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ヘクセリットの魔法騎士と紅月の悪魔  作者: 春野まつば
第1話 編入試験
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覗き目⑤

「え? セリルさんって…」


 囮となってメイナ達から離れていくルーク。

 メイナの方は身体を預けたまま気を失っているセリルを横たえて人工呼吸の態勢に入った。

 胸を圧迫マッサージ後に高く小さい鼻をつまみ、顎を上に向けて気道を確保する。

 真っ白な肌に長いまつげ。あまりの綺麗な顔立ちに数秒見惚れてしまう。

 ルークはセリルのことを男と言ったが、セリルはどう見たって…。

 邪念を払うようにかぶりを振っていざファーストキスとも言える人工呼吸。ゆっくりとセリルに命の源を吹き込んでいく。

 それを懸命に幾度か繰り返しているとセリルは水を吐き出して、勢いよく咳き込み始めた。


「だ、大丈夫ですか?」


 人命救助とはいえ、いざ話をするとなると恥ずかしくなって顔が急に熱くなるのを感じた。


「君は…あぁ、さっきの泣いていた。助かった、恩にきるよ」


 時折、空咳のようなものをするが、セリルの身体に異常はないようだった。

 確かにこうやって話をしていると男性的にも見えてくる。

 結局、どっちなんだろうか。

 でも、あれは人命救助だし、セリルがどちらであってもノーカウントだよね、とメイナは自分に言い聞かせた。


「ルークはどうなった? まさか私を助けて死んだなんて馬鹿なことはしてないだろうな?」


「あっちで戦っています」


 怪物と対峙して戦うルークを指差すとセリルは食い入るように見つめ始めた。

 どうやら、戦局はルークが優勢のようだった。


「お前、言ってもわかんねーだろうけどよ」


 怪物から繰り出される数々の攻撃をひらりひらりと躱しながらルークは呆れたようにため息を吐いた。


「魚が陸上に適応したからって陸で生きてる人間にはかなわねーだろ」


 避けざまにルークの重たい拳が怪物の横っ面に叩き込まれる。

 一瞬、動きは止まるがすぐに反撃に移る、先ほどからこれの繰り返しばかりでつまらない。いかにも知能が低そうなワンパターンの攻撃にルークは残念そうに肩を落とす。

 実際、動きを制限される水中の方が怪物がルークに勝つ可能性は格段に上がる。

 足が生えた時は少し期待したが、戦ってみればただの鈍足な的。一発一発の牙や爪を利用した攻撃は確かに強力ではあるが、当たらなければ意味がない。

 ルークにとっては目を瞑っていても避けることのできそうな攻撃。

 今まではメイナ達から気をそらすことに徹していたが、後ろ目で確認するとセリルも意識を取り戻したことがわかる。

 そろそろ潮時のようだ。


「魚って痛覚ねぇーんだろ? よかったな」


 少しは学習してか、ワンパターンから脱して怪物が初めて飛び上がり攻撃を仕掛けるが、身体の大きい怪物にとっては明らかな悪手。

 もし、相手が一般人なら押しつぶされるかもしれない恐怖から後方へ逃げるだろうが、ルークにとっては弱点の柔らかい腹を見せて止まるただの自殺志願者。

 瞬時に懐に飛び込んだルークは目視できないほどのスピードで拳を数発叩き込む。

 その拳は音を置き去りにした。

 時間差で怪物の腹に拳の衝撃が走ったかと思えば、その凄まじい衝撃に耐え切れず、爆発するように膨れた腹から夥しい血液が飛び散らせて、後方へ吹き飛んだ。


「ひぃ…」


 腹が破れ、身体を痙攣させるグロテスクな光景にメイナの口から思わず、悲鳴が漏れる。

 やがて、怪物は霧となって姿を消し、ルークの水晶へ吸い込まれていった。


「目を疑うな。あの怪物を体術のみで圧倒してしまうとは…」


 セリルの口からも感嘆の言葉が発せられる。

 怪物の返り血を浴びて、全身を真っ赤に染めたルークは平然とした顔でセリル達の前に立つと、水晶を見せびらかした。


「儲けた。あんな雑魚で30ポイントだぜ」


 37ポイントとなった水晶を眺めてキシシと笑うルークに二人は何も言えずに空笑いを浮かべていたが、セリルが唐突ルークに向かって頭を下げる。


「私の不注意で迷惑をかけてすまなかった」


 プライドの高そうなやつだ、と思っていたルークは一瞬、呆気にとられたように固まるが、すぐに悪戯っ子が相手をからかうようにーー


「あっちが疑似餌ならこっちは生き餌を使ったまでだよ。釣りは人間様の専売特許だろうが」


 そう言ってセリルの肩を叩いた。

 セリルがイラついた顔をなったのを見て、メイナが慌てて取り繕うとするが、セリルは堰を切ったように笑い始める。

 メイナにとっては挑発されて笑う意味がわからなかったが、取り敢えずケンカにならなくてよかったとほっ、と息を吐いた。


「んじゃ、セリルに15ポイント譲渡」


「な、なにをしてる!」


 涼やかな顔で水晶にそう告げたルークにセリルは慌てて制止をかけようとするが、時すでに遅し、霧となったポイントはセリルの水晶に吸い込まれていく。


「なにって仲間なんだから平等に分けるのは当然だろ?」


「私は今回、何もしてないどころか、敵に食われそうになったところを助けられているんだぞ!」


「いや、何もしてなくはないぞ」


 合点がいったメイナもぽん、と両掌を叩き、ルークと声を揃えて言う。


「「生き餌!」」


「お、お、お前らとは解散だ!!」


 肩を怒らせて、二人から離れていこうとするセリルの機嫌を直すのには結構な時間を要することになった。




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