第一章 旅立ち
この小説を読もうとしていただきありがとうございます。
まだまだ未熟者ですが、精一杯頑張るのでどうかよろしくお願いします。
感想を残していただけたら幸いです。
序章 神様が世界を捨てた
二十七年前、神様は世界を捨てた。
「本日、東京湾沖を震源とする大規模な地震が発生しました。マグニチュードは八・二。震度は……」
「私たちは東京上空のへりから中継しています。見てください! 大津波が東京の街を押し流していきます。あちこちで火災も発生しています。「花の都」と呼ばれた東京は、どこにもありません」
「そっちに生存者はいるか? いたら直ちに救出しろ!」
「脈がありません!」
「繰り返しお伝えしましたが、本日、東京湾沖を震源とする大規模な地震が発生しました。私たちの知っている日本はもうどこにもありません!」
マグニチュード九・二を観測する大地震が首都東京を襲ったのだ。
経済は大混乱し、日本の交通網は完全に麻痺した。
世界の歴史に残るこの大地震は、公式では「第二次関東大震災」と残されている。
その頃から人類に異変が現れる。
一部の人々が超能力を持ち始めたのだ。
「第二次関東大震災」の翌年、日本国政府は大きな被害を受けた首都東京の復興を断念。被害の少ない西日本であることから、広島県の東部に位置する東広島から尾道一帯を買い取り、新たな首都兼超能力の街「新広島市」を誕生させることを宣言する。
それから五年後、急速な都市開発により「新広島市」は完成した。
この一連の出来事を人々は、「神様が世界を捨てた」と呼んでいる。
首都兼超能力の街としての意味合いを持つ新広島には多くの超能力者が集う。当然、超能力に憧れてこの街に来る者も多い。
「第二次関東大震災」の爪痕を多く残す神奈川県厚木市に住む高校一年生、竹岡健児もその一人だ。
竹岡健児。一般家庭に産まれた。小一の時、妹を亡くしている。両親は健在で母は専業主婦で、父は海外へ単身赴任中。生まれ育った厚木市で暮らしていた。
彼女はいない。
そんな彼に転機が訪れる。
超能力への憧れだ。
両親からは地元の進学高校へ行けと言われていたのだが、それを振り切って新広島の高校に進学することにしたのだ。
そんな竹岡を、この街は裏切らない。
第一章 旅立ち
1 旅立ち
四月四日。
竹岡健児は地元の本厚木駅に来ていた。春休みも終わりということもあり、駅の構内はかなり混雑している。
これから電車に乗ろうとしている人、見送りに来ている人や迎えに来ている人など様々で、各々が大きなスーツケースや大量のお土産を持っている。
竹岡もその中の一人で、右手には大きなスーツケースを持ち、電車を待つ列に混じっていた。
竹岡は新広島の高校に進学する。今日はその新広島に向けて出発する日なのだ。
彼自身、故郷である厚木を出ていくことは辛いがそれ以上のものが新広島にはある。
実際、新広島に行くことが楽しみで昨夜はあまり眠れていない。
期待と不安が入り混じる竹岡なのだが……
「何でお前が一緒に付いてくるんだよ!」
竹岡の目の前には幼馴染みの一人である高梨愛莉がいた。腰まで伸ばした長い黒髪が自慢で、周りの視線を自然と集めてしまう程の容貌を持っている。事実、中学時代に一ヶ月に十四人の男子から告白されたという過去を持つ。
当時の竹岡もこれには驚き、「二日に一回は告られてるじゃねーか! 何で俺の幼馴染み様はこんなにモテるんだ⁉ チクショー‼」と思った程である。
何故か全て断ったらしいが。
「べっ、別に健児には関係ないじゃない! 私だって新広島に行って、超能力者になりたいんだし」
そう言って愛莉は頬を赤くする。
竹岡には幼馴染みが五人いる。幼い頃によく遊んだ人物だ。そのうちの一人がこの愛莉である。他に天使詩乃、都築悟、稲葉昌希、上月梓紗がいるが、梓紗は五年前に亡くなっている。
「そういえば昨日悟の奴からメールがあったんだけど……」
「あっ、私にも来たよ。入場ゲートまで迎えに来るらしいわね」
「おう」竹岡は小さく頷いた。「それと、」
「何?」
「悟から郵便でこれが届いたんだよ」
「何が?」
竹岡は上着のポケットから、それ程大きくない薄っぺらい本のようなものを取り出した。鮮やかな表紙には「新広島」という文字が大きく書かれている。
「新広島のパンフレットらしい。二冊入ってたから一冊は愛莉にやるよ。ほら。……悪いな、ほんとはもっと早く渡せば良かったんだが……」
申し訳なさそうに竹岡がそれを差し出すと、愛莉はそれを受け取った。
「ありがと」
愛莉はパンフレットの表紙に少し目を通してから、ページをめくり始めた。
愛莉の顔は、どこか嬉しそうである。
「へえ、地図も載ってるんだ……。あっ! 私、この店に行ってみたいんだよね」
(愛莉は昔から顔は良いんだけど何て言うかなあ……。狼少女とでもいえば良いのか……)
「そういえば健児さ」
「ん?」
「妹が産まれるんだって?」
「まあな。とか言いながら、あと二か月かかるらしいけどな」
愛莉は両手を腰で小さく振りながら、
「いいなぁ! 妹かぁ……。名前とか決まってんの?」
「春佳だって。竹岡春佳」
「綺麗な名前ね」
「一応、俺が考えたんだぜ」
竹岡はそう言って、狼みたいな美少女から自分の左腕の腕時計へと目を移す。
電車が来るまでまだ時間はあるようだ。
「何か、これ見てると新広島に行くっていう実感が湧くわね。悟に会うのも久しぶりだし……」
「そういえば小六の時から会ってないんだっけ」
「そうよね。詩乃は一昨年だっけ? 昌希は小五の時にどこかに転校したし、梓紗は小三の時に亡くなるし……。駄目ね、今でもあの日のこと思い出しちゃう。梓紗、もっと生きたかっただろうなあ……」
愛莉は自分で出した言葉に、俯いてしまう。
「……」
竹岡だって変わらない。梓紗が亡くなった日のことはよく覚えている。
それだけ、まだ幼かった竹岡たちには大きな出来事だったとも言える。
「まあ、私たちは梓紗の分まで生きろってことでしょ。それよりさ、健児」
愛莉はこの暗い雰囲気を何とかしようと、無理矢理話を切り替えようとする。
「何?」
「どうしよう! 新広島に行ったら私たち、超能力者になれるかもしれないんだよ!」
愛莉の表情が急に明るくなる。
竹岡は先の話の流れからして、愛莉の笑顔は作り笑顔だということにすぐ気付いたが、あえてそれには触れなかった。
「中二病でよくある『闇の炎に焼かれて死ねぇッ!』みたいなこともできるかもな……って、愛莉、何でそんなに俺から離れるんだよ」
「き、気持ち悪いわね。私はそんな意味で言ったんじゃないんだからっ!」
そう言って愛莉は、死んだ魚を見るような目で竹岡を見る。
「冗談だって……」
「んー……、何か健児が言うと冗談に聞こえないのよね……」
(俺ってそんなに信用無いの? 泣いてもいいっすか?)
「あらかじめ言っておくが、俺は中二病じゃないからな」
そんな二人に動き始めた時間を告げるかのように、電車到着のアナウンスがホームに響き渡った。
「あ、ようやく来たわね」
「はぁ……」
竹岡は肝心な事が話し切れておらず、どこかスッキリしないまま二人のまえに電車がやって来た。
「うわっ! スゲぇ人だな」
竹岡はドア越しにたくさんの人がいることに、思わず声をあげる。
「座れそうにないじゃない」
そう言って二人は、電車に乗り込んだ。
Episode:Kenji
俺たちが電車に乗ってしばらくすると、電車は動き出した。
しかし、人が多すぎる。
「これは座れそうにないな」
「でも、二つ先の『海老名』で乗り換えるんでしょ? すぐじゃない」
「そうだな」
こうして俺たちは、愛莉の一言によりつり革を使うことにした。
「てか、これから夜行バスで新広島まで行くってのが問題よね。飛行機で行けたらなあ」
甘えるような顔で俺を見てきやがる。本当にツラだけはいいよな、コイツ。
「仕方無いだろ? 飛行機高いんだから。まあ、確かに俺も飛行機使いたいが」
そうしているうちに、電車は少しずつ加速していく。俺の生まれ育ったこの街ともこれでお別れということになる。
次に帰ってくるのは夏休みかなあ。
その時、俺は隣にいる愛莉が自身のスーツケースから何かを探し出しているのに気が付いた。
「忘れ物か?」
「違うわよ。健児に見せたいものがあるの」
「まさか、新しいパンツ?」
「そう……って、ちがーう! 何て事言うのよ! ぱぱぱ、パンツってあんたねぇ!」
愛莉はすっかり頬を赤く染めている。
「冗談だっつーの」
「ふん! まあいいわ。これを見せたかったの」
そう言って愛莉は、スーツケースから小さなメモ帳らしきものを取り出した。色は青を基調としたもので白が縦に縞模様になっている。大きさはノートや漫画本よりも小さい。ライトノベルや小説本と同じといったところだろうか。正直、どこの店でも売っていそうである。
そうだ。
思い出した。
このメモ帳は妹が亡くなる前に俺にくれたものだ。
「ねえ健児。これがなにか覚えてる?」
ああ。
「思い出したよ」
これは、
「『運命のメモ帳』だ」
このメモ帳は不思議なものだ。書いたことが現実になる。
例えばこのメモ帳に『一万円が欲しい』と書き込めば、自分に一万円が手に入る。しかし、それを書き込んだ者は書き込んだ願望に見合う代償を受けなければならない。書き込んだ願望が大きければ大きいほど、受ける代償も大きくなってしまうのだ。
「せいかーい! まあ、元はと言えば健児のものなんだけどね。せっかくだから持ってきたの」
「でもそれって、梓紗が死んだときに公園の桜の木の下に埋めなかったっけ?」
「昨日掘り起こしたのよ」
この『運命のメモ帳』はどんな運命も変えてみせることが出来る。だが、死んだ人を生き返らせることは絶対に出来ない。死とは理だからだ。
そんな『運命のメモ帳』を梓紗が死んだ時、残された俺たち五人で公園の桜の木の下に埋めた。タイムカプセルのつもりで。
だからと言って、それを掘り起こした美緒を咎めたり責めたりするつもりは全くない。昌希と詩乃にはもう会うこともうないだろうし、話すこともないだろう。どこに転校したか分からないんだから。それに、最後まで残った俺と愛莉も厚木を離れてしまう。
だったら、『運命のメモ帳』を掘り起こしてもいいんじゃないだろうか。
「掘り起こすとき、スカートに土が付きそうで大変だったのよね」
愛莉は鼻で笑って続ける。
「で、これは健児のものなんだから、持っときなさいよ」
愛莉は俺に『運命のメモ帳』をさしだした。
「おう」
このメモ帳を持った時の感触。以前と変わっていない。手で上手く握れるこの感じが懐かしくて堪らなかった。
俺はふと窓の外を見る。
気付くと電車は相模川に架かる架橋を走っていた。
この川を渡ると、もう隣町だ。
俺は窓越しに厚木の方を見る。
じゃあな、俺の故郷。行ってきます。
こうして俺たちは横浜のバスセンターを目指す。
2 終わりの始まり
間違いだった。
本当に間違いだった。
「俺はもう一生親孝行しねぇ!」
「だから飛行機がいいって言ったのに」
愛莉は少し苦笑いした。
二人は今、その夜行バスから降り、路線バスで新広島を目指している。
客はそれ程多くなく、二人は後ろの角の席をキープした。
夜行バスなので、昨夜竹岡たちは全く熟睡できていない。揺れも激しく、飛行機と比べれば決して快適とは言い難い。しかもそれを一晩中。本当にきつかった。
「いや、さすがの俺も昨夜はびっくりしたよ。お前、バスの椅子に座って寝てるのに寝相悪すぎ。俺にキスしてくるのかと思った」
突如、愛莉のビンタが竹岡の右頬を襲う。
「痛ェ!」
バチン、と痛々しい音が車内に響き渡る。
同時に車内の視線も注がれる。
(おっかねえな、おい)
「べっ、別に健児とその……きっ、キスとか! そんなの有り得ないし!」
愛莉は恥ずかしそうに俯き、自身の薄ピンクの短いスカートの上で両手をモジモジさせながら言った。
顔は物凄く真っ赤である。
悪いこと言ったかなと思いつつ、竹岡はバスの外を見た。
しばらくすると、竹岡の目に巨大なコンクリートで出来た壁が飛び込んできた。
「おい、見てみろよアレ」
思わず愛莉を呼ぶ。
「どうしたの……って、あ!」
その巨大な壁はあまりの大きさ故、身構えているようにも感じられる。それもそのはず、その壁は高さ二十メートル、幅三メートルもあるのだ。それは新広島の周りを囲むように建っている。
なぜこのように大きな壁が建てられているのか?
答えは幾つかあるのだが、簡単に言うと新広島の警備のためだ。
『次は新広島東入場口。次は新広島東入場口』
録音してある女性の声のアナウンスがバスの車内に響く。
「愛莉、降りるぞ」
「うん」
二人は大きなキャリーバッグを両手で持ちながら、バスの前方に行き、カードで運賃を支払うと、
「よっ、と」
バスの出口にある段差を完全に下りて、バスの外へ出た。
最初に降りたのは竹岡だ。
いくら春だといえ、まだ四月の頭。しかも朝だ。肌寒い。
息を吸い込むと、冷たい空気が竹岡の体に入っていった。
外の空気は良いものだ。体全体に空気が伝わっていくのが良く分かる。バスの中は暖房が効きすぎていて、モヤモヤした空気だったのだ。
遅れて愛莉もバスの外へ出てきた。
「う~ッ、寒い」
そう言って愛莉は体をこわばらせる。
二人が乗っていたバスに目をやると、そのバスはUターンをして来た道を帰っていった。このバスはここが終点なのだ。
「めんどいけど歩くしかないか」
「新広島の『中』まで送ってくれたらいいのに」
竹岡と美緒は思い思いの言葉を吐き出して、歩みを進め始めた。
新広島の『中』に通じるバスは一本もなく、逆に新広島の『外』に通じるバスもない。鉄道も同様だ。
新広島が『外』と地上の交通機関を切断している、ということに理由がある。つまり、地下を走るリニアモーターカー、飛行機、例外として新広島と契約しているタクシーをつかえば『中』に入ることが可能だ。
だが、竹岡たちにとっては徒歩で入場するのが一番手っ取り早い。
巨大な壁も含めて、新広島がここまで厳しい警備をするのには理由がある。超能力者のDNAや一般に見せたくない資料が『外』から盗まれたり、流出させないためだ。
その程度の知識は、二人も持っている。
「デカい壁だな」
「中学の時、歴史の教科書に載ってたわよね」
その新広島の『中』と『外』を分断する巨大な壁。バスの中から見るとその大きさが良く分からなかったが、近くまで来ると、それが嫌というほど良く分かる。高さもかなりある。壁の上の方を見ようとすると、当然首を上に向けなければならないのだが、壁との距離が近く、壁があまりにも高すぎるので首が痛くなるのだ。
壁の外はいたって普通の景色である。どこにでもありそうな町の郊外だ。住宅地だが、田んぼや畑がチラホラと見える。しかし、巨大な壁の向こうには、テレビやインターネットなどでよく見た巨大な未来都市があるのだ。そう考えると、竹岡は妙な感じがしてならなかった。
バスを降りてから歩き始めて五分くらい経っただろうか。竹岡は新広島東入場口の前まで来ていた。
二人は足を止める。
「え? ここが入り口? 中に入れるってことじゃん!」
思わず愛莉の声が漏れた。
入場口は、鉄道のターミナル駅に似た雰囲気がしている。駅にあるような自動改札機がズラリと並んでいるからである。
新広島の『外』に出た新広島の住民は、各々が提出した外出届の控えのチケットを持っており、それを次々と自動改札機の中に入れて『中』へと入って行く。一方で竹岡のように初めて新広島に来た者には、専用の有人改札が自動改札機の一番端に用意されており、そこにいる係員に新広島への入場許可証を見せなければならない。
二人は入場口の建物に入ると、小走りで改札の係員の女性の元へと急いだ。少しでも早く新広島の『中』へ入りたいからだ。
二人は少し興奮気味に係員の女性に話しかける。
「錦城学園高等部に入学しに来た竹岡健児です!」
「同じく、高梨愛莉です!」
「……あの、許可証を見せてください」
「「あっ、はい!」」
二人は慌てて持っていたキャリーバッグから許可証を取り出すと、それを女性に渡す。すると女性は、手元にあるパソコンで何かを調べ、二人の許可証と照らし合わせた。
少しして、
「分かりました。ようこそ、新広島へ。竹岡健児様、高梨愛莉様、二人の入場を許可します。ゲートが開きますのでそのまま前にお進みください」
係員の女性がそういうとピーッという電子音が鳴り、二人の目の前にあるゲートのバーが開いた。
二人にとってそれは新広島への扉が開いたと同時に、夢の扉が開いたとも言える。
竹岡は思わず唾を呑んだ。
二人は開いたゲートに向けて足を動かす。一歩ずつ足を踏み出すたびに胸の鼓動が高鳴るのが分かった。
高鳴る鼓動は止まらない。
縮まるゲートまでの距離。
その距離およそ二メートル弱。
二人はそのままゲートを潜った。
一瞬だった。
ゲートを潜ること。それが何を意味するのか、竹岡は身に染みて感じた。
ゲートを潜り終えると、やることはただ一つ。二人の歩みは着々と出口に向かっていた。
二人の顔は実に笑顔である。
入場口を出ると、太陽の光が照り付けた。
時間は午後二時。
空は雲一つない晴天だ。
竹岡は体に新広島を吹く風を感じた。都会の風なのに、何故かとても心地よい。
―――――俺の、憧れた場所。
竹岡は思わず新広島の街並みを見渡すと、あることに気が付いた。
ここは今まで自分の目で見たことの無い程巨大な街だという事に。辺り一面に高層ビルが立ち並び、中には太陽光パネルが設置されているものもある。また、道路の上には架橋があり、モノレールや首都高速が通っている。
以前竹岡が歴史の教科書の写真で見た第二次関東大震災前の旧首都、東京も大都会であったが、その東京をこの新広島は遥かに凌いでいる。
今は平日の昼間だからか、あまり人や車道を走る車は多くない。だが、朝や夕方の通勤・通学の時間帯は人や車の流れが川のようになるのだろうと竹岡は予想する。
……さて、
幼馴染みの一人である、都築悟と合流しなければならない。
ふと、竹岡は横にいる愛莉の顔を見た。
すると、先程までの笑顔はどこに行ったのか、物凄い険悪な顔をしている。
「どうした? 怖い顔して」
愛莉は少し怯えるように答えた。
「健児、嫌な予感がする」
3 再会Ⅰ ―首都高での攻防―
突如、健児の左頬を走るような痛みが襲った。
「いッ!」
「健児!」
何か小さな何かが高速で飛んできて、それが擦れたことに健児は気が付く。
すぐに後ろを向くと、その飛来物は地面のアスファルトに当たり粉々になって跳ね返ったところだった。
粉々になったそれは透明で透き通っている。
(何が飛んできた⁉ 水晶? 氷?)
「健児! 血! 血が出てる!」
愛莉の言葉を受けて健児は痛みの走る左頬に手を当てた。
頬に手を当てると、確かに何か液体らしきものを感じる。それを目の前に持ってくると、手が真っ赤になっていた。
「何が、起こった?」
健児はもう一度頬に手を当て出血を確認する。血が止まらない。
その時、どこから来たのか一人の少女が、リボンで結われたポニーテールを揺らしながら二人の元へと走ってやって来た。
右腕には飾りなのか、青いバンダナが着いている。
少女は息切れを整えて、
「ごめんなさい。巻き込んじゃって。私は大垣希美。二人とも名前は?」
健児と愛莉は名前を伝える。
すると、希美が何か思い出したように話始めた。
「健児君と愛莉ちゃんって、もしかして都築悟を知ってる?」
「ええ」
答えたのは愛莉の方である。
「知ってるも何も、私たちは悟の幼馴染みだから」
「やっぱり! たまに悟が私に幼馴染みの事話してたから、もしかしたらと思ったんだ」
そう言って希美は健児と愛莉の顔を見比べて続ける。
「さすがは悟の幼馴染みだけはあるわ。いい顔立ちしてる」
健児はそんなことはないと言わんばかりの表情になった。愛莉も少し照れたようである。
健児は照れながら、
「大垣さんも悟を知ってるのか?」
「色々あってね。それより、ここは危ないわ。どこか陰に隠れないと」
そう言って、希美が二人を近くの建物の物陰に先導しようとしたとき、三人の目の前に白いボックスカーが止まった。急ブレーキをかけたことから、運転手が相当急いでいる事が分かる。
そのボックスカーが止まるとすぐに運転手席のドアが開き、その中から健児ら三人と同い年くらいの少年が出てきた。髪は茶髪に染められているが、顔にはどこか幼さが残っている。
その少年は出てくるやいなや、三人に向かって叫ぶ。
「早く乗れ! 逃げるぞ!」
いきなり現れた少年が誰か分からず困惑しているのは健児と愛莉だ。
だが、希美だけは違った。
「悟⁉ 何でこんな所にいるのよ」
「悟⁉ アイツが⁉」
健児がそう言うと、健児と愛莉は改めて茶髪の少年を見た。
(俺は小学校を卒業してから悟を見ていない。俺の記憶が正しければ、俺たちの知ってる悟は小学生のくせに何故か妹モノの恋愛趣味レーションゲーム……、俗にいうエロゲーが好きだった)
健児は「悟の奴、変わっちまったな」と心の中で寂しく呟いた。
「俺は、お前らを助けに来たんだよ。健児にアイリーン! 久しぶりだな! 大垣も早く車に!」
「アイリーン⁉ だからアイリーンって呼ばないでよっ!」
(アイリーン、か)
健児は少しだけ鼻で笑った。愛莉が久しぶりにアイリーンという呼ばれ方をしたからだ
愛莉は小学生のころはアイリーンと呼ばれていた。だが中学に上がってから女子からは「愛莉」、男子からは「高梨さん」と呼ばれ始めた。
健児は小五の時から愛莉直々に「愛莉」と呼んでくれと言われたので今でも「愛莉」呼んでいるが。
三人は皆車に乗り込んだ。健児は助手席、愛莉は右後部座席、希美は左後部座席に。
全員が乗ったのを確認すると、悟はアクセルを思いっきり踏み、車を飛ばし始める。
先程まで少しの間止まっていた攻撃がまた始まった。
何発もの銃弾と思える物体が四人の乗る車目がけて飛んでくる。
その度に悟は車のハンドルを左右に切り替えし、巧に銃弾を避けて車を走らせる。
しばらくして、後ろに乗る愛莉が運転席と助手席の間から顔だけ出して話しかけてきた。
「何で悟は運転できるのよ。悟、まだ十五でしょ?」
「たしかに」
健児も愛莉に倣うかのように隣にいる悟を見た。
「これは、俺の超能力を使ってんだよ」
健児と愛莉はその言葉に驚く。
「超能力⁉ これが……」
悟は続ける。
「超能力の力の大きさは『レベル0』から『レベル7』にまで分けられる。『レベル7』は世界に八人しかいない最強だ。国の軍隊だって相手に出来る。で、俺は電気系統の『レベル6』だ」
「あ、私は『レベル5』の接触感応ね」
希美が会話に割って入ってきたが、気にせず悟は続ける。
「あらかじめ言っておくが、これは俺が盗んだ車だ。俺くらいの超能力者だったら、鍵を開けることは出来るし、エンジンをかけることだって出来る。あと、今俺は体から特殊な電磁波を出してているから、周辺の防犯カメラに俺たちは映っていない」
そこまで言うと悟はもう一発攻撃を避けた。タイヤを撃たれるのは御免だ。
いきなり悟がハンドルを右に切ったため、慣性の法則が働き、健児たち三人は大きく左にのけ反る。
のけ反りながら、健児は苦しそうに、
「じゃあ悟、今何が起きてんだ⁉」
「大垣から聞いてなかったのか⁉」
車が再び直進し始め、態勢を整えて健児は答える。
「ああ。いきなり俺に向かって銃弾か何か知らないけど何かが飛んで来たんだよ。今は止まったけど、その物体がおれの左頬を擦れて血が出た」
そう言って、先程まで血が止まらなかった左頬を悟に見せる。
「今起きてるのは、カラーギャング同士の争いだ。そうだろ? 大垣?」
悟はわざとらしく(・・・・・・)希美に問う。
それは嫌味にも聞こえた。
健児と愛莉もそのことに気付くが、なにか触れてはいけない空気を察し、ただただ聞くだけである。
希美は返す。
「そうよ。私の率いる『ネオ』と最近勢いを増すカラーギャング、『バベルの光』の抗争」
希美は落ち着いた口調で話した。
「やっぱりな。お前の右腕に着いてる青のバンダナ、俺があげたやつだろ?」
希美は「うん」と言って頷く。
そうしているうちにも攻撃は止まらない。
「街中で移動しながら狙撃とは、相当な腕の能力者だな。移動しながら撃って来やがる。みんな、シートベルトはつけたか?」
悟は他の三人に前を向きながら聞く。
「どうした?」と健児。
「一般道を逃げ続けると信号機もあるし危ない。だから高速に乗る。飛ばすぞ」
「待て悟!」
悟の言葉に思はず健児が止めに入るかのように突き返す。
「どうした?」
当然、悟は驚き気味に聞き返す。
健児は座席から少し乗り出し、頭上を走る巨大な高架橋を見ながら、
「高速って、俺たちの頭上にある首都高だろ? 首都高はほとんどが高架橋だ。逆に目立って狙われやすくなるんじゃ……」
そう言う健児はどこか腑に落ちない様子である。
確かにその通りかもしれない。今走っている一般道は頭上に大きな高架橋がある。それが狙撃の妨害に一役買っているのは間違いない。
だが、悟には揺るがない考えがあるらしく、健児の反論には動じなかった。
「確かに健児の考えも一理ある。だが一般道で車をこのまま飛ばすのは危険だ。一般道は信号でいつ混んでもおかしくない。狙撃からにげるのに事故を起こしたらそれまでだ。逆にこの時間、首都高は空いている。多少飛ばしても問題ない。あと、やりたいことがある」
「……なるほど」
健児は説得力のある悟の言葉に納得するしかなかった。
悟は健児の返事を聞くと、首都高速の入口へ導く車線へと車を移動する。
そのまま信号機のある交差点をひとつ通り過ぎると、一般道から首都高速へつながる坂道を駆け上がり、車は高架橋の首都高速に合流した。
健児はふと車の後ろのガラス越しに後方を見渡す。先程までその大きさに嘆いていた巨大なコンクリートの壁は豆粒のように小さくなり、今にもビルの物陰に隠れてしまいそうなことに気付く。同時にそれは「新広島東入場口」からどれだけ離れた所まで来たのかを物語っている。
「あんなに大きかったのに……」
健児は小さくそう呟くも、唸りをあげるエンジン音にそれは搔き消されてしまう。
「希美、このバンダナって悟からのプレゼント?」
少しして愛莉は隣に座る希美に向かって言った。
「まあ、そう言われたらそんなトコかな。悟は凄かったのよ。新広島最強のカラーギャングのリーダーだったんだから」
「え?」
健児は希美に聞き返す。
「悟は新広島に来てからカラーギャングのリーダーしてたのか?」
「そうだ。詳しいことは後で話してやる。それより、このタチの悪い銃撃を何とかしねえとキリがねえぞ」
そう言ってまた悟は銃弾を避けるように見事に追い越し車線へと車を移す―――凄い。
「大垣! 武器はあるか?」
「武器? ちょっと待ってよ」
希美はスカートのポケットを漁り始める。
「こんなのしかないけど……」
希美はポケットから拳銃を取り出した。
「護身用の拳銃か……」
それを悟に渡す。
希美が取り出したのはSIG製のP230JPという拳銃で、警察も採用しているものである。特筆すべき特徴はなんといってもその小ささにあり、極力出っ張りを抑えた構造になっているのだ。そうすることで、取り出すときに服に引っかからない。
「そう。私の超能力は接触感応だから直接戦闘をすることはないわ。だから護身用しかないの」
悟は渡された拳銃を運転に集中しながらわずかに見た。
見た瞬間、警察が使っているものと同じものだという事に気付く。
「これって、警察も使ってるやつだよな?」
「うん。警察から奪ったやつだから」
当然悟は警察の使っている拳銃がどんな殺傷能力を持っているか知っている。警察は拳銃を犯人に抵抗させないようにするために使う。そのため、当たり所が悪ければ別の話だが、そうでもない限り殺傷能力は低い。
だが悟は、
「いける。これくらいで十分だ。この銃をレールガンモジュールにする」
「れーるがんもじゅーる? なに、それ?」
愛莉の声が背中から聞こえた。
「レールガンって知ってるか?」
「聞いたこともないわ」
「電気を使って銃弾を放つ武器の事だよな?」
突如、健児の声が挟む。
「正解。俺の超能力の電気を使ってこの銃をレールガンを発射させる土台にするんだ。そうすることでこの銃から超高速で銃弾を発射できる。殺傷能力も必然的に高まるはず。これでケリをつける!」
悟はそこまで言うと窓を開けた。
「健児! 少しの間運転代われ!」
「えぇッ⁉ 俺が? 俺が運転出来るわけないだろ⁉」
健児は目を見開くようにして驚く。健児の表情に冷静さは微塵も無い。
「ハンドルを操り、アクセルとブレーキを調整すればいい。それよりも、攻撃を避けることに集中しろ」
「……分かった。やってみる」
「よし」
健児は悟から運転の仕方を軽く教えてもらいハンドルを譲る。
「健児、気を付けなさいよ」
「やれるだけやってみるさ」
健児は嫌々シートベルトを外す。
背中を愛莉の声が押す。何が今起こっているか良く分からない状況の中。だが、失敗は許されないという事は良く分かっている。
悟は健児がハンドルを持ったのを確認すると、先程開けた窓から最低限の注意を払って身を出し、縁に足を掛けた。
悟が車の屋根に上がり、レールガンを攻撃相手に当てようとしていることに健児は気付く。
「気を付けろよ」
「お互いな」
少しして、悟は何とか屋根に登りきった。
休む間もなく高層ビルの屋上を見渡す。――――――どこから攻撃が来る?
神経を集中させて、狙撃に良さそうなビルを探す。
とにかく、必死だった。だが、それも長くは続かなかった。
(こんなことをするために、新広島に来た訳じゃない)
ふと、悟は一年前に感じたことを思い出していた。
「何やってんだろ、俺。ごめん……乃夏」
悟は下にいる健児たちに聞こえないよう、押し殺すように呟いた。
その時少し離れた高い雑居ビルの屋上から閃光が走った。
銃撃だ!
「健児! ハンドルを右に回せ! 早く!」
「ッ⁉」
健児は天井越しに聞こえる悟の声に、慌ててハンドルを右に回す。
悟は遠心力で体が車から吹き飛ばされないよう四つん這いになり、必死に車にしがみつきながら的を外した銃弾の行く末を左側に見た。
健児は良くやった。次は俺の番だ。
悟はしがみついていた手を車からゆっくり離し、バランスを保ちながら慎重に立ち上がる。
恐怖心は無かった。
先程閃光を放った雑居ビルの屋上を見ると、大型の銃の銃口がこちらを向いているのが見えた。
それが全ての元凶だ。
悟はすぐに希美から貰った拳銃をそれに向けて構えた。
力を込めると、構えた拳銃と悟の体からバチバチと破れるような音が聞こえ始めたかと思うと、それらから電気を帯びた火花が飛び始めた。
手元には、レールガンと化けたP230JPを感じる。
(頼む。当たってくれよ)
そう思いながら悟は引き金を引いた。
一瞬だった。
レールガン。別名電磁加速砲。それから放たれた銃弾は音速の約七倍以上、つまりマッハ7以上の速さで雑居ビルの屋上目がけて飛んでいく。
悟の思いを乗せた銃弾は、そこにある大型の銃を見事に貫いた。
マッハ7以上の速度で放たれた銃弾に貫かれたそれは、跡形もなく無様なまでに粉々に破壊された。悟はそれを肉眼で確認した。
「よし」
悟は小さく喜んだ。
「健児、もういいぞ」
そう言って悟は、運転席の窓から再び運転席に戻った。
健児は助手席に戻って、
「どうなった?」
「成功だ」
悟は他の三人に向かってニヤリと笑ってみせた。
同時に三人から歓声が上がる。
「すごいじゃない! 悟!」
愛莉の労いの言葉が飛ぶ。
「あはは、今のは上手く行き過ぎた」
悟は運転をしながら健児の肩に腕を掛ける。
「無理言って悪かったな。お前の運転、上手かったぞ」
「サンキュー!」
「まあ、取りあえずこれから高速降りるかな」
Episode:kenji
俺の肩から悟の腕が解かれた。
窓の外を見ると、数々の高層ビルが流れ去っている。
まるで、先程見た悟の超能力が夢だったと言わんばかりに、そこには日常の光景が広がっていた。
確かに、今までテレビや新聞、インターネットでしか見たことの無かった超能力の存在をこの目で見たことに対して、完全に受け入れることが出来ていない自分がいる。
しかし、これが現実であることも分かる。
これが、超能力……。
そうして三人を乗せた車は、新広島の高層ビルの中へ消えていった。
4 再会Ⅱ ―雑居ビルの屋上より―
雑居ビルの屋上。
粉々に砕けた対物ライフル――M82A1を尻目に、髪の白い健児たちと同い年くらいの少年は呟いた。
「ったく、東入場口で応戦するつもりだったのに、こまで来てしまった。……あれは多分健児だ。奴から『運命のメモ帳』を奪う。『人口シン化計画』の遂行はそれからだ。しかし……」少年は近くにある転落防止用の手すりに身を預け、「あの髪の長い女、並大抵の素質があるな」
そう言って少年は使えなくなったライフルを置いて、この場を後にした。
5 逃走からの快楽
悟は地下駐車場に車を止めた。
「ここまで来たら追ってこないだろ」
悟はそう言って車から降りる。他の三人も悟に続いた。
広い駐車場で、周囲には満車とは言えないが、ある程度車が止まっている。しかし、人気が無い。
「健児とアイリーン。これから総合学生寮に行くぞ」
総合学生寮というのは、新広島に在学している学生なら誰でも入れる学生寮の事である。悟も利用しており、今夜は健児と愛莉も入寮することになっている。
「希美はこれからどうするの?」
愛莉は希美に向かって問う。だが、その意に反して悟が答えた。
「大垣とはここでお別れだ」
悟は冷たく言う。
「悟! 何でさっきから大垣さんには冷たいんだ?」
嫌な雰囲気に嫌気が刺した健児は声を上げた。
だが、悟は顔の表情ひとつ変えない。ただ、冷静に答える。
「嫌いなんだよ、カラーギャングで馬鹿やってる連中が。俺はな、カラーギャングで馬鹿するために新広島(の街)に来たわけじゃないんだ」
そこまで言うと、悟は希美の方を向いて続ける。
「大垣、誤解だけはするなよ。俺はお前や『ネオ』の連中を助けに来た訳じゃない。俺の幼馴染みの健児とアイリーンを助けに来た。それだけは忘れるな」
悟は突き飛ばす様な口調で話すと、健児と愛莉に「行くぞ」と言って、この場から離れようと歩き始めた。
健児と愛莉も、良く分からないまま悟の後に続く。
その時、希美から悟の背中に言葉が突き刺さった。
「また、乃夏から逃げるつもり?」
悟の心に、希美の短い言葉がズサリとのしかかる。
思い悩んで、一瞬だけ悟は足を止めた。
だが、
「お前には関係ない!」
悟の悲痛な叫び声が地下駐車場に響き渡る。
だが、希美は怯むことを知らなかった。
「悟。生き残るってことは様々な意味を持つ。犠牲になった乃夏の魂は悟の血となり肉となった。生き残った人は犠牲になった人の分まで生き残らなければならないの。悟、大人になりなさい」
「俺には、その資格が無いんだ……」
そして、悟はまた健児と愛莉を連れて歩き始めた。
希美はただ、悟の寂しげな背中を見つめるだけだった。