パンツの色を当ててみよう②
兵に連れられ長い廊下を歩くことしばらく。リリアたちは牢獄に続く巨大で分厚い鉄製の扉の前にたどり着いた。
「この先に悪魔と呼ばれる者がいるのですか?」
「いえ、これは単なる入り口に過ぎません。件の者はこのはるか地下に幽閉されています」
幾重にもつけられた魔法でも破るには骨が入りそうな鍵を外しながら兵は答えた。
重たい音を立てて開けられた扉の先は暗く冷たい場所だった。
この牢獄には脱獄を図られぬよう窓が一つとしてない。一度入れば日の光さえ見ることができないのだ。
息を飲み込み、歩を進めているとこの牢獄の中では比較的罪の軽い者たちだろうかその者たちから射殺すような視線が静かに向けられてくる。
「やつらと目を合わせないでください。刺激すると何をするかわかりませんよ」
そう兵に忠告をされ、リリアは下を向いたまま歩き続けた。階段を何度も降り、やっとのことで辿り着いたのは苔だらけの扉の前だった。
「この先に悪魔はいます。どうかお気をつけください」
兵士はこれから死ににいく者に最後の言葉を交わすかのように深々と頭を下げた。
ぐっと歯を噛み締め、扉を押す手に力を込める。意外なことに扉には鍵がかかっていなかった。
「あれが……」
「そう、彼が悪魔です」
一室に特別設けられた檻の中に赤髪の少年はいた。歳は自分とそう変わらないぐらいだろうか。
まず、第一に驚くことは鎖に繋がれるなどの拘束はされておらず、難攻不落と名高いこの牢獄でその少年は看守相手に酒を煽り、ポーカーを興じているところだったのだ。
「へっへっへっ、すまんね。フォーカードで俺の勝ちだ」
大柄の黒々とした無精髭を生やした看守の一人が机にぽいっとトランプを投げた。
そして、扉の前に立つリリアに気付いてか気まずそうに笑みを固め、わざとらしく咳払いをした後席を立って後ろを向く。
「ど、どういうことですか!? ここは牢獄であのポーカーって…いや、まずお酒…いやなにから聞けば…??」
普通では考えられない状況に困惑し、頭を抱えるリリアに兵士はバツの悪そうに小さく呟く。
「あの悪魔を拘束する術がないんですよ。どんなに高名な魔法使いでも匙を投げてしまう始末でして…。彼の行動に処罰をしようにも逆にこちらがやられてしまうのでほとんど彼の牢獄は無法地帯でして…」
悪魔の石窯と呼ばれるここはどうやら悪魔には快適そのものらしい。
国民がこれを見たらなんて言うのかしらね。
リリアは小さくため息をつき、鉄格子を挟んで少年の近くに立つ。
「ねぇ、あんた」
「…あぁ?」
ポーカーに負け込んでか、物凄く不機嫌そうに椅子に座ったまま、顔だけをこちらに向ける。
「あたしはまわりくどいのが嫌いだからはっきり言うわ。あたしと一緒にヘクセリットに来なさい」
乱暴な言葉遣いにあわあわと慌てる兵士たち。
少年は暫くリリアを舐め回すようにガンをつけた後、
「嫌だね」
そう吐き捨てるように言った。
「はぁ〜!? なんでよ、あんたにとって悪い話じゃないでしょ! 断る理由なんてないはずよ!!」
「ポップルウェル様。どうか落ち着いてください」
「いい話でもないだろう、それ。別にここを出て俺になんの得があるよ? 今でも十分、不自由ない暮らししてるし、お前とヘク…ヘクなんとかに行ってなんになるっつうんだよ?」
「ここを出れることは囚人のあんたにとって願ってもないことじゃないのよ! なにが、不満よ?! それだけで満足でしょっ!」
「はぁ〜〜!? お前勘違いしてるだろ? 俺はここを出ようと思えば今すぐにでもでれっからな! バカかお前?」
「バ、バババババカってなによ!!」
「落ち着いてください、ポップルウェル殿!!」
肩で息をして檻にしがみつくリリアを引き剥がして兵士は必死になだめようとするが、視界の端に少年が中指を立てて挑発してるのが見えると再度、頭を打ち付ける勢いで鉄格子に被り寄った。
「俺はな、お前みたいなお高くとまってるやつが大嫌いなんだよ。まず、自分が優位だと思って話しやがる」
ケッとつばを吐き捨てる。
「あたしもあんたみたいな柄も悪くて頭の悪そうなやつ大嫌いよ!」
鉄格子を挟んで、睨み合う二人。
囚人を幽閉するはずのものが酷く頼りなく感じた。
「まぁ、落ち着けよ。ルーク」
「黙れよ、髭」
先程まで知らぬ顔でそっぽを向いていた大柄な看守が二人の様子に見かねてか、悪魔と呼ばれる少年・ルークの肩を叩く。
「きっちり決めようぜ。いつも通りに」
むすっとした表情でお互いに睨み合っていたが、不意に何か思いついたようにルークはいやらしくニヤリと笑った。
「わかった。きっちり決めよう」
そう言って椅子の背もたれにふとましくもたれかかる。
「賭けをしようぜ?」
「あたし、ポーカーとかあんまりやらないから無理よ」
敵対心むき出しといった感じにリリアはきっぱりと言う。
「安心しろよ、ルールなんて覚える必要もない賭けだ」
「なによ?」
「お前のパンツは何色か、それを俺が当てる」
しばらくなにを言ったのか理解できず、リリアは固まりそして大声をあげた。
「は、はぁ〜〜!!? なに言ってんのこの変態!」
「おいおい、これはかなりお前にとって有利な話だぜ?」
ルークはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。窓一つない薄暗い牢獄の中、房の外にあるランプがその不気味な顔を照らしていた。
「な、何が有利な話よ!? 変態!」
いやいや、嬢ちゃんと髭の看守が馴れ馴れしく声をかけ、そのまま続ける。
「パンツの色を当てるとは言ってるが一体、世に何種類の色の下着が出回っていると思うんだ?」
リリアは確かに、と頷く。
考えてみれば、当てられる可能性はあるにしても確率は低い。ましてや、今日は王様に謁見することもあって普段着のスカートでなく、濃い青色をした軍服姿である。透けて見える可能性もない。
一番、気掛かりなのは透視の魔法をかけられている可能性だが、使える術者はそう多くない。仮にルークが透視魔法を使えたとしても軍服に施された魔法繊維のおかげで見ることは叶わないはず。
「やってやろうじゃない」
これは勝てる賭けだ。
リリアは小さくを鼻で笑ってみせる。
負けない条件は揃っている。さらに、先ほどの光景からルークは賭け事に弱い、その事実がさらにリリアに自信をつけさせた。
「ただし、解答権は一度のみ。さらにあたしへの暴力行為、例えば、無理やり衣服を引き剥がすなんてことは無し。それで当てられなければ一緒に来てもらうわ」
「問題ない」
ルークはこくりと頷いて余裕そうに目をつぶって笑う。
「こ、困ります、ポップルウェル殿! 二人の間で話が成立していても王様の許可は出ておりません!」
「なら、すぐに確認してください」
兵士の一人が慌てて王の元へ駆けていく。
たぶん許しは出ない、リリアはそう確信していたが、きっと学園側が何か手を打ってくれる。なんたって指示を出したのは学園なのだから。そんな淡い期待を抱いて勝負を行うことにした。
無理やり連れ出したところで当の本人が嫌がれば意味がない。
まずはこいつを従わせることが先決だ。
「じゃあ、始めましょう」
「そうだな」
ルークは下を向いてほくそ笑む。
考えているふりをして実は勝利を確信してることを隠して。
こういう高飛車で誇りを持っているタイプに十中八九、勝つ方法をルークはわかっていた。
一方、リリアの方も顔には出さないが、内心で勝ち誇る。
当てられるものならば当ててみなさいと。
お互いが勝利を確信した中でこの賭けは行われた。