秋の終わりに <DUAL ~竜人と吟遊詩人~>
パチパチ。
目の前の焚き火が音を立てる。
燃え上がる炎が周りの木々を浮かび上がらせている。
「もう秋も終るな」
焚き火の向こうに座っている彼が言った。
木の葉も紅く色づき、木々を抜けていく風も冷たさを増している。
「また、しばしの別れだな」
焚き火の向こうの彼はもう1度口を開いた。
私は答えない。
彼は、枯れ枝を数本、焚き火に放り入れた。一瞬舞い上がった炎が、彼の固い肌を照らしだす。
竜人独特のその肌を。
その姿は固くしなやかなうろこで覆われ、その体躯と力強さは見る者を圧倒する。
だが、これからの季節、彼らの姿が見られることはない。
冬眠に入るのだ。体に養分をため込み、「室」と呼ばれる穴の中で。
太古の昔から流れつづける血がそうさせるのか、彼らがその定めから逃れる術はない。
「南の暖かい所に行こう」
そう言ったこともあった。
「そうすれば、眠らなくてすむかもしれない」
だが、彼は首を縦には振らなかった。
「竜人は冬は眠るものだよ」
そう言って、静かに笑った。
「それが自然の習わしというものだ」
激しい炎が数回、2人を照らし出したあと、彼は無言で傍らの手斧を森の中に放り投げた。
鋭い叫び声と、何かが地面に落ちる鈍い音が響く。
「ちょっと待ってろ」
彼はそう言うとすっと森の中に入って行き、帰って来たときには右手に夜行性のヴァガ鳥を握っていた。
再び、焚き火の向こうに座ると、ナイフを取り出し慣れた手つきで皮を剥ぎ、肉を串に刺して火であぶる。
「ほら」
焼けた頃をみはからって、彼が足を一本取り、差し出す。夕食は済ませていたが、私はそれを受け取ってかぶりついた。
冬眠前の竜人が、食べ物を渡す意味を私は知っている。
彼も、もう一本の足を引きちぎりほおばった。
私は、食べおわると、背中からリュートを下ろした。弦を爪弾き、音色にあわせてのどをふるわせる。
吟遊詩人としてはほとんど歌うことはないのに、いつのまにか得意になっていた歌。
四季の歌だ。春で始まり、冬で終る。
彼は、その秋と冬の部分が特に好きだった。
冬眠へと向かう中で、舞い散る枯れ葉を美しいと感じる彼は、決してみることのできない情景をどのように思い描いているのだろうか。
そして、この歌が別れの印となっていた。
夜明けと共に、彼はこの森の奥にある自分の「室」へと向かい、私はまた旅を続けて町々を渡る。
彼が次に目覚めたときには、世界は春の陽射しに満ちているのだろう。
そして、またいっしょに旅を続けるのだ。
次の秋が去りゆくまで。
1995/11/-