせろよ」
ブラインも強引にルークを退かし、大股を開いて玉座に座ってしまう。
リリアは気まずくなって横目でそっと大臣を見遣るが、大臣さえもちょっと羨ましそうな目で見ている始末だ。
「よぉ、ポップルウェル。お前も座れよ。なかなか王座に座る機会なんてないぜ?」
目を怒らしてズシズシと近づいたリリアは乱暴に玉座に腰を下ろすと二人を威圧するように睨んでーー
「作戦を立てるわよ」
ーー有無を言わさないように言い切った。
一方、暗殺班のキール、ダグラス、ミカエルの三人もルーク達に遅れること数刻、モルタ国に到着していた。
竜車の手綱を握るキールは依頼書に付属されていた待ち合わせ場所の地図を見ながら城下町を走らせていた。
「おや、ここからは馬車は使えないね」
城下町といえども、これだけ戦争を繰り返していれば貧富の差は当然生まれてしまう。
戦は儲かるものと考えている者たちもいるだろうが、それは功績を挙げた者に限る。
キールは草木の生い茂ってしまっている鬱蒼とした路地の前で竜車を止めた。
「竜車が盗まれても困るし、二人はここにいていいよ」
「あら、一人で危険じゃない?」
心底心配そうにダグラスが熱っぽい目でキールを見つめる。
「はは、大丈夫だよ。協力者の僕を殺す理由がないでしょ」
そう笑って流すとキールはダグラスとミカエルを竜車に置いて、草木をかき分けながら狭い路地を進んでいった。
依頼書に目を通しつつ、注意をはらいながら歩くと記載された場所らしいボロボロに朽ちた家屋の隙間にできた空間にたどり着いた。
中央には平たく大きな石が置いてあり、上には木製の桶が逆さまに置かれていた。
桶をひっくり返しても石の上には何も置かれていないが、桶の方を調べてみると桶の底に小さく折りたたまれた紙が貼り付けられている。
「暗殺を企てている張本人に少し興味があったんだけどなぁ…」
辺りにはまったく人の気配がない。
キールは残念そうに呟いて紙を手の中に握ると、元来た道を引き返してダグラスたちの元に戻った。
「あったのはこれだけさ」
竜車の中に入るとキールは中央に取り付けられた小テーブルの上に紙を置いた。
「中は確認してないんですか?」
「こういうワクワクする者はみんなで楽しもうよ」
キールはミカエルに微笑みかけて、テーブルに置いたまま紙を広げた。
紙は二枚重ねて折りたたまれていたが、中身はいずれも同じ。
「…地図よね」
ダグラスの言葉通り、折りたたまれた二枚の紙には詳細な地図が書かれているだけで、期限や報酬の受け渡し場所などの記載はない。
キールは紙を手に取って、じっとそれを見つめた後にうん、と頷いた。
「地図に間違いないね。魔法で細工されたものでもなんでもない、ただの紙だよ」
「わざわざまったく役にも立たない物のためにボクたちをこんな辺鄙な所まで呼び出したってことですか? …報酬はそれなりに貰わないと納得できないぞ」
ミカエルが不満を漏らしたのに、キールは首を傾げる。
「ん? なんで役に立たないのかな?」
「だってそれはただの地図なんですよね? そんなの城下町を歩けばそこら辺で買えますよ」
キールは首を振る。
「いや、一枚目はこの街の地図には変わりないんだけどさ、重要なのは二枚目。これには見取り図も書かれてるみたいだよ」
「見取り図? なんの見取り図なのよ、キールちゃん?」
「おそらく…お城かな。この見取り図には多くの部屋が書かれてるし、階層も多い。見渡す限り、そんな大きな建物はお城しかないよね」
ダグラスとミカエルは目を見張った。
「二人とも気づいた? 一般人にこんな詳細な見取り図なんて手に入れられるはずがない。…僕たちの依頼主は十中八九、城の中、それもそれなりに自由に行動できる人物ってことだよね」
それならばこんな寂れた場所に集合させたのも納得できる。
依頼者が城の中の人物なら大臣が呼んだルークたちとキールらが鉢合わせてしまう。
派遣された護衛にしては多すぎる人数に王も疑わしく思うだろう。
「さて、見取り図も手に入ったし、作戦会議始めようか。これでだいぶ作戦を立てるのが楽になったね」
キールは見取り図を広げて、新しく買ってもらったゲームを始めようとする少年のようにニッコリと笑った。




