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ハッピーエンドストーリーメーカーマクロ  作者: 陸陸陸(むつみ)
渇いた救世主の帰還
6/20

なんで病患者の侍ひめ

 ミミリは常に「なんで」を忘れない。全てには理路整然とした納得がいく理由と動機と原因があると考えているからだ。

 だから不可解な謎を目にすると「なんで」を我慢せずにはいられない。謎が謎のままというのは納得がいかない。

 秋津の国の地方郷士――熊葛藩を治める獅子堂家の姫子という出自も大いに関係ある。幼い頃から教養は必修科目であったし、死合いを前提にする剣術を学ぶ者としては知識を引き合いに日頃から分析の眼を鍛えておかなければならない。実戦で『想定外を想定していなかった』では通じないのだ。


 だから謎をそのままにしておけない。


 夕食後、なんとなしに歴史ミステリー番組を眺めていた時。ミミリのなんで病が発症した。


「へぇ、正体不明の巨人の足跡かあ。なんで世界には解けない謎があるんでしょうね」

 苔むした遺構の中に穿たれた巨大な人の足跡。軽く見積もっても大人二人分ほどはある。ナレーションによると推定では紀元前五千年ごろのものだと解説していたが、足跡の主はいまだ正体不明であると締めくくりレポートを終えてしまった。


「そんなぁ。わからないなんてもやもやしますっ」

 愕然としてテレビに掴みかかる勢いで身を乗り出すミミリに対し、ツツジはあっけらかんと醒めた顔でいる。


「いいんじゃないの。わからなくって」

「なんでです?」

「謎が全部とけちゃったら退屈になるからよ。宝箱ってね、開けるまでが楽しいの。中身が判っちゃったら興ざめ。あの巨人の足跡だってそう。真実はぞんがい当たり前でくだらないものに違いないわ。私なら謎が解けたとしても答えは秘密のままにしておくわね」


「どうしてです?」

「人って謎めいたものに好奇心を寄せるじゃない。そんなものに人は躍起になってのめり込む。男が女に夢中になるのといっしょよ」


「ほう、そのこころは?」

「女の心こそ世界永遠の謎だから」


 途端、ミミリの顔が目から鱗とばかりぱあと納得の二文字に明るくなる。


「おおー。さすがツツじー。男性を飽きさせないためのテクニックというワケですね。いやぁそっち方面でパパラッチにすっぱ抜かれただけはありますね。含蓄があります」


  それを聞き、ツツジは脱力したよう頬を引きつらせ、


「ふふ……ったく、その返しはさすがに読めんかったわー。やっぱ女の心は謎だわねー。……てかその話はやめい。心の古傷がいたむから」


 冗談っぽく咎めるも、心底うんざりという面持ちで眉間に皺をよせる。


 少々デリカシーが足りなかったかも知れない。


「えへへ……。ごめん」


 そこで内ドアをノックする音が二回。


 この部屋はコネクトルームで片方はヒューケインの部屋だ。

 連絡がしやすいよう制作会社からこの部屋を宛がわれたのだが内ドアには鍵を掛けてある。何とは言わないが用心のためだ。


「おーっす、二人ともお疲れ。開けてもらっていいか?」

「はーい、ただいま」ミミリはベッドから降りてぱたぱたとドアに向かう。

 鍵を外してドアを開けると、ヒューケインがのそりと顔を覗かせた。コロンの香りに混じり酒の匂いも漂ってくる。スタッフ達とどこかで飲んできたようだ。


「ヒューケインさん。お疲れ様です」

「おつかれー」

「あのさ、今からちょっといいか? 俺達に会いたいっていう客がいるんだ」

 ミミリとツツジは「誰だろう?」と顔を見合わせ、目をぱちくりとしばたたかせた。


                ※


 会合場所に指定されたイタリアンレストランで待っていたのは二人の男女だった。


「ありがとうございます。こんな時間に来ていただいて」


 最初に口を開いたのはスーツ姿の女のほう。内勤の会社員といった風情の小ぎれいな身嗜みで、端麗な顔立ちにボブカットヘアの冷然とした佇まいの女性だった。

 男のほうはアロハシャツにカーゴパンツ。女とは真反対のたるんだ天然パーマの長髪。無精で冴えない風貌。だが侮れない特徴もある。長身でやせ細っているが筋肉は引き締まっていて硬い。体の細部にまで鍛錬が行き渡った武術家のそれだ。

 武を修めた者が放つ、肌刺す重く静かな空気。この男にはそれがある。

 野暮ったく捉えどころのない男の眼に只者ではない気配を見出し、ミミリはおそるおそる席についた。


「いや気にしないでください。ミス――」

「キャリーです。ミスター・ヒューケイン。こちらは同僚の詩翅(うたはね)。どうぞ宜しく」

 詩翅と呼ばれた男は挨拶代わりに手を上げ、コーラが注がれたジョッキを呷る。ごくごくと勢い良く飲み干し、彼は手近な給仕係にまたコーラを注文していた。


「合衆連邦の『お役所』勤めだそうで。我々にどのような用件でしょうか?」

 合衆連邦対外情報局第七課。ヒューケインから聞いた話によるとそれが彼らの素性だった。


 世界の方々に領地を抱え、百四十四の国家を包括する世界一位の超大国――合衆連邦。

 そんな国際社会にも多大な影響力を誇る国のエージェントが、勇士とはいえ個人相手に直接面会を申し込んでくるとは尋常ではない。


 何が口から飛び出るのかとツツジが胡乱な眼差しをキャリーに向ける。ヒューケインは外見なごやかにしているが、頭では対応の筋を働かせているに違いなかった。


「元勇士である皆さんに関連深いお話です。ある所へ行ってもらいある人物をピックアップしてもらいたいのです」

「俺達である必要が? お使いなら貴方がたの実働部隊で十分でしょう」

「これを見て頂ければ納得いくはずです」


 キャリーはバッグから三枚の写真とレポートを取りだしヒューケインの前に差しだした。ヒューケインはそれらの資料を交互に見比べると眉根を寄せ、ふっと肩の力を抜き、空を仰いだ。

「……なるほどね」

「ちょっと見せて。……うそ、これって」

 ツツジに肩を寄せミミリも資料に目を通す。


 なんで――。浮かんだのはその一語。


 目を疑い何度も資料を見比べた。見間違いではない。だが嘘であってほしいという願いの目をキャリーに向け、ミミリは彼女の次の言葉を待った。


「勇士・冶月日向。彼にはテロリストの嫌疑がかかっています。中東の地を荒らす武装組織『拾う者』に与みしているのではと」


 忌憚のない彼女の物言いに場の空気が硬さを帯びる。


「……冗談にしては楽しくないですね、それ」

 かつての仲間を犯罪者呼ばわりされるのは遺憾だが否定できる証拠もない。冷気を帯びたツツジの微笑は少なくともそんな感情を孕んでいた。


 結露したピッチャーの表面から水滴がつうとしたたり、じとりとテーブルを濡らす。互いの腹を探り合うには十分な時間が過ぎたころ、ヒューケインが穏やかに口を開いた。


「なるほど。人類との契約見直し交渉も近いこの時期、勇士側にとって不利になる材料は払っておくべきと言いたいわけだ。勇士協会理事の一人として

は確かに頭が痛いな、こりゃ。オーケーだ。引き受けよう」


「うっそ、乗るのヒューケイン!? アタシはパス。調査とかには協力する。でも現場にはいかないから。昔の仲間に追い込みかけるとか、そんなの絶対やらないかんね!」

「勇士は人類の依頼に応える。勇士の問題は勇士が解決する――。そういう契約のはずです」

「依頼内容に異議を感じるなら拒否権もあるわ。そういう契約のはずでしょ」

 暗に強制を促すシェリーに対し、ツツジは間髪入れず反論を唱える。


 ――なんで。


 静かに火花を散らす二人を横に置き、ミミリのなんで病は重症の極みになっていた。


(勇士の戦いは終わったけど世界に蔓延る戦いは終わっていない。大きい戦い、小さい戦い、世界は戦いで作られ、戦いで続いている。個人どうしでさえ些細なことで戦いを始める。


 問題だらけだ。


 なんでこうなるんだろう? わからない。巨人の足跡だって、日向くんのことだって……。


 わからない。分からない事は増え続けるばかりでなくならない。なんで――)


 ツツジとキャリーの間で険悪な空気が膨れあがり、破裂する寸前――


「私もいきます」


 ミミリは静かに決意を表明した。


「アンタまで……。本気なの?」

 途端に毒気の抜けた顔になったツツジは、穴が空きそうなほど眼を丸くする。

「本気です。わからない事があるのはもやもやするから。納得したいんです」


 ニコリと微笑む。


 それだけで察したのか、ツツジは「ったく……」と折れた溜息をついた。


「連邦の総意としては勇士との関係に不和が生じるのは避けたいのです、無駄な争いも。平和のために紛争のトリガーは可能な限り潰したい。それはご理解ください」

「恩を売っときたいワケね、つまり。この件だって日向の情報と引き替えに」


 変わらずシェリーに対するツツジの当たりは強い。彼女は合衆連邦のやり口が気に入らないのだ。自分の正義に酔って都合次第で武力を振りかざす、『世界一の困ったちゃん帝国』の手先が何のたわごとを――と言いたげな目つきだ。


「何事も穏便に済むのが一番でしょう。現代の情勢絵図を作ったもともとの原因は我が国の都合一辺倒な外交政策にあります。とんだ欺瞞かと思うかも知れません。ですが、無辜の民の命を守りたいという気持ちは本気です。私個人はそう思って職務に励んでいます」


 じっと真剣な面持ちでキャリーはツツジの瞳を見る。気圧されたのか、ツツジは多少ばつの悪そうな表情を浮かべ、二の句を呑み込んだ。

 義理に厚く浪花節を好むツツジの性格だ。キャリーの言葉に認めるものがあったのだろうとミミリは幼馴染みの内面を推察する。


「まあ、立派じゃないかしら。そういう心がけで」

 一つ嫌みを飛ばすも、ツツジはむうと頬を赤くして押し黙り、

「そうね……失礼したわ。変な風に思い込んでいたみたい。無礼な態度はお詫びするわ」


「お気にせず、職業柄なれていますから。ミス・『ツツジ・C・ロードデンドロン』」

「そっちは勇士コード。仕事でも使ってるね。本姓は包苞道(つつみほうて)よ。包苞道ツツジ」


 立ち上がり、手を差し出すツツジ。キャリーはその手を握り返す。

「でも、さすがにまだ考えさせて。現地にいくのは」

「いえ、無理にとは私も申しません。ご随意になさってください」


 国家と個人は別。集団に属しても組織のルールに染まらず、自分の責任と正義を貫く人間はいる。キャリーがそちら側の人間であると分かり、ツツジは頑なな態度を解いたようだった。


 良かった――と、ミミリは温かい気持ちになる。こんな風に一歩引いて自分の間違いを認め、相手の言葉に耳を傾け尊重できれば人はわかり合える。


 そうすれば戦争もなくなるのだがとミミリは淡い夢想を抱く。今こうしているあいだも世界のどこかでは、対話を拒否し、互いの都合をぶつけ合うゼロサムゲームが続いている。


 なんで、と悲しい気持ちになる。

 憎む相手を滅ぼしても、誰かを憎んだ人は憎しみの快楽に取り憑かれる。憎しみを目的に、免罪符に、大義名分に、今度は近くの誰かを傷つけるだろう。ゲームは終わらない。


 少なくともここにいる面子は、そんな不毛なゲームを少しでも減らそうと意志する者達だ。あのアロハシャツの武人もそんな同志であればよいのだがと、ミミリはちらとみやる。


「ではお二人は現地に行くということでよろしいですね?」

「ああ」「はい」ヒューケインとミミリは了承を唱える。

「ありがとうございます。必要なものがあれば仰って下さい。こちらで揃えます」

「気前がいいね、助かる。あとでリストを送ろう」

「現地にはこの詩翅も同行します。彼も元勇士。力になれるでしょう」


「あらためて、詩翅カタリじゃ。よろしくのう。第三軍団に所属しておった」

 蕩々とした調子で自己紹介を述べる詩翅。見た目通りマイペースな人だなと思い、ミミリは素朴な質問を口にした。


「第三軍団といえば猛者揃いで知られる、あの? たしか軍団比較でのフォールイン総討伐数は二位に五桁以上の大差をつけてトップだったそうで」

「ドベ争いしてたウチら第十二軍団から見れば殿上人よねー、勇士としての実力も。格付けランカーの上位陣だって八割が第三の連中だったじゃん」とツツジは捨て鉢にいう。


「昔の話じゃよ。誇るようなもんでもない。化け物殺しの技なんぞ今の世の中飯のタネにもなりゃせん。買って貰えるのはせいぜい腕っ節だけよぉ。それでそこのキャリーに拾われた」

「仕事がみつかってよかったですね」

「ほっほ。じっさい行き倒れになりかけてたよ。ギリギリセーフじゃな。はっは」

 苦境も話の肴とばかりに詩翅は小気味よく哄笑を飛ばす。


「ところでおんし、獅子堂のお姫さんなんじゃってアイドルしとるっつう」

「え、ええ。そうですが」

「ほほーう……」まじっとした視線をミミリの顔に向ける詩翅。

「な、なんでしょう」とミミリは年頃の女の子らしく恥ずかしげを覚えて顎をひく。


 すると彼はくしくしとミミリの頭を愛でるように撫で回し始めた。

「いやあ、やはり近くで見るとめんこいのおー。ほっほ、ころころしとってまるで犬稚児のようじゃあ~」


「むっ……」

 ぴくりと眉をあげる。大抵の無礼は許せるが、何にしても犬に例えられるのだけは許せない。いつからかは忘れたが、いつの間にかミミリのなかでそんな線引きがあった。


「だんな、犬種はラブラドールですぜ。もっと大きくなりますよ――っでッ!」

 場に便乗して悪ふざけを飛ばす無礼な優男に対し、ミミリはテーブルの足下で誅をくだして涼しく微笑む。怒気と淀んだ殺気を孕ませて。


「そうなんです。まだまだ育ち盛りで、『甘噛み』が我慢できなくって」

「ほ、ほうか……」

 さすがの詩翅も顔を青くし、それ以上の言葉を失った様子。

「くっ、う、うぉ……ぉお……」

 臑を抱えてふるふると悶絶するヒューケイン。ダメージのほどが窺える。相当響いた様子だ。


「恐ろしい侍ひめさまじゃのう……。軽口は控えておくか……」

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