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ヘクセリットの魔法騎士と紅月の悪魔  作者: 春野まつば
第1話 編入試験
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覗き目②

 今まで幾度となく衛兵や自警団に刃を向けられた事のあるフレデリックは初めて演技でもない心の底からの悲鳴をあげた。


「ま、待て待て待て待て待て待ってくれえぇぇぇぇぇぇ〜!!」


 まず目がヤバイ。

 目的のためなら人を殺せるやつのするマジの目。

 人殺しのフレデリックだからこそルークが冗談や脅しで言っているのではないことがわかった。


「ほ、本当だな? ポイントを譲渡したら許してくれるんだな!?」


 つい先刻までただの馬鹿と見下していた奴に必死の命乞い。

 フレデリックに恥や外聞はなかった。ただただ生きて帰りたい、それだけが頭にある。


「嘘はつかねーよ」


 ルークのその言葉を待って、フレデリックは自分の水晶に言う。


「譲渡! 目の前の赤髪にポイントを譲渡っ!!」


 だが、なにも起こらない。

 ルークの手に力が入る。


「ま、待ってくれっ! 名前! そう名前だ。譲渡には相手の名前がいる!」


「…ルークだ」


「ル、ルークだな! わかった! すぐやる。すぐやるから殺さないでくれぇ〜!!」


 冷や汗をだらだら流しながら再び、水晶に譲渡することを告げる。


「ルークにポイントを譲渡する!!」


 フレデリックの水晶から出た霧がルークの水晶に吸い込まれていく。


「これで許してくれるんだろ!? なぁ!」


 ルークは自分のポイントが1から16ポイントになるのを確認して、フレデリックの胸ぐらを掴む手を離した。

 助かったと胸をなでおろすはずだった。


「…あぁ」


 フレデリックの顔面にルークの拳がめり込む。殴れたその勢いで壁に背中をしこたま強く打ち付けた。


「ひゃ、ひゃんで…?(な、なんで…?)」


 じゃりじゃり、と小石を潰してゆっくりと近づいてくるルークにフレデリックはボロボロになった歯で問いかけるが、まともに発音ができない。


「殺さないとは言ったが、殴らないとは言ってないからな、俺は」


「ひ、ひきゃうらぞ〜〜! ひゃひゃひゃめてくひぇ、ひゃのむ〜〜!!」






「な、なんだこれは…」


 大量の魔力消費のため知らぬうちに眠ってしまっていたセリルは目を覚まして一番に自分が倒した時よりもボロボロになってのびているフレデリックが目に入った。


「おう、起きたか」


 端っこに座り暇そうに石を積み上げてタワーを作っていたルークは立ち上がり、セリルに近づくと得意げに水晶を見せびらかした。


「あいつから奪っといたぞ」


「なんだ、私が眠っている間に終わっていたのか」


 ボロボロになったフレデリックはルークが拷問でもしてあのようになったのかと合点がいったようにセリルは頷いた。


「セリルに8ポイント譲渡」


 ルークが水晶に譲渡を宣言し、セリルのポイントが9ポイントとなる。


「私が8ポイントももらっていいのか?」


「いいのかって、倒したのはお前だろうが」


「だが、奪ったのはルークだ」


 譲り合うのが面倒臭くなってルークは手をひらひらと振ってセリルの言葉を制止する。


「ポイントは稼げばいい話だろ? それよりも結構時間経っちまったし、出口を探しとこうぜ」


 時計がない今、何時間ほど経ったかはわからないが時間を無駄にしていることは確かだ、ルークの意見にセリルは同意して二人は出口に向けて何時間かぶりに歩を進めることにした。

 しばらく歩き続けると、セリルが口元に人差し指をつけてピタリと動きを止める。


「水の音がするな」


 セリルは耳をすますように目を瞑って、水の音が聞こえる方向に止めていた足を動かし始める。

 ルークも言われるがままにその後をつけた。


「湖みたいだな」


 微かに聞こえる水の音を頼りに歩き続けると二人の前に巨大な湖が姿を現した。

 水は絵の具を垂らしたように綺麗な水色で洞窟内とは思えないほど明るい。その明るさがヒカリゴケのおかげだとセリルはすぐに気づいたが、ここは他のどんな場所よりも幻想的に二人の目には映った。

 セリルは水辺に近寄って、試しに水を手のひらですくって口に含んで見る。


「塩分はない。飲めそうではあるな」


 湖自体少々、幻想的すぎる色をしているがすくってみれば無色透明の至って普通な水。

 時折、魚たちが水面を跳ねるのを見て食料も確保できることがわかった。


「少し休憩をするか。サバイバルでは貴重な水分が確保できるし、魚も取れそうだ」


 フレデリックと戦闘した場所から体感で二時間ほど歩いたか、セリルは腰を下ろし、斜めがけ鞄から準備をしておいた糸と針で釣りを始める。

 ルークの方はといえば、セリルの前で洞窟の広い空間の真ん中にぽっかりとできた湖の対岸をじっと眺めていた。かと思えば何かを発見したか、セリルの方にくるりと振り向いてそこを指を差す。


「知り合いだわ、あれ」


 天井から滴り落ちる水滴の音に混じって微かにだが、少女のすすり泣くような声が聞こえる。

 ルークにはその泣き声の正体である少女を知っていた。

 メイナである。

 ちょっと見てくる、と小走りでルークが駈け出していき、セリルも後を追おうとするが、糸がぴくりと動いて獲物がかかったことを知らせる。

 どうやら結構な大物らしく、保存食の干し肉やドライフルーツだけというのも味気なく感じていたセリルは大丈夫だろう、とルークの背中を見送った。


「おい、大丈夫か?」


 膝を抱え、ぐすぐすと下を向いて泣き続けていたメイナはルークの声にびくりと身体を強張らせ、ゆっくりと上を向く。

 目からは大粒の涙が次々と零れ落ち、真っ赤に腫れ上がっている。

 外傷はなく、怪我をして泣いていたわけではなさそうだ。


「ルーク…くん…?」


 目の前に立つ人物が幻ではないことを確かめるように手を伸ばし、触れると力強くルークのズボンをぎゅっとを握った。


「わ、わたし…ひぐっ…ぐすっ…一人になっちゃいましたぁ…ぐすっ」


「そりゃあ、一人になるだろ。試験だし」


 なんだ寂しくて泣いていたのか、とルークは呆れ気味に言うが、メイナは勢いよく首を横に振った。

 無言でルークの前に差し出されたメイナの左手に握り締められた水晶が二つ。それは真っ赤な鮮血に染まっていた。

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