サバイバルに潜む悪意④
「あの一次試験に使った紙には仕掛けがしてあっての、潜在魔力が一定値に満たない者には文字は浮びあがらない仕様になっておるんじゃ」
アデリーヌはゼピアの瞳の奥を隠し事がないかを探るようにじっと見つめた後、小さく嘆息した。
「…真実かは疑わしいですが、まぁいいでしょう。それで二次試験の問題についてはどういうお考えをお持ちですか? このままじゃ殺人や強姦など問題が多発するのは時間の問題じゃあないですか?」
詰め寄るアデリーヌからゼピア顔を背けあからさまに面倒くさそうな顔をするが、それを無理やり前を向くように強制される。
「大丈夫じゃて、死ぬことに関してはワシは忠告したし、フレデリックとかいう三流犯罪者はほれ、例の悪魔くんとかわゆい子が絶賛退治中じゃ」
水晶に映るルークとセリルを見て、ゼピアはニンマリ笑う。
「それにじゃ、もしもの時のためにお主らのような優秀な先生方を待機させておるのじゃ。特にアデリーヌ先生には期待しておるよ」
「ゆ、優秀ですか…。わたしに期待している、ですか…」
ぽっと頬を赤く染め、もじもじしていたかと思えば、顔の緩みを治すようにこほんと咳払いをして顔を引き締めた後、まぁ、いいでしょうとアデリーヌはその場を後にした。
はぁ〜と深いため息をつきゼピアはアデリーヌに背中を向けて聞こえないように蚊の鳴くような声でーー
「めんどくせぇ女じゃこと」
ーー呟いた。
いつの間にかセリルの足元に現れた猫ほどの大きさのトカゲを見て、フレデリックは一度距離をとる。
オリジナル魔法が攻略され、自分でも驚くほど慎重になっているのを感じた。
「なんだぁ〜そいつは〜?」
当然、セリルから返答が返ってくることはない。それはそうだ、自分から切り札とも言えるオリジナル魔法を説明するやつなんていない。
「もう一度聞く。お前が試験を受けに来た理由はなんだ?」
「…ヘクセリットの騎士ってのはよぉ、色々な特権が与えられるだろぅ? 人を殺したって大義名分を作っちまえばいいわけだし、国に仕えちまえばオレみたいな犯罪者だって簡単には捕まえることはできねーじゃんかよ? 人殺しをしながら胸を張って生きられる、こんな美味しい話があるかぁ?」
セリルは嫌悪に顔を歪める。
「…ますます救えないやつだな」
フレデリックは自身の思惑を吐露しつつ、トカゲの様子を伺う。
のそのそと地面を這う様からはとてもスピードに特化した魔法、または使い魔とは思えない。おそらく、あのトカゲは連携用か…。トカゲが自分に隙を作らせるか、セリルが作らせるか。考えられるのはその二つ。
ならば先にトカゲの方を仕留めてしまえばいいだけだ。
「くらえよぉ〜!!」
狙いはトカゲのみ。
フレデリックから放たれたイカした豪速球は風を切り、真っ直ぐとトカゲの眼前へと迫る。
ぱくり。
そんな擬音が相応しいか、直撃と思われたフレデリックの放った石つぶてをトカゲは美味しそうに一飲みで片付けてしまった。
トカゲは心なしかお腹も膨らみ上機嫌そうに見える。
それを見てフレデリックはある結論に達した。
「はっはぁ〜ん。お前のトカゲ、攻撃型ではないな。主人を攻撃から守る魔法とみた」
フレデリックはびしっとセリルを指差す。
ただの壁なら恐れるに足りない。
それがわかるとフレデリックは一足飛びでセリルとの距離を詰める。
警戒したかセリムを後ろに飛び去るが、鈍足のトカゲはついていけず、フレデリックに踏みつけられた。
きゅっと短い悲鳴をあげて、トカゲはバタバタと暴れる。
「ひゃはははは! 弱い弱い弱い! なんだこのトカゲはぁ? オレのイカした豪速球を食っちまった時はちぃ〜っとばかし驚いたが、生身の人間相手にこのザマだ。ケツを拭く役にも立たねーできそこないじゃないかよぉ〜〜!!?」
「…トカゲが追い込まれた時に何をするか知ってるか?」
「…なっにぃ!」
フレデリックが確かに踏みつけていたはずのトカゲがいつの間にかセリルの足元に戻っていた。
足をあげて確認すると自分が踏みつけていたのはビチビチと動くトカゲの尻尾だということに気付く。
「こいつは大食い蜥蜴。見た通り、相手の魔法をエサに生きている。が、身体が小さい割によく食べるのでな、排便も近い」
「ま、まさか!!」
フレデリックの靴底には大食い蜥蜴の糞と思しきものがべったりと付いていた。
どうやら尻尾を切り離して逃げる際に排便をかましていったらしい。
「てめぇ、良くもこのオレにウンコなんて踏ませやがったな」
「靴の裏をよく見てみろ。ただの糞じゃない」
ジリジリと何かが焦げる匂いがフレデリックの足元から立ち上る。
「こ、これはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
言わば動物性爆弾。フレデリックの靴底についた大食い蜥蜴の糞がドォン、と大きな爆発を起こし、辺りの岩を吹き飛ばして黒煙を舞い上げた。
「あっ…がっ…」
黒焦げになって倒れるフレデリックを見下ろしながらセリルは大食い蜥蜴の頭を撫でる。
「食った分だけ爆弾の威力は増す。お前みたいに力任せの魔法を撃ってくるやつにはぴったりのヤツだ。…まぁ、技の見た目が汚いのが玉に瑕だがな」
「よっ、おみごと大将」
退屈そうに端に座って、セリムの戦いを見ていたルークはセリムを冷やかすように肩を組む。
対してセリルはうっとうしそうにルークの腕を外し、身体に付いた埃を払った。




