2-1章 街の裏側
第二章 新広島の裏側
1 静かなる地下
それから数十分後。
健児と愛莉、悟の三人は新広島の地下を走る地下鉄を使って、総合学生寮へと向かっていた。
ロングシートの座席に健児と愛莉が座り、二人に向かい合うように悟がつり革を持って立っている。
「悪いな、嫌なとこ二人に見せちまって」
悟はつり革に身を任せ、体を軽く揺らしながら口を開いた。
「いいよ、別に。お前にはお前の世界がある」
健児がそういうと、愛莉もそれに続いて首を縦に振って、
「それより、悟がカラーギャングのリーダーだったってどういう事?」
「ああ」
悟は唇を少し噛んだ。
悟は考える。これから話すことを言ったら、二人に嫌われるんじゃないだろうか。
だが、二人に隠し事はしたくない。
なにより、自分から逃げたくない。
悟は口を開いた。
「俺は馬鹿だ。大馬鹿者だ。二人とも、今から俺を笑いたければ笑えばいい。少し長くなるが、良かったら聞いてくれ」
その言葉に健児と愛莉は、少なくとも悟の口から明るい言葉が出てこないだろうと感じた。
悟は続ける。
「なあアイリーン?」
「何?」
「お前は、この街はどんな街だと思う?」
「超能力の街、かな。あとは……」
愛莉は真剣に考える。今まで自分が見た新広島に関連ずるテレビ番組や教科書に載っていたことを思い出しながら。
「そうね。東京に次ぐ新たな首都だったり、『第二次関東大震災』からの復興の象徴だったり、そんなとこね」
「まあ、そうだよな」
悟は納得し、共感したかのように頷いた。
「健児もそんなトコだろ?」
悟が健児にも尋ねると、健児は頷いた。
「俺も、最初はそうだった。だが、俺が超能力を手に入れたときに『ネオ』と呼ばれるカラーギャングと出会った。あの当時、『ネオ』は新広島で群を抜く強さだった。分かるだろ? 強さに憧れる俺の気持ち」
健児と愛莉は静かに頷く。
「で、俺は躊躇することなく『ネオ』に入った。入ってしまえば簡単なもんだ。俺はレベル6という実力の持ち主。すぐに『ネオ』の新リーダーになった。そこまではよかったんだがなあ」
そこまで言うと、悟は黙り込んでしまった。
だが、何か重要なことを話されてないような気がして、健児らはどこか納得しない様子である。
「あのさ」
「どうした? 健児」
「大垣さんが『乃夏から逃げるの?』って言ってたけど、あれは?」
悟は唇を噛みしめ、悔しそうに答える。
「あれは俺の彼女だ。今はもう亡くなった」
「……」
「俺が彼女よりも『ネオ』を優先させたんだ。だから、乃夏は死んだ」
健児と愛莉はそれ以上聞いてこない。
「俺は、大切なものを失った後に思い出したんだよ。
こんな事をするために新広島に来た訳じゃないって事に。
だから俺は『ネオ』を辞めた」
愛莉は悟の顔を見た。
「悟……」
「いや、昔のことはもう良いんだ」
そう言って悟は鼻で軽く笑った。
健児と愛莉は、悟のそれが空元気にしか見えなくてならなかった。
悟の話が一通り終わり、三人が落ち着きを取り戻したとき、健児は車内を見渡した。新広島の『外』の電車に比べ、『中』の電車は揺れも音も小さく、とても快適な事に気が付く。この辺りが『中』と『外』の技術の違いなのだろうと思いながら、天井に吊り下がるポスターに目をやった。
そのポスターは電車の微かな振動によってブラブラと揺れている。健児はこのポスターが紙に見えたので、いくら科学が発展しているとはいえこれは流石に紙なんだなと思ったが、すぐに最新鋭の薄すぎて紙にも見える超薄型のテレビが使われていることに気が付いた。
そのポスターには巨大な空母の写真と共に、何やら文字が書いてある。
「悟、あれは?」
そう言って健児は悟が分かるようにそのポスターを指さした。
「ああ、あれか。あれは新広島が最新技術を全部つぎ込んで、来るべき戦争に備えて造っている空中空母の『飛鳥Ⅲ』だ」
「「空中空母⁉」」
他の物を見ていて、健児の見ているポスターに興味を示していなかった愛莉まで食いついた。
「空母って戦争なんかで使われる巨大な船の船が空を飛ぶの?」
「ああ」
「凄いわね……」
「まあ、完成予定は二ヶ月後らしいけどな」
愛莉がうなだれている隣で健児は悟に質問する。
「じゃあ、来るべき戦争ってのは? 日本がどこかと戦争するってのか?」
その言葉に、悟は短く答える。
「多分、ロシアだ」
「ロシア? 何で?」
「ああ。あそこには新広島が管理する資料なんかのバックアップが置いてあるんだ。そこへ最近、反新広島派のロシア人による襲撃が増えているらしい」
「何でそんな事を?」
「全ての原因は超能力だ。日本は『第二次関東大震災』発生当時に物凄い大不況に見舞われた。花の都と呼ばれた東京は地震と津波で破壊され、何とか生きながらえたボロボロの人間がその廃墟を歩き回る毎日。地震や津波に家族や友人、恋人を奪われ、人々の悲痛な泣き声が街に響き渡る毎日。いつもどこかの会社が破綻に追い込まれ、株主が倒産した会社に詰め寄り賠償を求める毎日。当時の日本はまるで地獄の様だったと聞く」
その時、愛莉の声が挟む。
「それを救ったのが超能力?」
悟は続ける。
「まあ、そんなモンだ。その頃からだからな。人間が超能力を手にしたのは。で、超能力は日本に新たな産業を巻き起こした。そのおかげで、震災のせいでどん底にいた日本は世界のトップに立った訳だ。当然、そのことを良く思わない人が世界にはたくさんいるんだよ」
悟の説明に、健児と愛莉は小さく頷いた。