100万ポイント①
「しかし、魔法具っつうのは便利だな。薪もないのに火を起こせるとは」
血だらけになった身体を水で流し、ついでに洗った衣服を乾かしながらルークは感心したように呟いた。
セリルの機嫌を直すため四苦八苦し、またも貴重な時間を無駄にした三人は焚き火を囲んで今後の行動について話し合いを始めるところだった。
「あの、お話したいことが…」
遠慮気味にメイナが切り出す。
「ルークくんにわたしのポイントを譲渡しようと思います」
受験前にあれだけ意気込んでいたはずのメイナの言葉にルークは耳を疑う。
「譲渡って…いらねーよ。お前、試験落ちちまうぞ?」
メイナは膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめて、下唇を噛んだ。
その様子を見て、セリルは何かを察したように腕を組む。
「そうとうな決心があるみたいだな」
「はい。…わたし二次試験をリタイアしようと思います。この試験で人が死ぬのをたくさん見ました。それが耐えられなくて泣き出してしまうようでは騎士なんか務まらないと思うんです。両親の言うように元々わたしになんてできりはずないんですよ…」
絞り出すように話し始めたメイナの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
自分の生きる道を選んだメイナにルークは何も言えず、ただただポイントの譲渡を黙って引き受けた。
そのポイントのお礼という口上でルーク達はメイナと試験終了時に出口まで一緒に行くことを決める。
「みなさんとお別れになるのは寂しいですが、試験終了までは普通に接してくださいね」
暗い顔を見せたのは一瞬で、強がっているのかメイナは満面の笑みで言った。
「戦う騎士だけが仕事じゃないさ。君の道は君で選べばいい」
セリルの言葉にメイナは勢いよく頷く。
ただ、メイナにはどうしても気になっていたことが一つだけあった。
「セリルさん、聞きたいことがあるんですが…」
「なんだ?」
唐突な質問にセリルは目をまるくする。
そこで意を決したようにメイナは聞いた。
「セリルさんって性別はどっちなんですか?」
それにセリルは忌々しげに首を振った。
どうして皆は口を揃えて自分に問うのか、と。
「どちらだと思うんだ?」
「女の子ですよね?」
「いやいや、男だろ」
割って入ったルークは言い切る。
どちらの言葉に反応してか、セリルの顔が一瞬むっとするのがわかった。
「ならば君は女だと思えばいいし、ルークは男だと思えばいい。そもそも性別がそんなに重要か? 私の性別がわかったところで何になる。男といえば君は恋愛感情をわたしに向けるのか? 女といえばルークは私を襲うのか? 実にくだらない質問じゃないか。いいか、私たちにはまずやるべきことがあるだろう。なによりこの試験を終えることが先決だし、大体お前たちはーー」
捲し立てるようにセリルはつらつらと言葉を並べた。
なんだか説教をされている気分になって、うんざりする二人を置いてセリルは未だに喋り続ける。
どうやらセリルにとってこの話題は禁句らしい。
「あ、出口なら近いと思いますよ」
セリルの言葉を区切るように慌ててメイナは話題を変える。
それに反応して思惑通り、口を閉じたセリルは焚き火の煙を見て頷いた。
「風が吹いている。確かに外へ出るのはそう難しくはなさそうだが、問題は時間だな」
「時間もわかりますよ?」
メイナはゴソゴソとリュックを漁り、水晶時計を自分の足元に置いた。
「今は…夜中の三時ですね」
「お前のリュックはなんでも入ってるな」
当然のように時計が出てきたリュックの中身がルークは気になってしょうがないといった様子でじっとそれを見つめる。
「今の季節の日の出は五時過ぎぐらいか…。よし、出口の目処も立ったし、今日は少し休むか」
セリルの提案に二人は頷き、その場でしばしの休息を取ることにした。
「ルーク、私はまだ怒っているからな」
セリルの言葉と睨まれているような視線にルークは何か落ち着かない感じがしたが、睡魔には勝てず、夢の世界に誘われるようにいつのまにか眠ってしまっていた。
「ねぇ、他のメンバーは?」
学院長の命令で集められた白竜騎士隊。海岸に即席で建てられたテントの中で待機して出動要請を待っていたリリアはぴったりと自分の側を離れず、永遠と口説き文句を吐き続ける銀髪の美少年に聞いた。
「さぁ? でもいいじゃないか、その分静かでボクらの時間に没頭できる。キミが七席にいる限り、ボクは誰にも君の隣を譲るつもりはない。ボク以外にこんなにも美しい人間がいるなんて思いもしなかった! 女神も腰を抜かしてしまいそうなキミの美貌。強い意志を持ったその清らかな心! 誰にも穢させはしない。なぜならーー
「うるせぇぞ、コラ! 気持ち悪いんだよ、ナルシストが!!」
「ふん、ブ男が何を言おうとボクの心には響かないね。大体、なんだい? その時代遅れな髪型。生まれる時代間違えたんじゃないのかい?」
「ぶち殺す!!」
集まったのは十一人中、四人。
一人はリリアにぞっこんなナルシスト。第八席に座る同い年のミカエル・フリューベルト。
確かに顔立ちは整っているが、歯の浮くような口説き文句と自分に自信を持ちすぎている美少年が正直リリアは苦手だった。
そのミカエルと喧嘩をする時代錯誤な髪型と格好をした一年先輩は第四席に座るブライン・ドアーズ。いかにも喧嘩上等な出で立ち。正直、あんまり話したことはない直情系の先輩だ。
最後に広いテントなのに隅っこで小さくなって本を読む少女。ブライン同様、リリアより一年先輩であり、第十二席に座るグローリア・クラナッハ。
ボサボサの髪に酷い隈のついた目を静かに本に落としている。
グローリアの声を聞いたのはいつ頃だったか、とにかくこのメンバーにリーダーシップを取れるような人物はいない。
もし緊急出動になった場合、どうなってしまうのか。
キールさんさえいてくれたらとリリアは先が心配で仕方がなく、三人を見て重たく息を吐いた。




