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……17

 12月17日。朝起きて一番にアドベントカレンダーをめくる。最近は前日ではなく、朝一で開く事にしていた。最近ずっとイラストばかりだったのに、今日は一言メッセージが書かれていた。


「目覚めよ」


 何に? 今目が覚めたばかりだけど。よくわからないが、今日は何かがあるのかもしれない。それでも今日も普通に学校の日だ。制服に着替えて朝食を食べに行く。


「お母さん。私24日のイヴ礼拝の後、友達と遊びに行くから、夕飯いらない」

「あら……そんな遅い時間に?」


「由香と瞳と一緒だから大丈夫だよ」


 少しだけ嘘をつく。これくらいの嘘は、誰だって言うしいいよね。


「由香ちゃんと瞳ちゃんと一緒なら……。でもあまり遅くならない様にね。それに25日の夜はうちでクリスマス祝いやるからね」

「うん。わかってる。ごちそうさま」


 イヴの夜は礼拝に行き、25日の夜がクリスマス祝い。それは毎年うちの恒例行事だった。


「待って、真耶。クリスマスプレゼント、欲しいもの考えておいてね」

「うん。わかった」


 お母さん。私が今一番欲しい物は買えないんだ。最上さんの心が欲しい。そう……神様に願うよ。


 出かける前に、自分の部屋の鏡で身だしなみをチェック。それと一緒に鏡の側に置かれた一輪挿しをみる。少ししおれかけたガーベラが、健気に咲いていた。


「今日また、買いに行こう」


 そして最上さんと会うのだ。少しづつでも、私の事記憶に止めて欲しい、好きになって欲しい。この想い届け。



 学校に行く途中、町中がクリスマス一色なのが目に付く。店だけでなく、イルミネーションやツリーを庭に飾る家もある。

 こんなにクリスマスが待ち遠しいような、怖いようなこんな気持ち初めてだ。子供の頃はプレゼントが貰える日と無邪気に喜んだ。中学くらいから、恋愛に興味がでてきて、自分にもそう言う事が起きないかと期待していたが、まったく恋の予感すらなく。

 ロマンチックな恋人達の様子をねたましく思ったりもした。でも……私。今人生初めての恋をしてる。



 放課後ショッピングモールへ行く途中、近くの公園を通りかかった、その時ふと気になるカップルがいた。男が綺麗な薔薇の花束を持っていて、怒った表情の女性に花束を渡そうとしているのだ。


「俺が一番好きなのはお前だから。愛の証……受け取ってくれよ」


 女は差し出された花束を受け取ってすぐに地面に叩き付けた。


「浮気しておいて信じられるわけないでしょう! バカ!」


 そのまま女は立ち去って行った。男は呆然と花束を拾い上げる。うわ……修羅場見ちゃった……。と野次馬根性でついつい見ていたが、なんだか男の様子がおかしかった。

 男はぎらぎらと怒りの表情を浮かべながら、花束を持ってショッピングモールへ向かって歩いて行く。

 私は嫌な予感がして男の後を追った。



「さっきここで買った花束が、もうこんなぐちゃぐちゃじゃないか! 不良品を売ったな! 返金しろ!」


 先ほどの男が最上さんに向かって大声を張り上げた。地面に叩き付けられて崩れた花束を差し出し、怒りの形相で食いつく。


「申し訳ございません。当店では一度お買い上げいただいた商品の返品はできない事になっております」

「不良品を売りつけておいてその態度はなんだ!」


 最上さんは本当に申し訳なさそうに頭を下げているが、男はひどい難癖を付けてネチネチと文句を言い続ける。騒ぎが気になるのか、通りがかりのお客さんも立ち止まって見始めた。


 ひどい……。自分が浮気して、彼女にふられて、その当てつけに、こんな八つ当たりするなんて……酷過ぎる! 最上さんが可哀想だ。

 本当は怒る男が怖かった。こんなにみんなが見てる前で声をかけるのは恥ずかしかった。でも私は勇気を出して一歩踏み出す。目覚めろ! 自分!


「ちょっと待ってください……」


 大声を上げたつもりだったが、ひるんでしまって思わず語尾が弱々しくなる。最上さんと男が振り向いてこちらを見た。それだけでびくびく震えが止まらない。


「私……見ました。その男の人が、女の人に……花束を渡して、女の人が、地面に叩き付けたの……。花束は不良品じゃないです。その人が嘘ついてます。」

「ガキが何言ってんだ!」


 男は怒りをそのまま私にぶつけて、腕を振り上げた。私は怖くてぎゅっと目を閉じる。しかし何もおこらなかった。そっと目を開けると最上さんが男の腕を掴んでいた。


「お客様。暴力行為はお辞めください。警察を呼びましょうか?」


 いつも明るく笑っている最上さんが、すごい怖い顔で男を見ていた。その凛々しい姿にドキドキする。警察と言われて男も慌てたのか、何も言わずに逃げ出した。


「大丈夫?」


 最上さんが心配そうに私の顔を覗き込む。私は緊張の糸が途切れて、思わずぽろりと泣いてしまった。


「こわ……かった……。でも、最上さん……助けたくて。あの人……酷いし……」


 つっかえつっかえ、たどたどしく言う私の言葉を、じっと最上さんは聞いてくれて、優しく頭を撫でてくれた。


「助けてくれて、ありがとう。勇気を出してくれて、ありがとう。凄いね。君は……。君じゃまずいか。名前聞いても良いかな?」

「……佐々木真耶です」


「ありがとう。真耶ちゃん。いつもきてくれて、助けてくれて。お礼させてもらえないかな?」


 最上さんの優しい笑顔に思わず私は見蕩れた。

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