覗き目③
「お前が殺して奪った…てのはなさそうだな」
「わたしは…人殺しなんてしません…」
少しは落ち着きを取り戻したのだろうか、相変わらずぽつりぽつりと紡ぎだすように喋るが、メイナはしっかりと否定した。
「わたし…洞窟に飛ばされてすぐに受験者の仲間ができたんです」
一次のふざけたくじ引きという試験でかなり人数は絞られたとはいえ、それでも二百人ぐらいいる受験者。ルークもセリルと開始直後に会ったことから受験仲間と出会うことはそう珍しいことではないな、とメイナの言葉に黙って耳を傾ける。
「一人はオルガちゃんという剣技が得意な優しくて頼もしい女の子でした。もう一人はギーゼルベルトくんといってオルガちゃんとはよく喧嘩をしていましたが、いざという時はわたしとオルガちゃんを守ってくれる真面目で強い男の子でした」
そこまで言ってメイナは右腕についた自分の水晶をルークに向ける。
水晶に表示されるのは32ポイント。
色々と時間を浪費してしまっていたルークたちにとっては結構な高ポイントである。
「このポイントもわたし一人では決して得ることができなかったものです。何もできないわたしにも平等に討伐ポイントを分けてくれたんですから…なのに…わたしは…」
そこからまた、話から推測するに死んでしまったであろうその二人のことを思い出してボロボロと泣きだしてしまう。
メイナは傍らに置いてあったあの大荷物を抱きしめて肩を震わすばかりだ。
後方で魚が跳ね、静かな洞窟内に響き渡る。
肝心な何が起きたのかを聞けず、ルークは困ったように髪をわしゃわしゃとかき乱す。
「辛いのはわかるけどよ、一体何があったんだよ?」
我慢できず、そう問いかけたルークの言葉にメイナは一言だけ返す。
「…見殺しにしたんです…」
小さな声だった。
広い洞窟内にできた空洞で反響した言葉。おそらく街中では雑踏にかき消されるような儚い声で発せられた言葉をルークの耳は確かに聞いた。
見殺しにした、会ったのは息を引き取った後だったが、フレデリックに殺された生徒の姿を思い浮かべ、あれも見殺しにしたということになるのかもしれない、とルークは一人思った。
「でも、これは試験だろ? あのジジイも最悪死ぬみたいなこと言ってたじゃねーか」
心なく発せられたルークの言葉にメイナは顔を上げてか弱い少女から出される剣幕とは思えない迫力を帯びた声で反論する。
「じゃ、じゃあ、ルークくんは目の前で友達が殺されても何も思わないんですか!!!」
ぎっと睨みつけてくる、自分には到底力ではかなわないであろう少女にルークはたじろいでしまう。
確かにな、と人生という単位で考えれば短い時間だが、この洞窟に入ってからずっと行動を共にしている仲間や友達と言えなくもないセリルを浮かべて後ろ目でその姿を確認する。
「…あれ…?」
「ど、どうしたんですか?」
「いない。…セリルがいない」
さっきまで対岸で釣りをしていたセリルが忽然と姿を消してしまっていた。
音もなく、突然に。
「セリル…?」
「あぁ、俺と一緒にいた男か女かわからないヤロウのことだよ」
辺りに姿はない。
湖に落ちたか、と水面を覗き込もうとするが、ルークの足に負荷がかかるのを感じた。
「湖に近づいちゃダメです!」
震えた小さな手で力強くルークのズボンを握りしめるメイナ。
「溺れてるかもしれねーだろ」
その手を振り払い、ルークは水面を覗き込む。透明度が高かったことが幸いしてか、水深は深いが確認は楽そうだ。
「オルガちゃんたちが死んじゃったのはこの湖にいる怪物のせいなんです!」
その言葉に振り返ったルークの後ろで大きな水音がした。
「危ない!」
巨大な提灯鮟鱇のような怪物がルークに牙を立てて迫り来る。
反応が遅れたが、肩を掠めるぐらいの紙一重で転がるようにその牙をルークは躱し、素早く立ち上がる。
横っ面に拳を叩き込んでやりたかったが、怪物は水深くに逃げ込んでいった。
その一瞬でルークとメイナは確かに見た。
怪物の提灯にぶら下がるセリルの姿を。
「あ、あれが怪物のやり口なんです。提灯の先についた魚のような疑似餌で釣り人を逆に釣り上げてしまうんです」
地面に転がったため、汚れてしまった一張羅の埃を払い、ルークは誘い出すように湖面に近づいた。
「どうやら警戒されちまったらしいな」
姿を現さない敵を待てず、ルークはその場で準備体操を始める。
「な、何をする気ですか?」
「なかなか顔を出さない臆病者の討伐に」
「へ、へぇ!? そんなの無茶です」
水中を得意とする魚の怪物に無謀にも相手のフィールドで戦いを挑もうとするルークにメイナは必死にやめるように説得を試みるがーー
「大丈夫だよ、俺はどこでも強い」
ーーその自信満々な顔から発せられた言葉に何も返せず、黙って湖に飛び込むルークの姿を見送った。




