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ハッピーエンドストーリーメーカーマクロ  作者: 陸陸陸(むつみ)
渇いた救世主の帰還
7/20

冶月顕醒は話すと長い

「我々が暮らすこの星は三度の危機を経験しました。一度は文明の断絶を、二度目は気候変動による『大凍結』。これによって全生物・種の九割が絶滅するという危機に見舞われました」


 講釈を足しながら壇上に立つ男性講師がスライドの画像を切り替える。

 氷に覆われた大地。凍りついた海。地下のドーム都市。配給の列に並ぶ人々。どのフォトグラフィーも死の臭いが漂う仄暗いイメージを抱かせる。


 誰に聞いても印象は知的で温和。この教室を主催する中年講師、冶月顕醒はその見た目通りの人物だった。トレードマークは二つに分けた前髪にフレームレス眼鏡。服装は紺の作務衣と飾り気がない。


 元学者である彼は休日など公共施設の一室を借り、未成年を対象に私塾を開いている。独自のユニークな考察やマニアックなトリビア、自身の専門分野に関する話が主な講義内容だ。初めは市からの持ちかけで始めたのだが今ではライフワークを兼ねた趣味になっている。


 本日の受講者は三十八名。年齢層は九歳から十九歳までと幅広く、やはり初めて見る顔が多いなと顕醒は感じた。普段はこの半数以下しか集まらないのだが――。


「先生、三度目はどうなったんですか?」

 と常連生徒の一人が待ちきれず質問する。


「はい。三度目はよくぞ知る悪名高きフォールインの襲来です。

 宇宙空間は彼らの力により生命を殺す暗黒の海水で満たされ、永遠の進入禁止領域と化しました。我々は宇宙への退路を断たれ、地上に幽閉されたのです。

 ですが、我々は新たに手にした『技術』を使い危機を乗り越えました。

 その『技術』とはフォールインの天敵――勇士を生み出し、電気、機械、自動車、テレビモニターや空間に映像を投影するシステム、ネットインフラなど、私達の生活のごく身近にあるものを作る設計図を授けてもくれました。この『技術』がなければ我々は今も馬車で移動し農業を中心にした中世時代以前の暮らしをしていたことでしょう。

 もうわかりましたね。そうです、つまり――」


 そこで一つ区切り、顕醒はボードにガツガツと力強くマーカーを走らせる。


「――<象術(しょうじゆつ)>です」


 室内に行き渡る声で張り、顕醒は確かめるよう生徒たちの顔をひと仕切り見渡した。


「と言うわけで今日は皆さんお待ちかね象術の授業です。楽しみで昨晩眠れなかった子はいませんか? いませんね。

 では象術とは何か? 世界の見えない部分に働きかけて誰にでも魔法じみた力や術を扱えるようにした技術です。


 さて魔法の実行には『正しい手法』、『正しい作法』、『適した条件と環境』が必要です。魔方陣を描き、供物と触媒を配置し、適した時間と場所で呪文を唱える。

 そうすることで次元の外にある形而的な世界の本体、つまり『構造』にアクセスし、その影であるこの世界に奇跡ともいうべき現象を起こします。これを象術では『正の三法』と呼びます」


 生徒に情報を咀嚼させる暇を与えるため、ゆっくりと穏やかに喋る事を顕醒は心がける。口を休める間にマーカーをボードに走らせ話の要点をまとめ、スライドの画像を使って視覚的に理解を促す。

 話が長くなりがちな自分の欠点を補うための工夫とテクニックだった。


「ですが象術による魔法実行は『手法』と『作法』を必要としません。そればかりか『適した条件と環境』をその場に整え、イメージと脳内演算だけで術の発動が行えます。いわばマクロですね。過程をすっとばして結果だけを引き出す技術。象術と呼ばれる由縁です」

「センセぇー、つまり簡単にいうとどういうことー?」

 やんちゃそうな少年が無邪気に手をあげた。


「魔法は準備の手間がかかってすごく面倒くさいけど、象術は色々コンピューターが全部やってくれて簡単、やるぞって念じるだけでOKってことです。分数のかけ算わり算だって計算式を書かずに答えだけ出してくれますよ。どうです、魅力的でしょう?」


「おお、魅力的すぎる、しょーじゅつすげえ! 使えれば算数のテストも楽勝じゃん」

「ははは。でもテストで使うのはズルなので遠慮してくださいね。象術をマスターすれば人間がもつ潜在能力を限界まで引き出すことも可能です。誰でも超人やヒーローになれます。けど扱うにはまず数学の知識と、物理、化学などを学び、世界の仕組みを正しく詳細に理解することが必要です。それが出来てまず第一歩ですね」


「うわあ……。すんげく面倒くさそう……」

 一転、少年はうげえと渋い顔でげんなりとする。

「そうです。だからそのためにもまずは算数の勉強をしっかりやらなくてはね、カナミくん」

「ちぇ、わかってるよ。『勉強は頭の使い方の基本を学ぶためのもの』でしょセンセェ」

「ちゃんと理解してくれていて嬉しいですよ。さて説明はいったんおきましていちど実演してみましょうか。ではいまから術を使ってこの何もない空間に炎を出します。


 ――では、いきます」


 掌を胸元の高さにかざし、「むん……!」と力強く一息気合いを発する。

 豆粒ほどの光の点が掌の上に生じ、放射状にばっと拡がる。弾けた、と思った瞬間。


 顕醒の掌の上でリンゴ大の青白い火の玉が煌々と躍っていた。


「火が発生する条件と環境を掌の上に作り、炎の球を発生させることに成功しました。ファイアーボールですね。ファンタジー映画でもよく見るでしょう? さて、なにかおかしい所があるとは思いませんか?」


 質問に対し、利発そうな眼鏡の少年が手をあげる。

「火種がないです。火が燃えるのは空気中の酸素を使っているから当然ですけど。あと空中で炎が燃えているのも変です。炎が宙に浮くだなんて物理的にありえません」


「うーん、ちょっとおしい。火種も酸素も『条件と環境』に含まれるので象術でパスできる問題です。空中で炎が燃えているのは魔法による『奇跡』ということで説明がつきます。あと、ごめんなさい。先生わざとみんなに説明していないことがありました」

 ふふ、とニコリと笑顔を作る顕醒。生徒達の頭の上にぽわんと疑問府が浮かぶ。


「それはさておき、さすがにこの現象を『奇跡』と呼ぶのはいささか乱暴が過ぎますね。なにより科学的ではありませんし。正解は、『炎として振る舞い宙で浮くよう命令しているから』。つまりこの炎の正体は、『炎のように見えるなにか』なのです」


 ますます意味が分からないと生徒達の頭に浮かぶ疑問府が二つになる。

「先生……。先生の日本語がよくわかりません……」眼鏡の少年が困り果てた顔で言った。


「すみません混乱させてしまったようですね。解説すると、『構造』から取り出した『よく分からないもの』に炎としての意味と役割を与えた『よく分からないもの』です。物理的、科学的には燃えてはいます。が、あくまでこれは炎のふりと真似をしているだけの『よく分からないもの』なんです。ここまでどうですか、わかりましたか?」

「頭がこんがらがってきた……」と目眩を起こし宙を仰ぐカナミ少年。


「そうですよね、かなりちんぷんかんぷんですよね。それほどまでに象術を大系に含む『構造裏理学(りりがく)』は複雑でとてもイメージが掴みにくく、言語化に困る学問なのです」

「いや、なんとなーくだけど。有名人の真似をするモノマネ芸人みたいな感じ?」

「ふふ、まあ概ねそんな感じです。分からない人も安心してください。これから図を使って象術の仕組をわかりやすく解説しますからね」


                 ※


 よほど勇士が珍しいのかこちらを横目で窺う通行人の目が気になった。

 象術による遺伝子操作で生まれた先天的な勇士もいるが、彼らは人間離れした髪色や容姿である事が多い。特にツツジの髪と目は南国の海を思わせる美しい翠玉色だ。人目を引くのは当然といえる。


 関東の某県某市某区。この町のランドマークともいうべきノースプラザは十二年前ニュータウン構想の一環として建設された。役所と図書館のほか、二十の展示室と三十の会議室を内包する全二階層の複合施設だ。

 この日ミミリ達は仕事の用でここを訪問していた。


 カフェが併設されたエントランスラウンジを横切り、正面の階段を上って二階へ。案内版を見ながら物静かな廊下を道なりに歩く。目的の場所は第十二会議室だ。


「顕醒さんと会うのも久しぶりねー」

「そうですね。先生と最後にあったのはたしか去年の九月でしたっけ」

「ああ、あのときか。お、やってるわね」


 廊下にまで講義の内容が漏れて響いている。声の主が誰なのかは明白だ。

 講義の邪魔をしないようそろりと室内に入る。受講者たちはみな顕醒の熱の入った講義に釘付けのようで誰もこちらには気がついていない。


「ではこの『よく分からないもの』の正体はなにか。これは通称<根源子(アイデル)>という実体のない素粒子です。根源子は『構造』の表面に浮かぶ、概念、物質、あらゆる万物の核となる『素』です。が、次元の外にあるものなので本来は『何』とすら想像も形容もできない代物です。でも呼び方がないと説明に困るのであえて無色透明の空箱に例えます」


 こそりとツツジが耳打ちする。

「相変わらず長く話すよね。もしかしてノリノリ?」

「ノリノリですね。暴走してます。ああなるともう止まりません」


 幼いころ剣の手ほどきを受けた師匠の悪癖をミミリは心得ている。座学など最初は質疑を交えてやりとりするのだが、気がつくといつも顕醒の独壇場になっていたものだ。


「この箱に偶然情報が入ると『構造』から次元に浮き出てきて光子や重力子、電子などの二次素粒子に変わります。その性質を利用して箱に情報と命令を書き込むペンが象術というわけです。そのほかに根源子は象術による命令を実行する際、術者と『構造』の間で媒介と通訳の役目も果たします」


 話の間が空いたところで高校生らしき背格好の青年が挙手する。

「根源子の姿を機械などで観測することは可能なんですか?」

「結論からいうとこの宇宙から観測する事は不可能と言われています。次元の外にありますからね。検証を重ねた結果、『構造』の上澄みに『そんなものがあるようだ』と言うのは分かりました。ところで人形劇を見た経験があるかたは? 最近とんと見かけなくなりましたけど」

 手をあげるジェスチェーで顕醒は答えるよう促す。


 まばらに手が上がり、雨後の竹の子のように続いて、ぱらぱらと受講席から手が上がる。

「おお、結構いますね。よろしい、続けます」

 スライドの画像を切り替え、顕醒は指し棒を手に取る。スクリーンの画像が差し替えられ、人形劇の舞台をデフォルメしたイラストと解説文が表示された。


「根源子の振る舞いは人形劇に例えられます。人形劇では人形使いが舞台裏から人形を操り物語を演じます。この人形使いが根源子です。劇の台本は箱に納められた情報や象術の命令。観客は私達。私達は劇を見て台本の内容を知ることはできます。が、舞台裏にいる人形使いの姿は決して見ることはできません。つまり根源子こそがこの宇宙の動きを操っているのです」


 へぇーと感嘆の声がちらほらとあがる。

 そこで顕醒がミミリとツツジに気がつきウィンクで挨拶を飛ばしてきた。軽い会釈で返しミミリは微笑む。


 愛弟子が会場にやってきたことで興が乗ったのか、顕醒の顔に嬉々とした無邪気さが宿った。


 ――あ、これはまずい。


 ミミリの予感は的中した。


「何故こんな事が起きるのかと言えば、この世界の物質が量子的な情報とアルゴリズムプログラムが実像を結んだものだからなのです。裏理学が情報と概念こそが世界の実体であり、物質はその投影の虚像であると説明する根拠がまさにこれなんですね。ですが『構造』とこの次元宇宙は面あわせで繋がってはいません。おそらく『構造』の正体とは――」


 中高校生あたりの受講生には頷きながら理解を示す人もいたが、小学生達の殆どは狐につままれたよう一様にぽかんと口を開けていた。無理も無い、子供にはかなり難解すぎる内容だ。


 やっと過失を自覚したのか顕醒は夢から覚めたようはっとなり、一つ咳払いをした。

「……おほん。今の話は忘れてください。大学で学ぶようなことですので。詳しく知りたい人は象術を解説した裏理学の本を読むか、専門学者か、私にでもきいて下さい。……あ、はい、いませんね。わかりました。では講義を少しお休みして、ここでゲストを紹介しましょう」


 仕事の時間だ。ミミリとツツジは笑顔の準備をする。


「本日講義に参加した方でご存じのかたも多いと思います。最近テレビでの出演が多くなってきたあの元勇士アイドルですね。そうです、<J―Mina>のお二人が来てくれました」

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