系統判別とオリジナル魔法④
シュタインは眼鏡を外して切れ長な目を擦る。
一瞬、ルークの小瓶には炎が燃え盛っていたかと思えば、今は溢れんばかりのたっぷりの水が瓶を満たしている。
やれやれ、自分も歳か、と自嘲気味に笑って無理矢理納得させる。
「どうやら君は水系統の魔法使いらしいな…」
「先生、これは風使いの反応ではないですか?」
ルークの前に座っていた生徒の指摘に再び、シュタインはルークの瓶に目を向ける。
水なんてものは全くない。自分とは比べものにならないほどの暴風がルークが手をかざす瓶の中で暴れまわっている。
「…私は疲れているのか…?」
暴風かと思えば、シンクロフェアリーは混乱したように次は大量の砂へと変化する。
次第に変化のスピードは早まり、燃え上り、それを水で鎮火し、風を起こし、砂を混じらせ砂嵐と化す。
瓶の中ではそんな目まぐるしい変化が幾度となく行われている。
「こんな反応見たことも聞いたことないぞ…」
動揺して言葉に詰まるシュタインにざわつき始める教室内。
どの生徒から見てもルークのシンクロフェアリーの反応は明らかに普通ではなかった。
「え? え? ルークくん、何やってるんですか? 悪戯はやめた方が…」
「悪戯ぁ? 俺もなんだかわからねーのにどうしろっつうんだよ」
やがて、シンクロフェアリーの変化は目で追えないほどのスピードになると事態は収束に向かっているらしく、教室内を包み込むように眩い光を放ち始める。
「これは…」
光の中にシュタインは次々に生まれるシンクロフェアリーの姿を垣間見た。
やがて、光が収まると瓶の中には所狭しと詰め込まれたシンクロフェアリーの数々。
「火、水、風、土の反応の後に光だと…なにがどうなっているんだ…?」
長年、魔法属性の研究に従事していたシュタインでさえ初めて見る光景だ。
しかし、シンクロフェアリーの変化はまだ終わってはいなかったらしい。
「ひぃ…」
一番間近で見ていたメイナが最初に小さく悲鳴をあげる。
たくさんの生命を生み出したルークの瓶の中で次に起こったのは生まれたばかりの命を弄ぶよう始まった殺戮。
新しく生まれたシンクロフェアリーは黒い靄に包まれてクズとなって瓶底に落ちていく。
やがて、すべてのシンクロフェアリーが粉々になって死滅するとルークの瓶の中には虫の残骸だけが残され、反応は収まった。
「なぁ、この場合は?」
自分でも何が起こったか理解できていないルークは頭をかきながら静まり返った教室内で気まずそうにシュタインに聞く。
シュタインはルークと小瓶を交互に見ながら、目をぱちくりさせると本来ありえないことだが、と前置きしてから一言。
「全属性使い…」
「全属性? 一人に一つの属性じゃねーのかよ?」
「だから、ありえないことと言っているだろう!」
ムキになったようにシュタインは語彙を強めてから、我に返りルークの近くまで来ると熱い眼差しを向けながら力強くルークの腕を持った。
「な、なんだよ?」
「ぜ、是非、私の研究室へ! 今すぐにだ!」
「うわっち!」
有無を言わさず、ひょろひょろの身体のどこにそんな力があるのか、シュタインは強引にルークを引きずりながら教室を出ていく。
「残りの時間は自習だ! 各自、独自魔法の構想を練っておくように!」
それだけ言い残してシュタインは嫌がるルークを引きずりながら慌ただしく廊下を駆けていった。
教室に残された生徒たちは自習どころではなく、ざわざわと当惑や驚愕の声で騒がしくなる。
一番近くでその原因を見ていたメイナも理解できず、固まっていたが、
「あなた、あいつの知り合い?」
そんなものはすぐに吹き飛んだ。
「リ、リリ、リリリリ、リリアさん!」
すっかり自習どころではなくなった教室内でリリアはメイナの隣に腰を下ろす。
リリアの大大大ファンのメイナは緊張のあまりまともに言葉を話せず、金魚のように口をパクパクとさせることしかできない。
まさかこんなにも早く、心の準備もできていない時にあちらから話しかけてくるなんて考えてもいなかった。
「メイナ・ミレーさんでしょ? なんかあたしのこと知ってるみたいだけど一応、自己紹介しとくわ。あたしはリリア・ポップルウェル」
「しししししし知ってます! 身長156センチ。体重47キロ。好きな物は甘いもので嫌いな物は辛いもの。趣味は読書で、入学して三ヶ月で白竜騎士隊に任命。この短期間でこなした任務は数知れず、北レイクランドの防衛戦で大活躍し、国王から功績を認められて北レイクランドでは戦場の女神と呼ばれたリリア・ポップルウェルさん!」
「そ、そう。詳しいのね…」
思わぬ反応にリリアは苦笑いを浮かべる。
「詳しい? これだけでは詳しいとは言えませんよ! まだまだ情報はあります。エルシュタットで貿易商を営む両親から生まれ、初めて歩いたのは生後十二ヶ月。幼少期はその美貌から天使の子と言われ、成長した今でも美貌は衰えず、スリーサイズはーー」
「も、もういいから!」
次々に自分の個人情報が溢れ出すメイナの口をぶにゅっと両手で押さえてリリアは顔を赤らめる。
こんな大勢がいる前で恥ずかしい情報を漏らされたくない。




