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ハッピーエンドストーリーメーカーマクロ  作者: 陸陸陸(むつみ)
渇いた救世主の帰還
5/20

お題:ハッピーエンドの続きから始まるもの

 ――とまあそれでも私達の人生はまだまだ続くわけで。



「最近の映画ってほんと昔の人気作のリメイクやパート2やら3ばっかよねえ」

 ツツジがぼやく通り、そんなヒーロー映画のパート4を撮影するロケ現場にミミリはいた。

 新進気鋭のアイドルユニット<J―Mina(ジェミナ)>。それが今の二人の肩書きで仕事だ。


 今日の撮影現場はハワイオアフ島のクアロアランチ。かなり昔に一世を風靡した恐竜パニック映画が撮影された場所としても覚えがいい。起伏に富んだダイナミックな地形と原始的な自然を有する山々の情景はまさに異世界。訪れた人々にジュラ紀時代へ迷い込んでしまったかのような錯覚をもたらす。

 それも撮影機材やらチェアなど、人工物があちこちにあるお陰で興ざめなのだが。


「せっかく前作がハッピーエンドで終わったんだからほっといてやれっつーのよ。続編のたびに家族の乗った飛行機が爆破されたりヒロインがびん詰めにされたり、この映画の主人公も不憫よねぇ。監督と脚本家チームはそうとうの鬼畜ね」

 作品の正当性を批判するツツジに、ミミリは困った顔で笑みを浮かべる。

「そうしないと話が始まりませんからねぇ。まあ、昔の映画ファン向けに作っているんですよ。若い層の鑑賞人口って少ないですから」


「マーケティングってやつか。確かにうちらの世代って娯楽といえば下向いてスマホピッピしてばっかだもんね」

「遠征に出てたころなんて凄かったですよね。移動中暇があればみんなピッピしてましたし」

「そこらで有名な勇士たちが黙々とスマホいじってる姿はある意味シュールだったわね。知り合いが「課金次第でフォールインにもらくらく無双できたらいいのになー」とか言ってるあたりはまったく時代だわ」


 正直それで戦いに勝てたら苦労はしないのだが、皆それほどには疲れ切っていたのだ。

 敵はまさに星の数。いつ終わるとも知れない戦。いくら討てども敵は際限なく湧き出てくる。そう手をこまねいている内、人類が暮らす天体も半分以上が失われた。

 果てしない徒労。果てしない消耗戦。このままでは……。

 そんな閉塞が<勇征軍>全体を覆っていたとき、流星のごとく現れた救世主が――


(……この流れだと少々重い話になりかねませんね)

 ちょっとばかり小咄をしてツツジの気を逸らそうとミミリは思い立つ。

「そうそう。『魅せスマホ』をしてたというのもあるらしいですよ、一部の人は」

「え、なにそれは?」


 聞き慣れない単語に顔をしかめるツツジに、ミミリはとくとくと解説を述べる。

「メディアに露出する機会の多い勇士たちが編み出した宣伝技術で、一人でスマホをいじる姿を見せて周囲のイメージを煽り立てるという演出テクニックです」


「なんじゃそりゃ……。一体全体どーいうことなのよ?」

「頭の良さそうな人なら『読書やネットで調べ物をしている』と思われ、知らずの内に博識そうなイメージがつきます。眼鏡をかけていれば効果は累乗増しです。寡黙でコワモテなら『なんか強そう、コワイ』という勘違いをされ、噂に尾ひれ背ヒレで一目置かれるようになります」


「凡庸なひとは?」

「凡庸なイメージがさらに増幅されて、『すごく暇で、一人でいるのが好きでたまらない普通な人』のイメージが不動のものとなります!」

 言ってぐっとガッツポーズを作ってみせる。

「どう考えてもボッチの根暗としか思われないんじゃないかしらね……」


 はしゃぐテンションのミミリに対し、ツツジはもうお腹一杯のオーラを露骨に漂わせている。

 しかし興が乗ったミミリの話はまだ終わらない。


「更に上級者になると無駄にスタイリッシュなポージングをしつつスマホ操作をするとか!」

「まだあんの!? つか完全に危ない人じゃん! 彼氏だったら完全におことわりね……」

「上級の『魅せスマホ』プレイヤーのコミュニティではトリックの仕上がりを競うコンテストがあって、日々技を磨きあっているそうですよ」

「ト……トリック?」


 パリモデルばりのポーズを決めながらスマホをいじるイケメン勇士が、



『……はっ、美しい――! さすがはパリで奥義を極めた男……。やるな、貴様ッ!』

『ふっ、お前こそ。フィニッシュのキレたポーズ、おれが女だったらびしょ濡れだったぜ……!』



 などと互いを誉め讃え合い審査の点数に一喜一憂する場面を想像したかは定かではないが、ツツジはげんなりと目をすぼめて頭を抱えるのだった。

「もうついてけんわ……」

 そう言ってうな垂れた彼女だったが、一転して気を取り直し、

「つーか今ってさ、みんなこれ見てるんじゃない?」

 ほらこれ――とスマホの画面をミミリに寄越して見せる。

 上下を青と白のツートンラインで囲われたロゴ――<ORac.システム>とあった。


「ああ。去年の末にでた未来予測アプリですか。的中率、すごいらしいですね」

「似たようなものは今までも沢山あったけどどれも予言や占いレベルだったでしょ。でも<オラク>は違うんだって。文字通り『予測』レベルで未来を引き当てるそうよ。しかも精査する時間と距離の範囲を絞れば絞るほど『予測』を超えて『予知』に近づくんだって」


「じゃあたとえば、極端ですけど精査範囲を自分の周囲だけに絞って、測定時間をコンマ秒単位に設定すれば、理論上では自分の身の回りの未来は常にわかるってことですよね?」

「そうね。サシでポーカーなんてやったらきっと賭けにもならないんじゃない?」

「じゃあカジノは大変ですねぇ」

「だから今じゃどこのカジノも入場前に客の端末を預かってるんだって。それでも予備の端末を持ち込んだり、オラクアプリを『割って』使う人もいるからね。それを検知する仕掛けをホール全体に施してるところもあるけど、完全にイタチごっこって話よ」


「どんなにルールを設けても穴を突く人はいますものね。示し合わせて集団でカウンティングするとか。新しい技術が出来ると大変ですよね、対策とか問題が増えて」

「まーねー。けど逆にルールなんて設けるからズルしようって考えるのよ。ルールに違反しない限りなんでもやっていいんだって。やりすぎてお上に規制されるまで際限なくね」

「ひどい話ですねぇ」


 しみじみと言い、ミミリは『海の空』を見上げる。空を覆ってたゆたう水の網目は陽のプリズムを照り返し、地上をさんさんと照らしている。触れれば命を殺す死の海も、景色としてはとても優しい。


「なら、悪巧みする人がいなくなればルールなんて必要なくなるのかなあ?」

 全ての人が『正しさ』に目覚めれば問題はなくなる。そんな甘いものではないだろうが、少しはそれで世界が優しくなるのではという夢想がミミリの中にあった。

 しかし『真実』はあまりにも切れすぎる。


「それこそ絵空事よ。生き物が生き物を殺さずに生きるって言うのと同じくらいにね」


 ――それはその通りだが。

 ではどうすれば世界は良くなるのだろう。


『答え』が知りたい。


 むぅと唸り、ミミリは反証の言葉を巡らす。

 ふと懐かしさと既視感も。今のような話をしてはあの人に疑問をぶつけていた。


 彼はどんな事にも淀みなく答えてくれた。質問するのはそれが楽しかったからだ。彼の頭には全知を納めた魔法の辞書が入っているように思えてならなかった。その限界を試してみたかったのだ。


 だが全てを識る彼でも答えの出せないことはあった。


 例えば白黒つけられないような問題、人の善悪を問うような話になると、あの人はいつも決まって同じ逃げ口上をうつ。



「いい奴、悪い奴。色んな奴がいるから世界は楽しいのさ」



 頭からシャワーのように降ってきた軽快な声にびくりと背中がすくんだ。後ろを振り返る。


 ずれたサングラスから碧眼をのぞかせる金髪の白人青年がいた。長身で比較的痩せ形だが筋肉質で頑健。どこか軽薄さを漂わせる人相だが、顔つきは精悍で人懐こさもある。


 彼はヒューケイン・D・プラタナス。勇士のころミミリとツツジが属する隊の指揮官だった男で、今は<J―Mina>のマネージャー兼プロデューサーをしている。


 陸軍兵士さながらに引き締まった二の腕をしならせ、ヒューケインが柏手を打つ。「休憩終わり」の合図だ。

「出番だぞ二人とも。脚本と演技、バッチリ頭に入ってるよな?」

「ったく、あったりまえよー。さぁて張り切っていきましょうかねっと」

「よし。んじゃスタンバイよろしく。あと三カットで今日はシメだってよ」

「わかりました。いってきます」

 とミミリは元気よく返事を上げ、ツツジの背中を追いかけた。

 南国の空は突き抜けるように青く気持ちがいい。開放的な気分で仕事に臨めそうだ。



 ロケのあと、時は夕暮れ。ミミリはホテルの自室に戻るなりベッドに突っ伏した。

「はぁー……。やらかしました。憂鬱です……」

 心の空はどんより曇り空。出されたリテイクの数は……正直覚えていない。


「気にしない。監督が無茶ブリするからよ。天気が悪くなるからって予定三時間のところ二時間で納めようってんだから」

 着衣をぽいぽいとベッドに投げ捨て、ツツジは部屋着に着替えながら言う。シュシュでまとめたサイドテールをほどき、パーマのかかったセミロングの髪を手でなでつける。夕陽を受けて煌めく彼女のエメラルドの頭髪に見惚れながら、ミミリはベッドに突っ伏した。


「ぼへえぇ……。急がなきゃって気が焦ってしまいました……。プロにあるまじき、です。ごめん、スタッフの皆さんばかりかツツジにも迷惑かけちゃって」

「気にしちゃいないわよ」


 さばさばと言ってツツジは冷蔵庫から缶コーラを二本取り出しミミリの隣に腰を下ろす。

 頬にヒヤリとした感触。寄越されたコーラを受け取りミミリはツツジの顔を見上げた。


「しっかし、アンタ昔から間ぁ悪いよね。妙なところでアクシデントや事故に巻き込まれたり、噛み合わないっつーか。間が悪いといったら勇士になった時期もそうよね。まさか、なって二年もたたずに戦いが終わっちゃうなんてさ」


「えへへ。親戚からもよく言われます。故郷にフォールインがやってくるという話をお父様と叔父様がしているのを偶然聞いてしまって。それでいてもたってもいられず勇士に志願を……。その勇み足のせいでペシェリと大ゲンカしちゃいましたけどね。まあ今ではいい思い出です」


 ペシェリもミミリと同じく守ることを理由に勇士となった。姉ミミリをフォールインの脅威から遠ざけたい――その思いで。そこには獅子堂家の名代を継ぐ次期熊葛藩主を守るという意志もあったのだろう。


 そこに気づけなかった自身の鈍感さをミミリは恨めしく思う。それでも結果は良い方向に流れたので怪我の功名といったところか。


「つーか、勇士もアタシらの世代で最後かあ。もう新しく生まれることもないのよね。仲間もたくさんいなくなっちゃったし。ウチの隊で生き残ったのも両手で数えるほどだけだしね」

「ですね。寂しくなりました」


 知人、友人、増えるいっぽうフォールインとの戦いを経るたびにいなくなっていった。

 世界を滅ぼす力を持つ怪物を葬るそれ以上の怪物――勇士。そんな存在であっても世界が定めた死のルールは適用される。肉体を失えば世界に干渉することはかなわない。


 ただし勇士は不滅、永遠の存在だ。その『心』は世界に残り続け、決して霧散することはない。

 人間には扱えない、勇士のみに行使が許された秘技。世界に漂う勇士の『心』を復元した肉体に還す『復活の技法』。勇士はこれによって尽き果てぬ無限の軍団を作りあげた。


 が、所詮それはエミュレートした心を宿らせた別人。本人のように振る舞うイミテーションでしかない。


 少なくともミミリの瞳と心にはそうとしか映らなかった。心を通わした本当の彼、彼女たちはもうどこにもいないのだ。

 過ぎ去ったあの日、戦友達の顔を脳裏に描き、ふと目端に熱が湧いた。

 感傷を振り切るよう缶のプルタブを開けコーラを勢い良く一口あおる。涙を見せまいとミミリはツツジに背を向けて寝転がり、スマホを取り出していじくる。


「ともあれ戦いは終わったわけですし。これからは人生を楽しみましょう」

「まぁね。最初は勇士の広報活動の一環でアイドルになったけど、今も仕事させてもらってるしね。けど英雄扱いされてちやほやされるのは今のうちだけよー。頑張らないと」

「勝って兜の緒を締めよ、ですね」

「ところで、なにいじってんの?」


 会話の最中なにやらしているのが気になったのだろう、ツツジが覗き込んできた。ミミリはスマホの画面をかざして見せる。

「<オラク>のアプリですよ。興味があったのでインストールしてみたんです」

 ツツジはなるほどねという顔をすると、何かを思い出したかのようぽんと手を叩く。

「未来予測と言えば日向よ。あの子、未来視の使い手だったわよね。いま何してるんだろ」

 ああその話になってしまったかとミミリは内心落胆する。さっきは上手く避けたつもりなのだが……。

 冶月(やつき)日向(ひゅうが)。かつて同じ隊にいた仲間、幼い頃から知る同い年の友人。ミミリに剣術のイロハを教えてくれた師匠の息子にあたる。未来を視る彼の力には何度も窮地を救われた。


「旅に出ると言ってそれきりですね。便りもないし、ホントどこにいるんだろう」

「真面目で気優しい奴だったけど、あまり自分のことは話さない子だったし。よく話してたアンタのほうが思い当たるんじゃない?」

「うーん……。どうでしょう」


 思い当たる節はない。彼は行き先も告げず姿を消してしまったのだから。


 勇士になりたての当初、八秒先までしか見通せなかった日向の力は戦いを経るごとに強くなり、十六秒、六十四秒と累乗に増していった。その力は対フ戦攻略の戦術、戦略構築、作戦立案に活かされ、閉塞していた戦況を打破。果てはティタンフォールを予見し戦いを早期決着さしめた。後期対フ戦末期における彼の功績と貢献は計り知れない。


 日向はそんな自分の行く末が見えていたのだろうか。はたまた――。


 ただ以前、彼は妙なことを口にしていた。それが頭の隅に引っ掛かり、まるで剥がれ落ちない鉄板の焦げかすのように、とても根深く記憶に残っている。

 確かあれはフォールインとの戦争中。勇士が住まいの拠点にしていた<舟>でのことだ。

 日向の趣味は野菜の栽培だった。よく相伴にもあずかったものだ。収穫した野菜でツツジやペシェリ達と一緒に料理パーティをしたり、豊作のときには彼と二人でカゴを担いで仲間達にお裾分けして回ったりなどなど、野菜にまつわるエピソードには事欠かない。

 だからはっきりと覚えている。


                ※


 今日はスイカの収穫日。ミミリはやるぞと張り切りツナギの腕を捲った。


 二週間の遠征から帰還し久方ぶりに訪れた畑は、小さな雑草の芽があちこちに目立っている。それでもスイカは丸々とほどよい熟れ具合の実をつけ、主の帰りを迎えてくれた。


 六坪程度の畑にはスイカの他に茄子と胡瓜も房を実らせている。日向は畑の様子を見て回りながら軽く手入れを加え、スイカのところにやってくると嬉しそうに実を撫で回した。


「ねぇ、ミミ。植物ってすごいよね。ちょっとの水と栄養さえあればこんなに大きく育つんだもんな」

「日向君がひごろ熱心に手入れしていたおかげですよ」

「いや、じつは僕は殆ど何もしてないんだ。ちょっと暇なときに水をやって雑草を抜いてやっただけさ。ここまで成長したのはこいつら自身の力だよ」

 ぽんとスイカを叩き、日向は安らいだ顔で艶めいた皮をよしよしと撫でさする。


「それに比べて人間は一人じゃ生きていけない。生きるのに沢山のものを必要とする。それなのに大きくなれない。いつまでも同じままだ。渇き続けて芽すら出ない。このスイカと違って。何がいけないんだろうな」


 ぽかんとしているミミリに気づいたのだろう。

「……ああ、ごめん。前にこんな例え話をした人がいてね。その人の受け売りなんだ」

「そうなんですか」

「さ、夕方までには済ませよう。今日が一番の熟れどきだからね」


              ※


 そういう彼は終始優しい顔だった。穏やかで、何か悟った気配すらあった。

 反面。刺すような、ひやりとした不安を胸に感じもした。


 あの時、自分は何か言葉を返すべきだったのだろうか。

 未だ分からずにいる。


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