十一.親友
二〇一三年三月中旬に樺戸が車でつくばまで用事で来た折に二人は会ったばかりであったが、ゴールデンウイークに入ると直ぐに落合は樺戸を北千住のいつもの鶏料理店に呼び出した。
「いやー、悪いね。三月に会ったばかりだというのに」
「気にしなくたっていいよ。この間はこっちが押し掛けたんだからお互い様さ。悩みがある時、頼りになるのは良き友ということだな」
「まあ、とりあえずビールでも飲もうよ」
「そうだな、それに焼き鳥も食べなくちゃ」
暫くの間、この店の美味しい鶏料理をビールと一緒に味わった。
「しかし、ここの焼き鳥は格別だな。本当に柔らかくて味がいいね」
「そうだね。ここで出されている鳥肉や卵は奥久慈で生産されたものだったよな。少し前にここのオヤジさんが言っていたのを覚えているだろう?」
「そう言えばそうだったな。しかし、樺戸は生産地の比較的近くに住んでいるのに、わざわざ東京まで出てきて奥久慈の鳥を食べている訳だ。僕がいつも呼び出しているんだから、申し訳ない気がするな」
「いや、構わないよ。ところでさ、落合はずいぶんと疲れているようだね。大丈夫かい?」
「ああ、何とかやってはいるんだが、港北さんの件で頭が痛いんだ」
「そうだったな。落合も大変だよな、あの港北さんがフグ中毒死しちゃったんだから」
「そうなんだ。刑事さんがちょくちょく来ていろいろと訊かれているんだよ。連休前には研究室の全員から詳しく話を訊いて行った。その時に若い探偵みたいな人まで連れて来てさ、あれやこれや細かいことまで質問されたよ」
「ええっ、そんなことがあったのか。でも警察では単純なフグの食中毒死だと考えていたんじゃないの?」
「最初のうちは確かにそんな雰囲気だったんだけど、最近は食中毒以外のケースも考えている様子なんだ。だから研究室の皆が浮足立ってしまって、仕事もあまり手に付かなくなっているんだよ」
「それは困った事態になったものだなあ……」
「それで樺戸に話を聞いてもらおうと思って今日は来てもらったという訳だ。もしもだよ、もし港北さんの死が単純なフグによる食中毒死じゃないとした場合の話だけど、どんなケースが考えられるんだろう?」
「それ、どういう意味?」
「いやね、確かにフグ料理を食べていてフグ毒が原因で死んだんだから、普通はフグ料理による食中毒死だと考えるだろう?」
「それが自然だろう」
「でもね、そうだったら、刑事さんがあれほどしつこく事情を訊きに来るだろうかね?」
「そう言われると確かに変だな」
「食中毒以外の原因にはどんなことが挙げられるんだろうかと思ってね。樺戸はどう思う?」
「そうだね……。先ず思いつくことは自殺か誰かに殺されたかだけど……、それ以外のことは直ぐには思い浮かばないね」
「そうだよね。でも、港北さんが自殺するなんて考えられないし……。そうなると、殺人事件だということになる」
「確かに港北さんは自殺するような輩ではないよな」
「もし警察が殺人事件だと考えたとすると、うちの研究室の皆は大変困ったことになるんだよ」
「何で?」
「私も含めてほぼ全員が港北さんのことを恨んでいたんでね。まあ、恨んでいたのはうちの研究室の皆だけではないのだろうけど……」
「なるほどね。それで刑事がしつこく事情を訊いているんだな」
「とにかく、とんでもない展開になってきた。研究室が今後どうなっていくのか非常に不安になってしまって、夜もよく眠れないような有様なんだよ」
「本当に大変だな。落合がそんな状況に陥っていたなんて知らなかったよ。僕も帰ったらいろいろと考えてみるよ。そのうちまた連絡する」
「有り難う。本当に頼りにしているよ」
しばらくの間、ろくな会話もせずに飲み食いした後、二人は元気なく北千住駅で別れた。