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二六.湯西川温泉

 県警に樺戸の身柄確保を要請してから三日間は何の手掛りも掴めずに過ぎていった。そこで、茨城県内に留まっていない可能性も考えて、栃木、群馬、千葉、福島、埼玉の各県警や警視庁にも協力を要請した。それから四日後、朝から筑波ホビークラブの受付で洋介と今後の捜査方針について話していた鹿子木の携帯電話が鳴った。つくば東署の若手の刑事からであった。

「鹿子木さん、湯西川温泉で変死体が発見されたと栃木県警から連絡が入りました。仏さんの傍に遺書が残されていまして、それには、自分の名前が樺戸大輔であることとフグ毒のことが書かれているというのです。茨城県警から身柄確保依頼のあった人ではないかということで連絡してくれたそうです。直ぐに現地に行っていただけますか?」

「分かった。神尾さんと一緒に直ぐに湯西川温泉に行く」


 湯西川温泉は福島県境近くの栃木県日光市の深い山あいに湧く秘湯である。壇ノ浦の戦いで敗れた平家一族の生き残りは源氏の追手から逃れ全国に落ちのびたが、その一部の人たちが隠れ住んだという平家落人伝説がある場所の一つである。四百年以上も前に平家落人の子孫が河原に湧き出る温泉を見つけて傷を癒したのが始まりで、その後旅館を開業し、湯治客が訪れるようになったと伝えられ、利根川水系の湯西川渓谷沿いに旅館や民家が立ち並んでいる。


 風情のある和式旅館の駐車場に車を止めると二人は急ぎ足で中に入った。受付の中では地元の刑事が旅館の女将に話を訊いていた。鹿子木は受付の中に入ると、その刑事のところに頭を下げながら歩み寄った。

「私はつくば東署刑事、鹿子木康雄と申します。本日はご連絡有り難うございました」

所轄の刑事はこれまでの経過を簡単に説明すると、和服姿の女将を紹介してくれた。女将にも軽く挨拶してから鹿子木は詳しい話を訊き始めた。


「亡くなったお客様は宿帳には谷川様と書かれておられましたので、私たちもそのようにお呼びしておりました。従いまして、警察の方から『樺戸大輔様という方が泊まられていないか』と訊かれました時には、『そのような方はお泊りになっておられません』とお答えしたのです。申し訳ございません」

「いや、本人が偽名を使っていたのですから仕方がないことです。それで、樺戸さんはいつからここに滞在していたのでしょうか?」

「本日でちょうど一週間目になります」

「滞在中の彼はどんな様子でしたか?」

「川べりを散歩される以外はずっとお部屋に閉じこもられていて、私たちが声をお掛けしても、『放っておいてください』と言われましたので、あまりお邪魔しないようにしておりました。また、宿泊料も二日に一度は払ってくださいましたので、こちらと致しましては何も心配していなかったのです」


「そうでしたか……。それでは、遺体発見時のことを話してください」

「昨夜は当館のお食事をお食べになりました。夕食時は決まって生ビールを注文されていました。いつもは中ジョッキ一杯だけなのですが、昨夜は三杯も飲まれたのです。『何か嬉しいことでもあったのかしら』などと話しておりましたが、今朝、お布団を上げに行った仲居が部屋の外からお声を掛けても返事がなかったものですから、中に入らせて頂いたところ、お客様が布団の上で倒れておられたのです。それで慌てて警察に連絡したような次第です」

 それまで黙って女将の説明を訊いていた所轄の刑事が口を開いた。

「それで、私たちが駆け付けて状況を調べました。不審死のようだったので、一応こちらの鑑識にも立ち会わせました。どうも薬物による自殺の線が濃いとのことですが、詳細については後ほどうちの鑑識の方にお訊きください。仏さんが倒れていた傍にこの少し大きめの封筒が置いてあり、その中に遺書何通かとこの小さな白い紙に包まれた粉状のものが入っていました。どうもフグ毒のようです」

「そうでしたか……」


 鹿子木は自分で遺書に目を通した後、洋介に渡して読むよう促した。

「鹿子木さん、この粉状のものはテトロドトキシンの可能性が高いですね。これを鑑識に渡して、事件に使われたものと比較して頂くようお願いしてください。特に、不純物に関しては極微量のものまでしっかりと分析して頂きたいのです。それから、樺戸さんの死因の解明もお願いします」

「もちろんです。テトロドトキシンの鑑識は署に戻り次第依頼します。それから、樺戸の死因はこちらの警察の鑑識で鑑定中だと思いますので、その結果を待ちたいと思います」

 鹿子木は所轄の刑事に一応の断りを入れてからつくば東署に報告した。


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