暗殺か護衛か①
「それだけか、隊長。オレたちを呼び出したからにはなんかあんだよなぁ〜? まさか、和気藹々と自己紹介をするために集められたってことはねーだろ?」
ブラインは頭の後ろで手を組んで椅子の背にもたれかかる。
キールはにっこりとブラインに向けて笑った。
「そうだね、メインはルークの歓迎会…と言いたいところだけど今しがた面白い依頼が来てね」
そう言ってキールは懐から羊皮紙の巻物を取り出して広げる。
「依頼主はモルタ国の大臣」
モルタ国と言えば、小国でありながら好戦的な国で今も隣国、ヒルナ公国と領土の奪い合いをしているエルシュタインの東にある国だ。
情勢に疎いルークは一人首を傾げるが、他の面々にはなにかと危険な噂のあるモルタ国が何の用かと、息を飲んでキールの言葉を待った。
「内容をまとめてしまえば、国王を反逆者の暗殺から守ってほしいと書いてある。モルタ国の国王は以前から独裁的な政治体制を取っていたから反逆者が出るのも頷けるよね」
「なぁ、学院ってこんなこともやんのかよ?」
「別に珍しいことじゃないわ。内部分裂なんて他国には言えたことじゃないし、学院は完全中立機関。どの国のどんな依頼も受けるわよ。以来側としては敵のつばがついているかもしれない傭兵を雇うよりずっと信頼もできるし、学院側としてもその報酬の一部が学院運営費になるわけだからどちらにも都合がいいのよ。もとより、そんな危険な依頼を受けることができるのはあたしたち白竜騎士隊のメンバーだけだけどね」
置いてきぼりになっていたルークがこっそりリリアに耳打ちをしてきたのを返した後にどうにも気になることがあり確かめる。
「反逆者…暗殺…その情報の出所はあるんですか?」
リリアが問うと、
「つい数日前、反逆者の一人を捕まえたみたいでね。口を割ったみたいだよ」
キールはふふふ、と小さく笑う。
「それなら自分たちで護衛なりなんなりすればいいと思うですが?」
ミカエルが前髪をかきあげながら指摘するが、キールは首を横に振った。
「モルタ国は今まさにヒルナ公国と戦争中でね。どうにも対応ができないらしい」
「それで〜何が面白いのか全然わからないんですけど」
一人楽しそうに微笑みを浮かべるキールの様子にアンナが不機嫌そうに漏らした。
「まぁまぁ、まずはこの護衛任務のメンバーを決めようか。そうだな…ブラインくん、リリアさん。それと…お手並み拝見ということでルークくん。この三人に任せようかな」
キールが三人を指差す。
ブラインはうす、と短く返事をしてキールから依頼書を受け取った。
リリアも指名されたからには断れないが、独裁国家の王を護衛する、それもほとんど会話をしたことのないブラインと忌々しい記憶が頭にこびりついて離れないルークがメンバーときたものだからまったく気が進まないでいる。
「それで隊長よぉ、面白いってのはこの報酬のことか?」
「違うよ。この依頼はここからが面白いんだ」
ブラインの言葉を否定して、キールは再び懐に手を入れると、同じような羊皮紙を取り出した。
「依頼書は二枚あるんだ」
先ほど同じようにそれを広げて、簡単に依頼内容を読み上げる。
「依頼内容はモルタ国、国王の暗殺。依頼主は不明だが、報酬は成功後に必ず支払う、と書いてあるね」
「そんなっ…!」
同じ国から来た護衛と暗殺の依頼。
たまらず、リリアは身を乗り出す。
「ね、面白いだろ?」
面白くもなんともない。
リリアを始め、全員が勘づく。
一同を代表してダグラスが真面目な顔つきで言う。
「キールちゃん、つまりアタシたちは仲間同士で戦うってことになるのよ?」
「もちろん理解してるさ。でも、こうやって仲間同士で戦える機会なんて滅多にないでしょ?」
「あたしは反対です! 報酬がきちんと支払われるとも限らないのにそんな犠牲を出してまでやる価値はその依頼にはないです! どちらか一つにしましょう!」
リリアが机を叩いて反論するが、その言葉がキールの心に響いた様子もなく、リリアを見てニコリと笑った後に不意にルークへと視線を移す。
「僕はルークくんにお手並み拝見と言ったよね? 僕自身、君の力がどれほどのものかこの目で確かめたいのさ。言わば、これがルークくんの歓迎会かな」
「こんな歓迎会は初体験だな」
ルークは挑発に弱い。
あっという間にその気になって、薄く笑みを浮かべた。
「えー歓迎会いいなぁ〜!」
意味を理解していないステラが目を輝かせて言うが、キールはそれを華麗にスルー。
「それで暗殺班のメンバーなんだけど…勿論僕は行くとしてあと二人…ミカエルくん、どうだい?」
「お断りします。僕は愛する人を敵にまわし、傷つけるようなことはしたくないからね」
「暗殺するのはリリアさんじゃないし、成功したらリリアくん好きにしていいよ?」
「お受けしましょう」
食い気味にミカエルは言った。
「ちょ、ちょっと何を勝手に!!」
「これも第一席、白竜騎士隊長の特権だよ」
キールの爽やかな笑顔と共に放たれた言葉にリリアは言葉を飲み込んで黙り込んでしまう。
外見は顔立ちの整った好青年と言っても過言ではないが、内面は意地悪で腹黒い。
ゼピアと同じものを感じる。
「あとはダグラス…いやカトリーヌさん頼めるかな?」
「も、もう! キールちゃんの頼みなら断れないじゃないの!」
ぽっと顔を朱色に染めて、身をよじらせるマッチョ。
相手メンバーを見て、ブラインはへっと小さく笑った。
「おもしれーじゃねーか。相手にとって不足なし! この喧嘩買ってやろうじゃねーか」
拳を鳴らして相手三人を睨みつける。
一人、未だに乗り気になれないリリアが重く深いため息を吐いているとルークがリリアの肩に手を回した。
「あの気にくわないニヘラ顏を歪めてやろうぜ」
「き、きみー! その手を一刻も早く離すんだ!」
その様子を見たミカエルが激昂してルークにつかみ掛かり、離れた隙をついてキールがリリアにそっと歩み寄って耳打ちをした。
「護衛側の成功報酬すごかったよ」
その魔法の言葉によってリリアにも俄然やる気が出てきた。
出発は明日、学院から竜車を飛ばせば半日ぐらいで着くだろう。
護衛隊、暗殺隊のメンバーはそれぞれ違った思惑を持って出発に備えることとなった。




