サバイバルに潜む悪意③
死体を背にルークは辺りを見渡す。見渡すといっても先に広がるのは暗闇の世界。どちらかというと気配を探るに近い。
「まだ、悲鳴を聞いてからそんなに経ってねーよな?」
「あぁ、恐らくまだ近くにいるな」
じっと音を立てないように緊張の糸を張り詰め不意打ちに備えているとルークは視界の右端に何かが揺らぐのを視認した。
半身だけ横に避けてそれをやり過ごすとその先で硬い物が壁に当たって砕けるような音がした。
「あいちゃー外れちまったかぁ〜。って、外れた方がいいやろがいっ!」
コツコツ、と足音を立てて自分の言葉にセルフツッコミを入れる陽気な声が暗闇を背負って近づいてくる。
「お前がやったのか?」
やっと姿を確認できる距離まで近づいてきたのは右腕にドラゴンを象った派手な刺青をした強面な顔の男。ルークの問いにヘラヘラと気障りな笑顔を浮かべる。
「おう! おうおう! おうおうおう! 殺ったのはオレだよおぉ! しょっぼいポイントしか持ってなくてイラついちまってよぉ〜〜!!」
「なんだお前。薬でもやってんのか?」
男の妙なテンションにルークは微苦笑を浮かべる。
「や〜く〜!? 薬なんかよりも人殺しの方がもっと決まるぜぇ〜〜! オレが薬なんて犯罪行為するわけないでぇ〜ろ〜が、ボケ!! って人殺しも犯罪やろうがっ!!!」
少しは緊張していた自分がバカらしくなってきてルークはがくん、と肩を落とした。
学院ってこんなやつまで試験受けさせてるのかよ…。
「私達に近づいたのはポイントが狙いか?」
セリルは消沈するわけでもなく、凛とした表情でイかれた男と向き合う。
「ポイントぉ〜? まだ始まったばかりなのにポイント狙いで人を殺すか、オカマ野郎! 楽ぴーからに決まってるだろ? まぁ、オレは〜少ないポイントもきっちりもらっちゃうケチンボちゃんだがなぁぁあああ!!」
男の両手が光り、風を切る音がしてセリルの頬を何かが掠める。
頬を伝う血をセリルは袖で拭った。
「とんだ下衆だな」
短く、だが冷たくセリルは言い放ち、ルークに視線を向ける。
「ここは私一人で充分だ」
怒りに満ちた目でセリルは男へと静かに歩み寄る。
「ふぉう!! かっこいいなぁお前! 今だから言うけどよぉ〜オレの願望としてはよぉ〜一度よぉ〜てめーみたいなやつを犯してみたかったんだぜぇ〜!!」
ぴちゃぴちゃと口の中で音を立てて、男は心底嬉しそうに叫んだ。
男の手が光を帯びる。先ほどの魔法を放つ予兆である。
「いかした豪速球」
男の手から音速で放たれた光弾をセリルは紙一重のところで避ける。少し掠めたか、衣服の肩がわずかに薄汚れた。
「大した魔法ではないな」
肩をポンポンっと払ってセリルは涼しげな顔をする。
「ひゃひゃ、何言っちゃってるの? 当たってんじゃ〜ん?」
ベロベロと舌をだして挑発する男にセリルは肩についた埃を手のひらにつけて見せた。
「光弾の正体は石つぶて…だな。確かにスピードは速いが軌道は直線的で読みやすい。とんだ子供騙しの術だ」
ずばり、自分のオリジナル魔法の正体を言い当てられた男は動揺を隠しきれないほど狼狽える。
男にはこの技に絶対的な自信があった。どんな手練れにも負けないオリジナルに。
この男の名はフレデリック。数々の犯罪を犯してきた指名手配犯である。フレデリックは実際に幾度となく自分を捕まえようとする衛兵や自警団の連中を相手にしてきたが、この魔法を使い、数々のピンチを乗り越えてきた。
そんなオリジナル魔法がたかが受験生に、しかも見られたのは二度だけで正体を見破られてしまったのだ。
「だ、だけどよぉ! 正体がわかったって全部よけ切れるとは限らねぇ〜〜よなっ!!」
「…やってみればいい」
先ほどのよりも速く、多く、散弾式に。
フレデリックはセリルに向けて、自身が一度に放てる十八発の光と化した石つぶてを打ち込む。
しかし、セリルはそれをひらりと最小限の動きで躱してしまう。
「もうその攻撃が私に当たることはない。最後に一つだけ聞きたい。お前はここに何をしに来た…?」
ぼんわりとセリルの足元にトカゲのような生物が現れた。
「理解できません!」
二次試験の様子を洞窟内の至る所に設置された水晶から送られ、中の様子が映し出される巨大な水晶の前に座って楽しそうに眺めるゼピアを学院教諭のアデリーヌは糾弾した。
「何が理解できんのかのぅ?」
ちらりと一瞥してゼピアは水晶に視線を戻す。
その様にアデリーヌはグラマラスな身体を震わせ、ホクロのついたセクシーな口元からはゼピアを非難する言葉がつらつらと述べられる。
「信じられません。一次試験は運次第のくじ引きで、二次試験が実質殺し合いのサバイバルですよ? さらに驚いたのはあの手配犯のフレデリックが試験をのうのうと受けていることです!」
ゼピアは顔をしかめてそっと耳をふさぐが、その手をアデリーヌは勢いよく振り払う。
「ちゃんと説明をして頂きます!」
「わかったわかった。みなまで言うでない。一次試験は厳正なる審査をちゃ〜んとしておるわい」
「と、言いますと?」
得意げにゼピアは人差し指を立てた。




