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盗賊ギルドの新年 ~ギルド員みんなの場合~

 石畳を真っ白に雪が染めるようになれば、もう年の瀬。お店では冬の花や常緑樹の枝、それか色とりどりの造花を編んだリースや、太陽のモチーフを使った飾りが売り出され、白い街に彩りを添えています。

 新年の始まりは、昼間が1年で1番短くなる冬至の日。この日は『太陽の復活祭』とも呼ばれていて、徐々に眠りについていた太陽がまた戻ってくるという、あたしの知っている限りでは世界中どこでも祝われるような最大のお祭りなんです。特に冬の神が住まう北限に近いこのクレドランスでは、厳しい気候にも関わらず日々の糧をもたらしてくれる太陽に感謝して、とっても盛大にお祝いするんです。

 屋台のランプに照らされて白く輝く雪を踏み、ほっかほかの焼芋をいくつか盗賊ギルドのみんなにお土産に買って、ほくほく湯気を立てながらあたしは銀の箸亭の扉をくぐります。勝手口の飾りつけだろうと手を抜かないのがクレドランス流、戸口の上には花飾りが付けられ、扉にはオレンジ色の太陽がにっこり笑う木製の看板が下がっていて。どこの家でもそうやって飾り付けているんですけど、銀の箸亭の飾りを見ると、ここで行われる盛大なお祝いの宴を想像して、あたしはちょっとばかりにやけちゃいます。

 階段を下りていくと、つんつん突き刺さるような寒さから、ほんのりと温もりが感じられるようになります。扉を開ければ人が集まる温かさが、暖炉のある銀の箸亭と遜色ないかもしれないくらいです。

「こんばんはー」

「こんばんはアリカさん! あっ、なんですかその大きい袋」

 ベルンちゃんが立ち上がってわくわく覗き込むので、あたしは袋の中身を見せて「うふふーいいでしょ焼芋ー」と思わず頬を緩めます。

「わぁ、熱々じゃないですか! いいなぁ……」

「焼芋ですか!?」

 さらにログロ爺さんと今日は物語の本を読んでいたナナリちゃんが、ログロ爺さんに一言断って飛び出してきます。袋を覗き込んで大きく息を吸い込み、「もう香りだけで幸せ……」とほっこり顔。

「近くの屋台で買ってきたの。食べる?」

「いいんですか!? もちろんです! あ、でも半分でいいです……」

 うふふ、お腹回りとかが気になるお年頃なのかしら。……あたしはもう、成長期みたいにたくさん食べられないから半分でいいんですけど。

「じゃ、半分こしよっか」

「はいっ!」

 嬉しそうなベルンちゃんの前で焼芋を半分に割れば、ふうわりと立ち上る甘い香り。焼芋を受け取ったベルンちゃんは、「あちちっ」と手の上で焼芋を跳ねさせてから、持ち直して幸せそうにぱくりとかぶりつきます。

「わ、私も半分でいいので欲しいです。動いたからお腹空いちゃって……」

 そう言ってお腹を押さえるナナリちゃんの右手は、大きな豆がいっぱいできています。ナナリちゃんは、あたしが襲われた後から何か思うところがあったんでしょう、デュオンや冒険者をやってる盗賊達から、軽い小剣を使った戦いの方法を習っているんです。この前までは剣も借りていたみたいですけど、「せっかく貯めていた自分用のお金の使い道が出来ました」と嬉しそうに、ちょっとした柄飾りのついた小剣を自分で買ったんだと見せてくれました。

「成長期の子は変な遠慮しないの。ほら、お食べー」

「はぁい! ありがとうございます」

 今日も剣の稽古でお腹が空いたんでしょうから、ナナリちゃんには1本丸ごとあげることにしました。もう半分添えたのは、ログロ爺さんの分です。

 ぱぁっと笑顔を輝かせてログロ爺さんのテーブルに戻ったナナリちゃんから、ログロ爺さんが顔を綻ばせて半分の方を受け取ります。うむうむ、実のじゃないけど美しき祖父孫愛。

「おおォ、焼芋かァいいねェ」

「リュンスさんもいる?」

「いいのかいィ? 足りなくねぇかァ?」

「みんなで半分こすれば足りる足りる。ダルムさんもどう?」

「お、ちょうど腹が減ってたとこなんだ、ありがとよ」

「……それってひょっとして、また有り金全部賭けちゃったから?」

「あははよくわかったなぁ。そういうことさ」

 ……可哀想かと思ったけど、自業自得なので焼芋は容赦なくリュンスさんと半分こにしておきました。

「あ、僕もいただいていい? 実は食べたことなくって」

 レオンディールがわくわくした様子であたしの手元を覗き込みながら言います。……え? 焼芋食べたこと、ない?

「え、本当? 焼芋だよね?」

「そうそう。うちの母が厳しくて屋台で買い物なんかしたら怒られたし、そのまま頬張るなんて野蛮だとか言って全部スイートポテトにされちゃったし。あれはあれで美味しいけどさ」

「あはは、貴族の家は大変よねぇ」

 あまりに目を輝かせているので、レオンディールには特別に1本あげちゃいました。みんなの分に足りなくなるほどじゃないし、何よりも焼芋は1本まるごと食べて、お腹いっぱいになりすぎる満足感を味わわなきゃねってあたしは思うんです。

「かぶりついていいよね? いいんだよね?」

「そうそう、皮のままがぶっといくのがいいのよー」

「皮剥かないの!?」

「そう、焼芋はそういうもんなのよ」

 まぁ、中には剥く人もいますけど。あたしは面倒……いえいえ、やっぱり皮ごと食べた方が趣があるかなって!

「やー、賑やかだねー」

「あ、ギルド長! おはようございます!」

 まだ仕事に行く前の楽そうな格好で自室の扉を開けて出てきたギルド長に、手帳を広げてペンを片手、焼芋を片手に考え込んでいたユメちゃんがぱぁっと華やいだ声を上げます。きっと、怪盗としての次の演出を考えていたんでしょう。前から「太陽の復活祭には何か大きいことやらかすからね!」って言ってましたし、ファンの一人としてあたしもとっても楽しみなんです。

『おはようございます!』

 あたし達も立ち上がって一礼。ま、軍隊みたいに統制が取れてるわけじゃないのでてんでバラバラなんですけどね。

「ギルド長も焼芋いります?」

 そう尋ねて焼芋を割ろうとしたあたしを、「あ、ごめーん、僕はちょっといーやー」とギルド長が首を振って止めました。

「あら、ギルド長は焼芋嫌いでした?」

「いやー、どっちかって言うとー割と好きなんだけどー……」

 ちょっと言い辛そうに、ぽりぽり頬を人差し指で掻いてから、ちょっと小さな声でぽつり、とギルド長は言います。

「あのー、そーゆーことを致してる時にー、もよおしたら困るでしょー……? お、オナラ、とか……」

 ギルド長の言葉を理解するまでのしばらくの間。

 次の瞬間、一斉に噴き出したあたし達の笑い声が、ギルド一杯に響き渡りました。


 あの時あたしを襲った二人の処罰が行われて、一度は何となく沈んだ雰囲気になっていた盗賊ギルドも、血の臭いが徐々に薄まっていくのと同時に、だんだんと元気を取り戻してきました。しばらく仕事を休んでいたギルド長も、勝負服に身を包み「それじゃー行って来るねー」と普段と同じ力の抜けた声でギルドを出て行きます。今日もきっと、お金持ちの奥方からお金を巻き上げて来るんでしょう。

 もちろんあたしも、縄の痕もとっくに残っていないし、今はばっちり元気です。あの2人のことは少なくともあたしに責任があるわけじゃないし、少なくともギルド員を拉致して殺そうとしたんですから――当たり前だったんだって、思うようにしました。

 そもそも盗賊行為だって、誰かから許可なんて得ないでお金を奪ったりしてるわけです。自分の中でそのことに整理を付けないと、盗賊稼業は辛くなるばっかり。もしかしたらそれが、そうやって人から色んなものを奪いながら生きてるあたし達盗賊が、逃れられない思いなのかもしれませんけど――。

 おおっと辛気臭くなっちゃいました。焼芋も全員に配っちゃいましたし、そろそろ夕方の一仕事を終えたギルド員がやってくる頃です。ベルンちゃんと交代して受付に座ったところで、ちょうどギルドの扉が開きます。

「ようこそ、盗賊ギルドへ!」

 ギルドに血の臭いが残っている間は幾分引きつっていたあたしの笑顔も、かなり自然になったんでしょう。

「よぉ、元気な挨拶が戻って来たな」

 一仕事する前に立ち寄ったのでしょうか――最近、そうやって夜の早いうちに一度顔を出すことが多いんです――扉から顔を出したディオンが、そう言って嬉しそうに笑うので。

「おかげさまで。もうすぐ太陽の復活祭だし、あたしも復活しないとね」

 あたしもとびっきりの笑みを、命の恩人であるディオンに返すのでした。


 お祭りの準備ってのは、楽しいものです。そして楽しい時間っていうのは、あっという間に過ぎるもの。

 あたしもギルド員のみんなと一緒に過ごす盗賊ギルドでの太陽の復活祭の準備のために、非番の受付や仕事に行かないみんなで買い出しに行ったり、たっぷりのクッキーをアパートの共用窯で焼いて持ち寄ったり、丸焼きにして食べる肥育雄鶏を買って来たりしているうちに、あっという間に太陽の復活祭の当日になっていました。

 太陽の復活祭は、お昼頃から明け方までずーっと宴会で飲んで食べて騒いで、それから外に出て初日の出を見ながら、太陽にまた一年あたし達を照らしてくれるよう祈るのが普通の過ごし方です。ナナリちゃんやレオンディールみたいに自分の家がある人は、家族と一緒にお祝いするんですけど、あたしみたいに身寄りのないギルド員は、ギルドが家族みたいなものですから、銀の箸亭を貸切にしてギルド員だけで盛大に祝うんです。もちろん銀の箸亭のマスターやウェイトレスだけでは、午前中に全ての準備をすることなんてできませんから、手の空いているギルド員はみんなで手伝っちゃいます。これがまた、楽しくって!

 5羽も買っておいた肥育雄鶏は前日の夜に絞めて、羽根をむしっておきます。こうすると硬くなくて美味しい丸焼きになるんですよ。そこにとっておきのハーブを摩り込んで焼くのは、マスターの腕の見せ所です。

 デュオンやダルムさんにリュンスさん、それにギルド長達男性陣は、外でお酒の瓶を雪に埋めています。魔法使いがいなくても楽しめる冷たいお酒は冬の風物詩、がんがん暖炉に火を入れていただくのが素敵。甘ーい白ワインをキンッキンに冷やすと、世界創造の神話なんかに出てくる甘露ってのはこういうものかしら、なんて言いたくなっちゃいます。

 あ、そういえば、今年はあの人は参加できるのかしら……と思っていたところで、銀の箸亭の扉がからんとベルの音を立てて開きます。

「こ~んにっちっはぁ~。ねーぇ、まだ宴会始まってないわよねぇ?」

「エレカおねえさん!」

 そう、この派手な赤いドレスに身を包んだ長身の人は、故買商のエレカおねえさんです。他国にも商売を広げていて――盗品を扱うから、それくらいしないと安心できないみたいです――すっごく忙しい人ですから1ヶ月に1回くらいしか盗賊ギルドに顔を出さないんですけど、できるだけこの太陽の復活祭の宴会には顔を出してくれてるんです。いつもは前日くらいから来てるから、今年は来れないのかもなって思ったんですけど、今年も一緒に過ごせるみたいで本当に良かった!

「あ、エレカおねーさーん! お久しぶりです!」

 幾つもある机にテーブルクロスを敷いていたユメちゃんが、振り向いてぱっと顔を綻ばせます。

「すいません、宝石が結構あるんですけど、あとで買い取ってもらってもいいですか?」

「もちろんよぉん。このエレカがギルドの子との取引を断るわけないわっ」

「やったぁ! ちょっと太陽の復活祭のパフォーマンスするのに、金貨50枚くらい足りなくって」

「あらぁ、最低価格を指定するなんて、ちゃっかりした子ねぇ」

「えへへー」

 ユメちゃんは最後のテーブルクロスを敷きながら、ぺろりと舌を出してみせます。ちゃっかりって言われるのは、ギルド員にとっては素敵な褒め言葉。

「んじゃ早速行っちゃう?」

「お願いしまーす」

 というわけでユメちゃんとエレカさんは、連れ立って地下へ。しかし金貨50枚も「足りない」パフォーマンスとは、今年はよっぽど豪勢にやるつもりなのかしら、ユメちゃん。これは明日は街に繰り出さなけりゃ損ってもんです。

「しっかし、相変わらず美人というべきか、うむ……声出さなけりゃ女にしか見えねぇぜ」

 早速テーブルクロスの敷かれたテーブルでタバコをふかしながら、ログロ爺さんが感心したように呟きます。そう、エレカおねえさんの声は、美女とみまごう外見とは裏腹に、元々は低い声をかなり高く作った裏声です。それもそのはず、エレカおねえさんの本当の性別は、男なんですもの。

 もちろんエレカおねえさんに言わせれば、「心は女だから本当の性別は女よっ」なんですけど。でも人に説明する時は難しいから、本当の性別って表現を使っちゃいます。

「たっだいまーですー!」

 そして続いて勢いよく入って来たのは、買い物かごいっぱいに野菜を詰め込んだベルンちゃん。みんなで好きなように料理を作ってたら、野菜が足りなくなっちゃったんです。

「えへへ、いっぱい買いたかったんでちょっと仕事して稼いできちゃいました!」

「わ、言ってくれればみんなでお金出したのに! ごめんねぇ……」

「いえいえ、楽しかったですし、ちょっとばかり余ったのは自分の懐に入れましたし。あ、あとで上納金お願いしますね」

「はぁい、本当にありがとう!」

 ベルンちゃんが満足げな顔で、たっぷりの野菜の入ったかごをカウンターに置きます。……夏野菜まで入ってますけど、まさか魔力保存庫付きのお店まで行って来たのかしら? そりゃぁ、渡したお金じゃ足りないってもんです。それも、かなり……その額をさっくりとスリで稼いできちゃうんだから、本当にベルンちゃんは技芸神の指先を持つ娘、スリの申し子なんだから。

「マスター、包丁とまな板借りるわね」

「おう、好きにしな。振り回すんじゃねぇぞ」

「しないわよう」

 調理道具を受け取って、あたしは大きなボウルいっぱいにサラダを作ります。途中で足りなくなってボウルが2つ、3つと増えていっちゃったり……でもこれがまた、朝までには綺麗さっぱりなくなっちゃうんですよねぇ。

 さて、そろそろお昼です。ふっと漂い始める焼けた鶏のいい香りったら……!

「お、そろそろ始まりみてぇだな」

 顔を出したデュオンが、頷いて赤くなった手を擦りながらまた外に戻り、酒瓶を運び込んで来ます。それに男性陣が続々とやって来て、広々としていた銀の箸亭のテーブルが一気に埋まります。

「さーて、みんな好きな酒を好きなよーに注いでねー」

 ギルド長の言葉にわぁっと上がる歓声。落としても割れないように木のコップが配られて、みんなが酒を置いてあるテーブルにわっと群がります。男達が先にお酒を選ぶのは、寒い外でお酒が盗まれないように見張っていた特権。でもできれば、あの甘ーい白ワインは残っていますように……!

 そしてその間にあたし達は、空いているテーブルに片っ端から料理を運びます。テーブルごとに料理が違うのはご愛嬌。太陽の復活祭は無礼講ですから、欲しければ他のテーブルに取りに行けばいいのです。

 それが終われば、あたし達も好きなお酒を選びます。欲しかった白ワインは結構残っていて、あたしはわいわい言いながらそれをベルンちゃんやユメちゃんと分けました。

「おやまぁ、もう始めるのかい」

 ギリギリまでエレカおねえさんから他国の情勢を聞いていたんでしょう、ココットおばあちゃんがエレカおねえさんと一緒にすたすたと姿を現します。エレカおねえさんは度の強い火酒を、外で作っておいた氷を割って入れてロックで。ココットおばあちゃんはそれをストレートで――2人とも、「若いもんは情けないわねぇ」と酔い潰れた男性陣やちまちま飲んでいるあたし達を尻目に、凄まじい勢いで杯を空けていくのが恒例です。

「よし、それじゃギルド長、乾杯頼むぜ」

「はーい」

 調理を終えて席に着いたマスターに促され、ギルド長がゆらりと立ち上がります。

「えー、本日はー、お日柄もよくー……」

 そう言って始まりそうになった長い挨拶に、「ギルド長早くしてくださいよー」とヤジが飛びます。あははと笑ってギルド長が、短い挨拶に切り替えるのがここ数年の恒例。

「それじゃー、みんなの無事と仕事の成功を祈ってー、太陽に敬意を表してー……かんぱーい!」

『乾杯!』

 かこんかこんかこん、とあちこちで木のコップが軽快な音を立てます。あたしも盛大に音を立ててコップをみんなと合わせ――飲み干すのがもったいなくて一口ずつワインを飲みました。葡萄の香りと優しい甘さがきゅーっと口の中に広がって、もうたまりません。

 そこから先はもう無礼講です。鶏の丸焼きは今年も最高に美味しく仕上がってましたし、あたしが即興で作ったサラダはドレッシングが好評で、魚のトマト煮はじゃが芋や人参に味が染み込んで体があったまって……もちろんその間に何杯もお酒をおかわりして、食べ疲れたらお喋りに興じます。

 お酒にあんまし強くないリュンスさんなんかは、3時間もしたら椅子を3つほど寝台替わりにして高いびき。「情けないねぇ」「本当よねぇココットさん」と言いながら、エレカおねえさんとココットおばあちゃんはもう火酒の2瓶目を空にしてました。すっかり食べ終わったテーブルには食器を下げてテーブルクロスを引っぺがしてからユメちゃんが飛び乗り、決めポーズと共に有名な昔の怪盗の口上を次々に演じてみせて、大きな歓声とおひねりが部屋中を飛び交います。ダルムさんはデュオンに絡んで飲ませてますけど、デュオンは強いのではいはいといなしながら杯を重ねています。ちなみに同じテーブルにいたギルド長は、ダルムさんが絡み始めた頃からあたし達のテーブルに避難してきて、ベルンちゃんとわいわい盛り上がりながらちびちびと果実酒を啜っています。

 あ、ダルムさんがついに寝息を立て始めました。話せる人が誰もいなくなったテーブルで、コップを置いてぼんやりしている様子。ちらと目が合ったらちょんちょんと手招きされたので、あたしはコップだけ持ってデュオンの隣に移ります。

「随分飲まされてたみたいねぇ」

「ま、ちょっと酔ったかなぁ」

 少しだけ赤くなった顔で、デュオンはダルムさんを見ながら肩を竦めて笑います。しかしこれだけ絡んでおいて、自分は倒れたのに絡んだ相手はまだ全然平気だなんて、ダルムさんも報われないことです。

「アリカはもうちょっと飲む?」

「あー……うん、じゃあその苺の果実酒がいいなぁ」

 おうよ、とデュオンが酒瓶を取ってあたしのコップに注いでくれます。時間はもうとっくに夜、ちょっとぬるくなってますけど、それはそれでいい甘さです。

「ありがと。いやぁ。だいぶ潰れたわね」

 部屋を見渡せば、そこかしこに寝転がるギルド員達。中にはまた起き出して飲み始めたのもいますから、合わせたら潰れたのは一体何人になるのやら。

「しっかし、相変わらずお酒強いわねぇ」

「あの2人ほどじゃないけどな」

 そう言ってデュオンが指さした先には、何か話しては盛り上がりながら次々に杯を――というか瓶を空けるエレカおねえさんとココットおばあちゃんの姿。

「あの2人より飲めたら化物よぉ」

「あはは、そりゃそうだ」

 そう言って楽しそうに笑ったデュオンは、ふと懐を探ります。

「そうそう、これ。太陽の復活祭の、プレゼント」

「あ、それじゃあたしも」

 そう言ってあたしは、みんなへのプレゼントを入れていたポーチを探ります。……何だか渡すタイミングを逃しちゃった気もするけど、明日の朝にでもみんなに渡せばいいかしら。

「はい、これ」

「おお、開けてもいいかい?」

「もちろん」

 あたしが頷くと、デュオンは懐から取り出した包みを置いて、あたしの渡したプレゼントを開け始めます。出てきたのは、黒曜石を磨いた珠を革紐に通したシンプルな首飾り。服の下に付けられるように、革紐はちょっと長めです。

「お、綺麗。これ……もしかして、護符?」

「うん。身隠れの魔法がちょっぴりだけ込めてあるの」

「そりゃすごく助かるぜ、ありがとな」

 デュオンはそう言って首飾りを下げ、服の下にしまってぽんとその上から胸を叩きます。

「うん、服の下に着けても違和感ないな、ありがてぇや」

 護符、というのは、ちょっとした魔法が込められたアクセサリーです。1回だけ放たれた矢を逸らすとか、何か特定の行動が少し上手くいくようになるとか。身隠れの魔法はちょっと普通のお店には売ってないので、この前からうちのギルドに一時的に所属してる冒険者のリルドさんにお願いして、口利きしてもらって冒険者ギルドの商人から買ったんです。こんなに喜んでもらえるなら、買った甲斐があったってものです。

 服の下に下げるのは、もちろん護符を着けているとばれないため。黒曜石を削って作った珠はどういうわけか盗賊行為を助ける魔法と相性がいいので、うっかりするとアクセサリーを着けているだけでも憲兵に目を付けられちゃったりするんです。

「それじゃ、こっちも。ちょっと手ぇ出してくれ」

「あ、うん」

 包みを机の下で開きながら言われて、あたしはどっちの手を出そうかちょっと迷ってから左手を出します。デュオンの大きな手があたしの手を包んで、すっと左手の薬指を冷たい感触が通り抜けました。

「……指輪?」

「ああ、これも護符だぜ」

 デュオンが手を離せば、銀色の指輪に嵌め込まれた紫色の石が、あたしの薬指できらきら輝いていました。石はほんの小さくカットされてしっかりと埋め込まれて、どこかに引っかかったりしないように指輪の表面は滑らかです。

「素早さと、攻撃を避ける技を少し助ける魔法がかかってる」

「わ、ありがと!」

 紫色の石は、きっと紫水晶でしょう。紫水晶は風の魔法と相性が良くて、身体を素早く動かす魔法は風と関わりが深いんです。

 デュオンが何を考えてこれをくれたのか――きっと、またあの時みたいに、あたしが襲われないように。襲われても、自分で逃げ出せるように。その気持ちが嬉しくて、あたしはそっと指輪を撫でました。

「ありがとね。この指輪を生かせるように、あたしも体、鍛えなきゃ」

 指輪を撫でたままそう言うと、デュオンはくすりと笑って頷きます。

「そうしようぜ。このままじゃナナリに追い抜かされちまうからな」

「そんなに上達してるの?」

「ああ。身体は小さくて力はないがすばしっこい。盗賊としては悪くないぜ」

「あらまぁ。夏にギルドに入ったばっかりなのにねぇ」

「全くだ」

 そうして起き上がったりまた倒れたりと忙しい宴の喧騒を背景に、あたし達はのんびり話をして――気が付けば、雨戸の隙間がもう随分明るくなっています。

「あっ、大変みんな、日が昇っちゃう!」

 あたしとディオンは急いでみんなを起こしにかかります。いつの間にかすやすや寝息を立てていたギルド長と、その横で寝顔を覗き込む格好でやっぱり寝ているユメちゃん、ベルンちゃんはすぐ起きてあたし達を手伝ってくれましたけど、リュンスさんとダルムさんは難関でした。

「むにゃ……もう呑めねぇよぉ……」

「ぐがー……すぴぃ……」

 そんな寝言といびきが交互に上がります。この2人ったら、去年も随分揺すらないと起きなくって大変だったんですよ。結局今年もこの2人を起こすだけで、随分時間がかかってしまいました。デュオンの方をふと見れば、ココットおばあちゃんとエレカおねえさんを起こすので精一杯の様子。あの2人は凄まじくお酒に強いですけど、一旦寝てしまうとなかなか起きないんです。

 それでも何とか全員叩き起こして、あたし達は勝手口から外に出ます。やや北東向きのこの裏通りは、ちょうど良く新年の太陽が山から出てくるところが、建物に邪魔されないで見えるんです。

 空は青と赤を混ぜた、けれど紫とも言えない複雑な色合い。それに紫色の雲がゆらりとたなびいています。

「今年は良く晴れたなぁ……」

「うう寒いなァ。だが、その分いい日の出が見れそうだァ」

 そうダルムさんとリュンスさんが口を開いたところで、山の端から真っ赤な光が昇ります。それはだんだんとに赤から白へと転じながら、姿を大きくしていって――太陽の復活と言うにふさわしい、素晴らしく綺麗な日の出でした。

 あたし達は手を合わせて初日の出を見ながら祈ります。みんなが何を考えているのかはわからないけど、あたしはギルドのみんなが元気で、また1年を素敵な年にできますように――。

 けれど、この時のあたしは思いつきもしませんでした。この年が凄まじい激動の年になるなんてこと。

 そしてその幕を開ける出来事は――この日、元旦のうちに起きてしまったんです。


 そんなことも知らず、あたしは一心に祈っていました。

 そして、完全に顔を出した太陽に向かって、心の中でこう言ったんです。

 ――ようこそ、盗賊ギルドへ!

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