十二.シルクスクリーン
ゴールデンウイーク空けの五月七日、奈津江がポスターを二枚持って来てくれた。
「わー、いいなー。流石に専門家がやることは違うな。このポスターを見ているだけでシルクスクリーンがどういうものか分かっちゃう気がしてきますよ。私がやったら、ワープロで文字ばかりのポスターになるところだった」
「どうも有り難う。あの辺の隅っこにでも貼っておいてください」
「とんでもない。一番目立つこの辺に貼っておきますよ。それと、もう一枚は自由趣味室の壁に掲示しておきましょう」
「神尾さん、シルクスクリーンを希望されている方は何名くらいいらっしゃるのですか?」
「今のところ、二名の方が希望しているのですが、他の会員の方たちにはまだ話してないのです。小川さんのポスターを見ればもっと希望者が増えること、間違いなしですね」
「講習会をやる数日前くらいまでには、おおよそ何人くらいか教えていただけないでしょうか? お二人なら私一人で十分ですが、もし人数が多ければ、お手伝いをしていただける人をお願いした方がよいと思いますので」
「分りました。おおよその希望者数を予めお知らせ致します」
洋介は深々と頭を下げた。
奈津江と入れ違いに愛が受付に入ってきた。
「わぁー、素敵、このポスター!」
「今度、小川先生にシルクスクリーンの講習会を開いて頂くことになったんでね。ポスターも作成していただいちゃったんだ」
「シルクスクリーンか……。私もその講習会に出させて頂いてもいいですか?」
「もちろん、OKですよ。そうだ、愛ちゃんは絵が得意だったんだっけね。シルクスクリーンも面白いかもしれないよ。テニスよりもね」
「いやだ、神尾さんたら、意地の悪いことばかり言って。どうせ私にいくらテニスを教えても上手くなりませんよね」
洋介は笑うだけにしておいた。
翌週の土曜日、五月十八日の午後二時少し前、自由趣味室はいつになくざわついた雰囲気であった。是非シルクスクリーンをやってみたいという人が五名、とにかく講習会に出席してみようという人が六名、合わせて十一名が、講習会の準備をしている小川奈津江と助手の若い女性の姿を小声で話しながら見守っていた。もちろん愛もそれに加わっていた。
「小川先生、皆さんお集まりのようですので、そろそろ始めていただけますか?」
洋介がざわついた雰囲気を断ち切るようにアナウンスした。
「皆様、本日はシルクスクリーンの講習会にご参集くださいまして有り難うございます。私は小川奈津江と申します。神尾さんとは小学校の時からご一緒させて頂いておりまして、お人柄はよく存じております。先日、神尾さんからこのクラブでシルクスクリーンを始めてみたいとお誘いを頂きました。私と致しましても大変嬉しいことでありますので、是非にとお願い致しましたような訳でございます。このクラブの設立の趣旨を伺いまして、私もとてもよいクラブであると思いました。このクラブと出会えた会員の皆様は大変お幸せだと思っております。昔の神尾さんそのままがこのクラブとなって現れたような気持ちが致します。
私はシルクスクリーンと出会えたことによりまして、ちょっと大袈裟かも知れませんが、人生と申しますか、生き方が変わったような気がしておりまして、もうシルクスクリーンは欠かすことができないものになっております。このクラブでもシルクスクリーンをやってみたいという方がこんなに沢山おられるということは、私にとりましてもこの上なく幸せなことでございます。シルクスクリーンを通して皆様が少しでも楽しい時間をお持ちになれることを心から祈っております。前置きが少々長くなってしまいましたが、それでは早速実習を開始致しましょう」
奈津江は、先ず予め用意してきた白い無地のTシャツに綺麗な花柄をプリントしてみせた。続いてシルクスクリーンの基本的なことから応用の仕方などについて順序立てて上手に説明していった。
「この分では、予想以上の人がシルクスクリーンを始めそうだな。セットが一つでは足りそうもないな」
洋介は、嬉しそうに呟いた。
講習会が一段落付く頃、鹿子木が慌ただしく自由趣味室に飛び込んで来た。洋介は鹿子木に気付くと直ぐに自由趣味室の入口の方に歩み寄った。
「鹿子木さん、受付に行きましょう。ここはもうすぐ終わりますから」
鹿子木を促した後、奈津江の方を振り返って目を合わせ、大きな声で言った。
「小川先生、後はよろしくお願い致します。後ほどこちらから電話します。いろいろとご相談しなければいけませんので」
奈津江の優しそうな笑顔に送られて二人は自由趣味室を後にした。