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ヘクセリットの魔法騎士と紅月の悪魔  作者: 春野まつば
第1話 編入試験
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覗き目④


「学院長!」


 長い間、水晶を眺めてさすがにちょっと眠いなぁと欠伸をしている時に再びアデリーヌが血相を変えて駆け込んできた。


「なんじゃ、騒々しい」


 正直相手にするのも面倒臭い女だったが、彼女の採用を決めたのは自分。仕方なしに用件だけでも聞くことにする。

 アデリーヌの顔には汗が垂れ、それがただ事ではないことがわかる。


「誰があんなに恐ろしい魔物を洞窟に放ったんですか?」


 はて、と学院長はアデリーヌがどの魔物のことを言っているのか見当がつかず、首を傾げる。


「この魔物ことです!」


 水晶に投影された映像は水晶に保存される。

 アデリーヌが突きつけた水晶にはほんの一瞬だが、受験者を襲う黒い影が映った。


「これは…誰が作ったんじゃっけなぁ…」


 思い当たる節がない。

 大体、少しばかり危険な魔物の具現化はゼピアが受け持っていたが、記憶の片隅にも残っていない。


「いい加減にしてください! こんな凶悪な魔物、死人を出して当然です!」


「う〜む、じゃが記憶にないものはないからのぅ」


 学院の教員が魔法で作り出した魔物にもすべて目を通したはず。やはり、その中にもアデリーヌに見せられた水晶に映る魔物はいなかった。


「考えられるのは…」


「考えられるのは?」


「本物じゃな」


「ふざけないでください!」


 堪えきれず、アデリーヌの手がゼピアの胸ぐらをつかむ。

 その手を優しく解いて、ゼピアは顔を引き締めた。


「それしか考えられぬからのぅ。今から討伐でも遅くはない。試験官教員は緊急時にむけて待機。…それと白竜騎士隊にも招集をかけておいてくれ」


「わ、わかりました!」




 セリルを探しに水中に潜ったルーク。

 驚異的な水の透明度のおかげで視界は至って良好である。

 ルークが息を止めていられる時間は調子がいい時で二分半。だが、それは動かず息を止めている時だけの状態でのことだ。

 水中での戦闘となればその息が持つのは半分以下。それに人が溺死するまでに大体五分ぐらいだっただろうか、長引くとセリルの死の危険性が高まってくる。

 なるべく迅速に助け出さなくては…。

 悪魔と呼ばれる少年に神が味方したのか、セリルが幸運だったのか、湖の怪物は容易に発見することができた。

 ルークは腰のナイフを握りしめ、目標に向かって泳ぐスピードを早める。

 ルークが気がついたのと同じぐらいに怪物の方も自分に向かってくるエサの姿に気付く。

 水中では魚の方が圧倒的に推進力は上。必死に泳ぐルークの眼前まで怪物はいとも簡単に近づくと鋭い牙の並んだ大きな口を開けた。

 それを予測していたようにルークは怪物が起こした水の流れを利用して、ひらりと横に躱すと怪物の眼に握ったナイフを突き立てる。





「本当に大丈夫かな…」


 メイナは黙ってルークを送り出してしまったことを酷く後悔していた。

 結局、自分は友達の危機に黙って見ていることしかできないのだ、と。


「ううん、わたしにできることを探さなくちゃ!」


 気合をいれるようにメイナは自分の頬を叩き、抱えていた大きなリュックをゴソゴソとあさり始める。


「えっと、これは踏むと電気が流れて痛いやつだし、これは満腹感を与える魔法薬。こっちは空調機能付きランプだし…」


 もぉっとメイナは自分が大量に持ってきた魔法具が今、なんの役にもたたないことに苛立ち、リュックを放り投げた。


「やっぱり、なんもできないじゃないの…」


 頭を抱えてその場にうずくまっていると水面にぷくぷくと泡が立ち上ってくるのが見えた。


「ルークくん!?」


 その問いかけに答えは返ってこず、水面が真っ赤な鮮血に染まっていく。

 嫌な予感を感じてメイナの顔が真っ青に変わっていったその時に、大きな水しぶきをあげて巨大な影が飛び上がった。

 それが、すぐにオルガ達を襲った怪物だとわかるが、メイナの顔は歓喜に満ちていた。


「ルークくん!」


 怪物の眼にナイフを突き立てたままその背中にまたがったルークと魔法製の釣り糸を使っていたことが幸いして食べられることなく糸に身体を絡ませたまま提灯部分にくっつくセリルの姿があったからだ。

 高く飛び上がりすぎた怪物は湖の岸に腹を打ち付けて陸上を転がった。

 その隙にルークはセリルに絡みつく糸を素早く切り裂いて、地面に着地する。


「また泣いてんのか、泣き虫が」


 心配をしていた相手に開口一番にそう言われ、またメイナの目に涙が溢れてくる。


「ち、違います。これは…」


 嬉し涙だった。

 また友達を救うこともできないのか、と悔やんでいた自分の元に傷一つなく帰ってきたルーク。これほど嬉しいものはない。


「泣いてる暇はねぇぞ。あいつ、まだやる気満々だし」


 陸上を跳ねていたかと思った巨大な提灯鮟鱇のヒレがミシミシと音を立てて変形していく。

 水中生物かと思っていた怪物はヒレの代わりに手足を生やし、あっという間に陸上に適応してしまった。


「まな板の上のなんたらって言うんだっけ? 陸にあげちまえばそんな感じだと思ってたんだけどな…」


 地鳴りを立ててゆっくりと近づく怪物を見て、残念そうにルークは苦笑を漏らした。


「あぁ、こいつ頼むわ。たぶん生きてるし、人工呼吸してやれば大丈夫だろ」


 ふと思い出したようにルークは抱きかかえていたセリルの身体をメイナに預ける。


「じ、人工呼吸ですか!?」


「あぁ。俺はあっち相手しねーとなんねーしさ」


 まぁそうだよなと納得するメイナ。

 だが、人命救助とはいえ、初めてのキスなんて…。

 地響きを立てて迫り来る怪物と睨み合っていたルークは戸惑うメイナの方を振り向いて、


「男が男にキスされるよりも女にされた方が嬉しいだろ?」


悪戯っぽく笑った。


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