その一
シャーロック・ホームズという人物はもったいぶるのが好きな人間だった。彼が若いころは私も彼のその性格に少なからず苛立たされたものだったが、お互い年齢を重ねた今となっては、彼のそんな性格もなかなか愛嬌があるように思えてくるのだった。
その日は秋だというのにまるで冬が訪れたかのような寒さだった。私とホームズは暖炉に手をかざしながら、大陸での戦争について互いの議論を戦わせていた。
「しかしね、君、今回の戦争には我が大英帝国にも大いに責任があると思うね」
「どうしてだい、ベルギーを侵略して戦争を始めたのはドイツの方じゃないか」
「確かにそうだ、だけどね…」
ホームズは急に言葉を切って、立ち上がると窓に駆け寄った。
「ワトソン、こっちにきたまえ」
私が窓に駆け寄ると、ホームズは下の道を指差した。
「いい匂いだ」
「そうだワトソン、あれは林檎飴を売っているのだ」
「あれを買ってくればいいのかい」
「君は食べたくないかね」
「いや、最近歯が弱くなってね。でもまあ君が食べたいのなら買ってきてあげよう」
「いやワトソン、その必要はなさそうだ。ハドスンさんが表へ出たぞ、おーい、ハドスンさん」
ホームズは窓を開けるとハドスン夫人を呼び止めて、林檎飴を買うように頼んだ。夫人は少し困った表情をすると林檎飴を2つ買って、家の中に戻ってきた。
「すみませんね、ワトソンは歯の関係でそう食べられないらしいのですが、おひとついかがですか」
「いえ、私は結構です」
そう言うと夫人は私にやや非難を含んだ一瞥をくれて、部屋を出ていった。
「これはうまいぞ、ワトソン」
「そうかい」
しばらくの間、ホームズが林檎飴を咀嚼する音が部屋に響いた。