ぐだぐだひな祭り
「今日って何の日か知ってる?」
「耳の日」
三月三日。
今日も晴天だった。
いつも通り彼の部屋に来てじゃれあいました。
良い一日でした。
そう日記にかけそうな何でもない日。
それが私の認識だった。だって今更雛人形を飾るのも面倒だから。
昔は飾っていたけれど中学入る頃にはやらなくなった。
両親と祖父母がやらなくなったからだ。
私はもともと手伝いすらしなかったし、このめんどくさがりな性格が災いした。
誰もかれもが「やめましょう」とははっきり言わなかった。
なんとなく、雰囲気でやらなくなった。
「違うでしょ!他の記念日あるでしょー?」
「ないよ」
「・・・・む」
頬を膨らませて、私を見つめる彼。
いつも見つめてくる時間の方が長いから怒られているとも感じない。
はいはい、いつも通りいつも通り。
そう受け流そうとしていた。
「じゃーいいよ、勝手にやるから」
何を。
と言いかけた時に、彼の部屋の扉が閉まる音がした。
あまりにも突然の出来事。
そして本気で怒らせてしまったのではないかと不安になった。
急いで追いかけようと、扉を開けた。
廊下にも誰もいない。
そのままのスピードで階段を降りる。
玄関には彼の靴がある。
じゃぁリビングか、と思いリビング前の扉を開けた瞬間。
「あ、やっぱりやりたい?」
雛あられをお皿に移している彼がいた。
緊張感も何もなく、ふんわり笑う彼が居たのだ。
さっきまでの私の真剣さを返してくれ。
そう言うと彼はまた笑った。
「ちゃんとわかってるから、怒るわけないじゃん」
「解ってること多すぎて、こっちは怖いんだけど」
そう言いつつ、飲み物の用意を手伝う。
結局やることになるのか。
我が家では、やらなくなった。でも彼の家でやるようになった。
場所が変わっただけなのだ。
発端は私の「もうお雛様飾らない」という発言からだった。
それを聞いた彼が、「じゃあ、俺がやるから一緒にひな祭りしよー」と言ったのだ。
本気とは全く思わなかった。
で、その後お雛様は彼の家に移動し、毎年三月三日には飾られるようになった。
大体私が彼の家に(お家デートで)入り浸っているので、毎年祝っている。
「”明かりをつけましょ、ぼんぼりにー”」
ひな祭りらしい、あの歌を彼が歌う。
それを私は無言で聴く。
全部歌い終わるまでは、静かに待つ。
そう言う約束だからだ。本当は私に歌ってほしいらしいが、拒否した。
この年になるといろいろなことが恥ずかしくてできない。
女の子の健やかな成長、か。
とひな祭りそのものに対して考える。
一種の商売だってことはもう既に分かっている。
起源が全然違うものなのは多くの情報から読み解ける。
身の穢れを払うとか、貴族たちの遊びだとか、全然今とは違う。
それなのになぜ、女の子の行事となったのか。
昔は男尊女卑だった癖に。
「~♪、ということで、はい。あーん」
歌が終わった瞬間、雛あられを私の口へ押し付けてくる。
抵抗する理由がないので、大人しく口を開けた。
さく、とした後ちょっと薄めの砂糖が口に広がっていく。
「おいしい?」
「いつもと一緒でしょ」
「分かるの?」
「そりゃ毎年やってるし」
毎年、と言う部分を聞いて彼は笑った。
「毎年ちゃんと終わったら片付けてるからね。早く結婚できるよ」
「・・・・・・・・・・」
「やだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
結婚、結婚とうるさいよ。
蚊の泣くような声でそう返した。
あんなのも嘘だよ、永遠の愛なんて誰も誓ってないよ。
そんな嘘の関係にはなりたくない。彼だけは──。
嘘偽りない、そんな関係でありたいのに。
「・・・・・結婚しなくったって、一緒に居るよ」
そう言った私を、思い切り抱きしめて更に離さない彼。
あー、毎年こうなる。
大体彼はベッタベッタに私に触る。
そして言うのだ。
「俺だったらこんなに離れて座らないよ」って。
つまりもっと近くに、ずっといるよ。そんな意味を込めて言うのだ。
恥ずかしいったらない。嬉しくないわけじゃないけれど。
男雛と女雛を見て、そう笑う彼を崩してみせようと思った。
他の彼が見たいから。
だから今年は先回りしていってみた。
結果は一緒。やっぱり彼の気の済むまで抱きしめられる。
「あーもー、ずっと一緒。絶対離れないからー」
「いやむしろ、もう離して」
ひな祭りは、女の子のためじゃない。
”女の子を愛でたい”男の人たちの行事なんじゃないかと思った日だった。
まぁ悪くはないけど、毎年はいっそ迷惑だ。
毎日愛でられている私にとっては。・・・・自分で思って鳥肌立った。
やめよう、もう考えるのを止めよう。
彼の温かい体温に包まれつつ、目を閉じた。